表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑された侯爵令嬢は、二度目の人生で幸せを知る  作者: ぽかぽか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/8

1.

 冷たい石畳の上を、オリビアはゆっくりと歩いていた。

 両手には枷が嵌められている。重く、冷たく、歩くたびに小さな金属音が響いた。


 広場には大勢の人が集まっていた。

 好奇の目。

 憐れむ目。

 蔑む目。

 そのすべてを受けながら、オリビアは顔を上げていた。


 侯爵令嬢として、王子の婚約者として、人前で取り乱すことだけは許されない。たとえ今から向かう先が、処刑台であったとしても。


「オリビア・エルフォード」


 名を呼んだのは、リチャード王子だった。

 かつて、自分の未来の夫になるはずだった人。

 その人が今、冷たい目でこちらを見下ろしている。


「そなたは他国との共同事業において、重大な判断を誤らせ、国に多大な損害を与えた。その罪は重い」


 淡々と告げられる言葉に、広場がざわめいた。


 オリビアは何も言わなかった。

 あの事業は、最初から危うかった。条件も、相手国の思惑も、不自然な点が多すぎた。

 だから何度も進言した。

 もう一度確認を。

 交渉の場を。

 条件の見直しを。

 けれど、リチャードは聞かなかった。

『私の判断に口を出すな』

 そう言ったのは、彼だった。

 それでも失敗した時、責められたのはオリビアだった。

 

 リチャードは言った。

 オリビアの確認が遅かったから。オリビアの進言が判断を鈍らせたから。オリビアが余計なことをしたから。

 最初は誰もが戸惑っていた。

 けれど王子がそう言えば、それが真実になる。

 オリビアは罪人になった。


「何か言い残すことはあるか」


 リチャードが問う。

 その声に、わずかな迷いもなかった。


 オリビアは静かに彼を見上げた。

 本当は、言いたいことなどいくらでもあった。

 私は止めました。

 私は何度も伝えました。

 私だけのせいではありません。

 けれど、どれを口にしても、もう何も変わらない。

 だからオリビアは、わずかに首を横に振った。


「ございません」


 それだけを答える。

 リチャードの眉が、ほんの少し動いた気がした。

 けれど彼はすぐに顔を背けた。


 処刑台のそばには、騎士たちが並んでいる。

 その中に、エリックの姿があった。

 王子の側近であり、若き騎士。

 彼は普段と変わらぬ表情で立っていた。

 けれど、その拳だけは強く握り締められている。

 何かを言おうとしているようにも見えた。

 しかし、その唇が開くことはなかった。


 オリビアは静かに目を伏せる。


(あなたまで、そんな顔をしないでください)


 オリビアはそれを責める気にはなれなかった。

 王子の決定を、一介の騎士が覆せるはずもないのだから。

 そう思ったけれど、言葉にはできなかった。


「刑を執行する」


 リチャードの声が響いた。


 オリビアは目を閉じた。

 恐ろしくないわけではない。

 足は震えていた。息も苦しかった。

 それでも、最後まで泣くまいと思った。

 自分が泣けば、きっと誰かが言う。

 罪を認めたのだ、と。

 だからオリビアは涙を堪えた。


 ただ一度だけ、胸の奥で小さく願う。

 もし次があるのなら。

 今度は、誰かに決められるのではなく、自分で選べる人生を生きたい。


 刃が振り下ろされる。

 その瞬間、誰かが息を呑む音がした。

 それがエリックのものだったのか、リチャードのものだったのか。

 オリビアには、もう分からなかった。


 オリビア・エルフォードの人生は、そこで終わった。

 けれど、終わらなかった者たちの時間は続いていく。


 オリビアを失った後、リチャードの周囲からは少しずつ人が離れていった。

 他国との事業の失敗は、オリビア一人に押し付けられるほど単純なものではなかった。

 書類を調べれば、判断を下したのが誰かなど明らかだった。

 さらに、彼を支えていた調整役がいなくなったことで、国内の貴族たちとの関係も崩れ始めた。


 リチャードは苛立った。

 なぜ、うまくいかない。

 なぜ、誰も自分に従わない。

 なぜ、オリビアがいないだけで、すべてが狂っていく。


 やがて彼は王位継承から外された。

 かつて王になるはずだった男は、誰からも信頼されず、ただ後悔だけを抱えて生きることになった。


 あの時、オリビアを処刑しなければ。

 あの時、違う選択をしていれば。

 そうすれば、自分は失わずに済んだはずなのに。

 暗い部屋の中で、リチャードは何度もそう思った。


 そして、最後の瞬間。

 彼は強く願った。

 もう一度だけ。

 もう一度だけ、あの日々をやり直せるなら。

 次こそは間違えない。

 次こそは、すべてを失わない。


◇◇◇


 目を開けると、朝の光が差し込んでいた。


 リチャードは跳ね起きる。

 目の前には、見慣れた王宮の自室。

 鏡に映った顔は、まだ若い。

 十六歳の自分だった。


「……戻った、のか」


 震える声で呟く。

 やがて、その唇が笑みを形作った。

 神は自分に機会を与えたのだ。

 やり直せる。

 今度こそ、失敗しない。


『まだ婚約は正式ではない』

 それなら十分だ。

 今から変えればいい。

 今までより少し優しく接すれば、未来は変わる。

 オリビアは優秀だ。

 そばにいてくれれば、自分はもう失敗しない。

 リチャードは強く拳を握った。


◇◇◇


 そして同じ頃。

 アシュフォード伯爵家。


 自室で、エリックもまた目を覚ましていた。

 彼はしばらく天井を見つめ、それからゆっくりと片手で顔を覆う。

 その指先は、かすかに震えていた。


「……オリビア様」


 声は誰にも届かないほど小さかった。

 けれどその響きには、深い後悔と、祈りのような痛みがあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ