こころの軋むとき③
どれだけ灼熱な炎だろうとも、海馬の涙を乾かすことはできない。
加奈が死んでしまった。しかも目の前で、自分が着いていたのにもかかわらず。
海馬は近くでセレニアとアルバートに見られているのにもかかわらず、その場に膝をついて、死んでしまった加奈の身体を抱きしめていた。
それは、たった数分前に起きた出来事だった――
二階から降りてきたセレニアとアルバートと邂逅した海馬と加奈は、すぐさま戦闘態勢に入った。
「霧島海馬、そして霧島加奈だな。セレニア気をつけろ、男の方は水の覚醒者だ」
アルバートがセレニアにそう説明すると、すぐさま戦闘は始まった。
戦闘が始まると、海馬はセレニアを相手しながらも、戦闘が一番苦手な分野である加奈から片時も目を離さなかった。
セレニアの攻撃は激しかった。五神人の中でも一番戦闘が得意ということは知っていたが、実際に戦ってみてその破壊力と殺傷能力の高さに海馬は驚かされた。だがそんなセレニアを相手にしていようとも、海馬の加奈へ対する心配の目は常に向けられ続けた。
セレニアとの戦闘中だというのに、二階からの凄まじい物音が耳に入ってくる。だが海馬はなんにも心配は抱かなかった。――レオは強い。絶対に穂乃果を死なせたりはしない。
――そんな心配をしている暇はない。今は加奈のことだけ考えろっ。
そんなとき、海馬の視界が突然煌めいた。まるで超新星爆発でも目の当たりにしているかのような強い煌めきに、海馬は頭が一瞬眩んだ。よく見てみるとそれはセレニアの月星光弾で、海馬がそれに気がついた頃には月星光弾の高エネルギー弾はもう目と鼻の先にまで迫っていた。
――ダメだ、避けられない。
月星光弾は、海馬に直撃した。
海馬に直撃した瞬間、強い煌めきが海馬を中心に爆発のように起こった。
海馬を中心にまるで液体のように周りに飛び跳ねる高エネルギー弾の残滓に、セレニアは手応えを得た。セレニアは自分の力に軽く恐怖を覚えながらも、その手応えの答えを見に行くべく、軽く顔を引き攣らせながらもゆっくりと海馬の死体があるであろう方へと近づいた。
高エネルギー弾が収束を迎え、舞い上がった砂埃も若干の落ち着きを見せはじめている頃。そんな砂埃の中から、海馬が出てきた。
セレニアは内心軽く恐怖を覚えながら、
「ず、ずるいよね、それ……。水の覚醒者って聞いてたからそういうこともできるんじゃないかって思ってたけど、実際にやられると徒労感が凄いよ」
自分の全身を、固体から液体(水)に変形させ、月星光弾を避けた海馬にそう言った。
――あ、危なかった……。あと一歩変形が遅れてたら全身がバラバラに吹き飛んでたな。
海馬は両手を構え、間髪入れずに攻撃した。
「残心槍雨っ!」
手のひらから二本の水の槍が生み出されセレニアを襲った。が、セレニアはすぐさまそれを避けた。
「群雄槍雨っ!」
ならばと、海馬は自分の背後の何もない空間から何百本もの水の槍を生み出し、セレニアに向かって繰り出した。
まるでマシンガンのような絶え間ない掃射に、セレニアは上下左右にまるで蛇の如く柔軟に動いて逃げることしかできなかった。海馬は背後の何百本もの水の槍を撃ち終わると、間髪入れずにもう何百本もの水の槍を生み出してセレニアに繰り出した。
ただこんなときでも、海馬の視線はことあるごとに加奈の方へ向いていた。
海馬の息が荒くなってきた。セレニアの息も荒くなっていた。攻撃一方と防戦一方を強いられているお互い体力は、もう限界を迎えようとしていた。
セレニアは内心思った。
――ボクこのままじゃ絶対に負ける……。なんだアイツの根性は、こっちから仕掛けないと絶対にボク負けちゃう……!
そして、セレニアは海馬の水の槍から逃げながらも、攻撃の準備をし始めた。使う技は、月星光弾の応用技。だけどこれは自分の生命力を大きく犠牲にして放つ技だ。
覚醒をして特別な能力を得た創造者と呼ばれる存在には、効かない攻撃が沢山ある。場合によっては全ての攻撃を避けられ、対処法を知らなければ指一本触れることすら叶わない。だがセレニアは知っていた、その対処法とやらを。創造者にも無条件で効く、唯一の弱点を。
セレニアは自分の体内で、自分達のエネルギー源である〝月の血液〟を、月星光弾として放つ高エネルギー弾のその弾の中に込めはじめた。
ドロドロとした白濁色の月の血液だけは、創造者にも無条件で効く唯一の弱点だ。
体内で月の血液をエネルギー弾に込める作業を行っているせいで、軽い吐き気を覚えながらも、セレニアは最後の力を振り絞って海馬を殺す最終局面へ向けて、水の槍の雨を避け続けた。
そしてそのときがやってきた。
セレニアは、海馬が何百本もの水の槍を全て撃ち終えたその一瞬の隙を狙って、海馬に向けて照準を定めた。
――体内での錬成だから、アイツに音は全く聞こえない。ただ突然、ボクの左腕から月の血液の詰まった高エネルギー弾が発射されて、それで、アイツは終わりだ。
「月血光弾っ!」
セレニアの左腕に露出した銃口から放たれた月の血液が詰まった高エネルギー弾は、海馬のまばたきを一回たりとも許す前に海馬の脳天をぶち抜いた。
星を砕くような爆発音が一瞬にしてその場にいる全員の聴力を少し低下させると、ハロ現象のように光が不可思議に歪んだ姿を見せた。まるで網膜を顕微鏡で見ているみたいな光の揺らめきに、その場にいる全員が呆気にとられた。そしてその全ての現象が終わりその場が現実を取り戻すと、ドロドロとした白濁色の月の血液が大量に空中から地面へと降り注いだ。
霞んでいてぼやけていた視界をセレニアは取り戻すと、そこには月の血液を浴び地面に倒れ込み、陸に打ち上げられた魚のようにヒクヒクと口を苦しそうに動かしている海馬の姿があった。
セレニアは歪に笑った。下手な笑いだった。
海馬は軽い痙攣をしていて、今にも死にそうな状態で荒く呼吸をしている。
セレニアはアルバートと不意に目を合わせると、次にしたことは加奈の殺害だった。
こうして海馬は、自分の目の前で、自分の命よりも大切な存在を喪った――
月の血液によって、身体を水へと変形させることができずに高エネルギー弾をもろに受けてしまった海馬の身体は、ボロボロだった。服は破れ、身体に様々な傷がついていることが見て分かる。直撃部である顔は、まるで滝のように血が流れているためそう言われなければそれを顔だと認識することは困難。
でも身体よりも、ダメージを一番受けていたのは心の方だった。
「はぁ……はぁ……ぐわぁ」
――早く……殺せっ!
「加奈ぁ……かなぁ……ッ!」
――いいから、早く……目の前の二人を……殺せぇっ!
「どうしてだよおお、どうしてなんだよおおおっ!」
海馬はボロボロの身体で、立つことができないから、地面を這って、死に物狂いで加奈の死体へと近づいた。
それを見ていたセレニアは、怯えていた。何に? 全てに。
だからか、海馬のことを今すぐ殺そうと提案してきたアルバートに対して、セレニアはただただ首を横に振って涙を流して俯いていた。
海馬は加奈の死体を抱きしめて、泣いた。嗚咽で加奈を、汚さないように気をつけながら。
――頭がクラクラする。よくわからない。だれがわるい。おれ? おれ? おれ? おれ? おれ? しぬ。しんだ。かな。しんだ。もう。だめ。もどらない。おれ。も。しぬ。せかい。いきてる。いみない。こころ。ないなった。じさつ。しよう。くびをつって。しぬ。みせもの。ほうが。まし。まし。まし。まし。まし……。
茫然とし、今にも自殺するんじゃないかというほどに虚無を抱いている海馬の姿を見て、セレニアは咽び泣いた。
「おいっ……っ! やっぱりコイツ……今ここで殺した方が良い……っ」
アルバートの言葉に、セレニアは大粒の涙を溢しながら首を横に振った。
でも、あながちアルバートのその言葉も間違ってはいなかった。
「水波能売」
「……あ」
セレニアに目を向けていたアルバートは、見た。
それは巨大な、
水の塊で、
言うならば、
水のバケモノ、水の悪魔、水の巨神兵、いや、違う……。
「み、水の魔神だっ……っ!」
海馬は完全に人間の姿を棄て、巨大な水の身体を手にしていた。
最低でも十メートルはありそうなその姿。巨大な水の球体はコアとなっていて、その周りには綺麗な女性、女神のような綺麗な女性の巨大な顔が五体ほどデカデカと、まるでコアを護る盾のように存在していた。綺麗な女性の大きな顔が宙に浮いている光景は、奇妙であり、不気味だった。水の球体の周りには腕や脚もあるが、その全てが水でできていた。四肢のそれぞれはコアと物理的には繋がってはいなくそれぞれが独立していて、現代風に言うならば無線で動いているみたいだった。
「消えなさい――」
「消えるのです――」
「立ち去りなさい――」
「これ以上彼を傷つけないで――」
「この世界は、地獄なのですね――」
魔神のコアの周りに盾のように存在している五体の顔だけの女神のそれぞれが、海馬の気持ちを代弁するが如く言葉を発した。
どこからどう見ても不気味でしかない光景に、アルバートは失神しそうになった。アルバートは落ちかかる意識をなんとか保ち、他の三人の仲間へと無線を使って連絡をとった。遊佐とライナーには連絡が通じた。だが……リーダーであるエスパニードには、通じなかった……。そこでアルバートは察した。エスパニードが死んだ、と。そこで、副リーダーである自分の判断で、撤退をすることに決めた。
『我々のキャパシティを遙かに超えた事案が発生したため撤退をする! この通信を聞いてる者、目的は既に達成できた! ただちに撤退せよ!』
その後――
五神人が撤退をしたその後。三階へと上がってきたライナーに運良く出会わず、戦闘を回避したユキ、廉斗、春次の三人は、穂乃果からの通信を受けて二階へと降り、そして廉斗が眠ってしまったレオを抱えながら皆で一階へと降りた。そこに広がっていたのは、嗚咽をまき散らしながら今にも死にそうな状態で地面に打ち付けられている海馬の姿と、死んでしまった加奈の死体だけだった。




