こころの軋むとき④
彩度の死んだ無機質な天井が、レオの視界を覆い尽くす。
レオは気がつくと、彩度の死んだ無機質な天井を見上げていた。
ネオンコアのショッピングセンターでの五神人との戦闘の後、怪我人は早急にグラン・タワービル内の病院へと運び込まれた。
レオの最後にある記憶は、エスパニードを殺してその場に倒れ込んだ、というところまでで、でもこの状況から察するに、全てが終わったのだろうとレオは思った。身体には至るところに包帯が巻かれていたりして処置がされており、相も変わらずといった感じでボロボロだった。
でも、全身に感覚の全てを行き渡らせると、思っていたよりはダメージを受けていないことに、安堵を抱いた。
レオは、周りを見渡した。
病院の中には沢山のベッドが等間隔に並べられていて、レオもその沢山あるうちのひとつに寝かされていた。身体は傷ついた箇所を優先にエネルギーを回しているからか、頭が少しぼーっとして、眠気もあるのかあまり視界も明瞭ではない――そんな中で、レオはとある光景に目を大きく見開いた。
それは、遠くのベッドの上で寝かされていた海馬が、大滝のように号泣していたからだった。
嗚咽混じりに泣く海馬は、言葉にもならない声を出していて、今にもベッドから落ちそうになりながらもなんとかベッドにしがみついていた。ドンドンッ! とベッドを叩き、微細なトリガーひとつで世界を滅ぼしてしまいそうな衝動を持っていた。
レオはそんな光景を見て、思わずベッドの上に身体を起こした。
――な、何があったんだ……?
「あ、やっと起きたんすねレオ君」
レオが起きたことに気がついた廉斗が、近くの椅子から立ち上がってレオに近づきながら言った。
「あれは……?」
「あぁ、あれは……その……」
歯切れの悪そうに喋る廉斗に、レオは思わず海馬の方から廉斗の方へと視線を動かした。
レオが強く視線を向けると、廉斗はばつが悪そうにしながらもたどたどしい口調で言った。
「加奈さんが……アルバートに、殺されたんすよ……」
「…………っ!」
海馬は今にも世界を滅ぼしそうだった。今にも周りにいる全ての存在を傷つけそうだった。今にも自分の命と引き換えにこの場所を爆心地にする技を使いそうだった。それでも、何をしても……無駄だということは海馬自身が一番分かっていた。
創造者は、自身の匙加減ひとつで世界を滅ぼすことができるような様々な技を持っている。
どれだけ世界を破壊できる技を持っていようとも、どれだけ他者を傷つけることができる技を持っていようとも、でも、死んだ生物が生き返るような技だけは、この世に存在しない。
「そう……だよなぁ……っ!」
子供のように泣きじゃくる海馬の姿に、レオは自然と涙が溢れはじめていた。
ふたつの、世界へ対する大きな号哭が、部屋中を駆け巡った。
それから一時間後――海馬やレオ、そしてそれ以外の全ての人間が、等間隔にベッドが並べられている病院から姿を消したとき。そんな病院の片隅で、二人の人間が話しをしていた。
病院の片隅、たったひとつ点けられた蛍光灯のその下で、海馬の容体を診察した主治医が、藍沢那奈に向かって海馬の容体を説明した。
「今までと比べても、今回受けた海馬の傷は特別大きいものではない。確かに激しく戦闘はしたようだし、身体の変形も多用したようだ。でも、特別ダメージを負ったわけじゃない。だから心配はいらないだろう。でも……これは身体の話だ」
藍沢那奈もそれは分かっていた。だからコクコクと小さく頷きを見せた。
「でも、心の方は……一生治ることはないだろう。別に僕は精神科医じゃないし、精神構造を診たわけでもない。でも……分かるだろう?」
「ええ、そうね」
「妻が死んで、別に妻じゃなくてもそうだけど、自分にとって大切な人が死んだのに、心が前みたいに戻るだなんてあるはずがない。藍沢さん、彼はあんなに傷ついているんです。今回のことを受けて海馬が現場に出なくなる可能性も、ちゃんと考えておいてください」
「ええ、もちろんそのつもりよ」
那奈は主治医の言葉を噛み締めるように内向的な口調でそう答えると、ふと腕時計を見て、その場を立ち去った。病院を出た那奈は、今回の五神人との戦闘の戦況確認の為に会議室へと向かった。
グラン・タワービル内、会議室にて――
会議室には、深夜一時だというのにもかかわらず、戦況確認のために今回の五神人との戦闘の現場に駆り出された〈エレジウム〉のメンバーが集められていた。
だが、集めることができたメンバーは全員ではなかった。リーダーである海馬は、この戦況確認を欠席していた。
会議室といっても互いが互いの顔を見れるような構図ではなく、まるで大学の講義のように、壇上に立つ藍沢那奈のことを〈エレジウム〉のメンバーが見ているという構図だった。時間的にもそうだし、照明も多少落として薄暗い中で行われていたから、藍沢那奈を除いたこの場にいる全員が眠たそうな顔をしていた。けれど藍沢那奈だけは、まだ正気を保っていた。
藍沢那奈がわざとらしく咳払いをした。その理由は明確だ――
「夜分遅くにお集まりいただきありがとうございます」
〈エレジウム〉のメンバーの――特に若い奴らの――不機嫌を感じ取ったのか、明らかに普段では見られないような申し訳なさを含んだ弱々しい口調で那奈は話し始めた。
「今回お集まりいただいたのは前もってご連絡させていただいた通り、今回の五神人との戦闘における状況を確認したいからです。皆さんご存じだとは思いますが、ネオンコアを管理している組織は日本政府外部組織とは別の組織であり、私達からすればネオンコアは謂わば管轄外なわけです。だから、監視カメラの映像なども好きに確認ができないわけです。そこで実際に現場にいたあなた達に何があったか教えていただきたい」
「あの~」
「なんですか?」
手を上げたユキに、那奈が応えた。そして、ユキが言った。
「今回のネオンコアでの事件、責任の所在がユキちゃん達に回ってくるとか、そういうしょうもないことはないよなぁ?」
「まぁ……全くないとは言い切れませんが、私としてはこれまで通り、できるだけ公平に、是々非々に、あなた達に過剰な責任が負わせられることがないようにはしていきます」
「そうかぁ、ほなちゃんとしてな。ちゃんとしなきゃ転職するで」
「はい」
藍沢那奈は何かしらの資料を手にしていて、それに一度目を通してから言った。
「それでは、言える方から自由に状況の方を教えてください――」
そうして、一時間ほど五神人との戦闘の現場の状況確認が行われた――
「――なるほど……皆さん沢山の報告、ありがとうございました。重ね重ねにはなりますが、今回の報告はきっちりと歪みなく上へ報告させていただきますし、責任の所在があなた達へできるだけいかないように尽力します。あなた達を守れるのは、私しかいませんから……」
藍沢那奈は、何か思い詰めたような表情に至ったが、意識的に表情の曇りを払うと、最後に言った。
「それでは今回は長い時間ご報告のほどありがとうございました。五神人のリーダーであるエスパニードがレオさんによって消えたことによって、心の境界線を越えたアンドロイドと人間とのパワーバランスが大きく変わる可能性があります。だからこそ、より一層常日頃からの警戒を怠らないでください」
「そりゃそうやろ」
「はいそこ、文句を言わない」
ユキが言った文句に、藍沢那奈はまるで子供を叱る母親のような口調ですぐさま言葉でぶっ叩いた。
こうして、戦況確認の会議が終わったことによって、遊撃との戦闘から始まったレオの長い長い一日が、ようやく終わりを迎えた。




