こころの軋むとき⑤
霧島加奈が死んでから二日後――
ユキと穂乃果は、自分達の家の寝室のベッドの上で、気怠い身体で緩慢な事後の時間を過ごしていた。
グラン・タワービルにではなく、グラン・タワービルにほど近い郊外の一軒家に二人は住んでいた。そうしている理由は様々あるが、基本的にはそれは海馬と同じで〝あんな治安が悪いところでは暮らせない〟というものだ。
二人ではこの一軒家はあり余る。でも本当のことを言えば、出来るのではあれば、自分達たった二人だけの世界がほしかった。だから、普通であればあり余るような一軒家での二人暮らしでも、ユキと穂乃果――九割方は穂乃果の方が、これでも納得はしていなかった。
何故ならば二人は、恋人だからだ。
こんな薄汚れて壊れかけていて目を逸らしたくなるような現実なんて離れて、たった二人だけの世界に行きたかった。そんな理想が叶わないとしても、少なくともこの自宅でのベッドの上での戯れだけは、かけがえのないたった二人だけの世界だった。
ダブルベッドを置いてもまだ少し広さのある寝室には、ディフューザーのいい匂いと、二人の戯れの様相を醸し出すなんとも言えないような匂いが混じった匂いが充満していた。
寝室と言えども凄く豪奢な装飾がされており、絵画が飾られていたりもしていて中々にリッチ空間となっていた。
ベッドの上に佇んでいた、もう用を無くなした大人の玩具を脚でベッドの下に落としながら、穂乃果は全裸の姿でズボンだけ履いて上半身は裸のユキに近づいた。
猫のように頭を擦りつけてきた穂乃果の頭を、撫でながらユキは言った。
「寂しいなぁ」
「加奈さん、死んじゃったね」
「そやなぁ。母親同然やったもんなぁ。海馬はんも父親同然やけど。……多分海馬はん当分は立ち直らんで。前みたいに一緒に現場の先頭に立って戦ってくれるかも分からへん。もしそうなった場合、ユキちゃん達どうすりゃええんやろな……」
「ハルさんは?」
「……勿論率いてはくれるやろうけど、現場の先頭に立ってやってくれるかと言われれば……どうやろな」
「じゃあ、アイツは?」
枕元にあった煙草に火を点けて吸い始めたユキに穂乃果がそう言うと、ユキは紫煙を上を向いて天井に届かせようと吐いたあと、遠くを見ながら小さく呟いた。
「レオ君、か……」
灰皿に、灰を落とした。
「そういやどうなん? 穂乃果はレオ君と一緒に行動してて、レオ君の戦闘を目の前で見てたんやろ? どんな感じの戦い方やった?」
穂乃果は一度、あのときの事を思い返した。たった二日前のことだというのに、本当に遠い昔の出来事みたいに思える。
「うーん、まぁ……強かったは強かったよ。それもすんごい強かった。様々な外部組織がある中で、確かに海馬が〈エレジウム〉に入れたがった理由も分かる。現に五神人のリーダーと遊撃を消しちゃったわけだしね。だけど、何か裏があるような気もするの」
「裏ァ? 裏なんて大なり小なりそりゃあ皆あるやろ」
「まぁそうだけど、少なくともアイツは海馬の思ったようには動かない人間だと思う。海馬の望む世界を、アイツが同じように望むかって言ったら疑問ね」
「そりゃ人間なんて皆価値観違って当然や。絶対的な正解なんてない。ただあるのは結果のみや」
そう言ったユキは穂乃果の頭を撫でながらもう一本煙草に火を点け吸い始めた。
穂乃果の裸体を見ながら吸う煙草はすんごい美味かった。
「ねぇ、知ってる?」
「何がや」
「アイツって、死神って呼ばれてるんだって」
アイツ――レオ・アルバトロスが、死神と呼ばれていることを耳に入れたユキの顔はどこか神妙な面持ちだった。不機嫌ではなく、興味が無いとも違う、神妙な面持ち。
「死神って、どういう意味や」
「さぁ? そのままの意味かもしれないし、何かそれ以上の特別な意味合いのある呼び名なのかもしれないけど」
「ふぅん」
それから少しの間、ユキと穂乃果の間に会話は交わされなかった。
心地のよい沈黙が快楽を撫でる中、ぼーっとした頭でユキは思った。
――確かに、海馬はんが望んだ世界の実現のためには、レオ君は必須や。でも穂乃果が言ったようにレオ君が簡単に海馬はんの望んだ方向に行かないことはなんとなく分かる気がする。いや、だからこそ必要なんやな、レオ君は。……ま、なんにせよこれからどうやって海馬はんがレオ君と向き合っていくか、楽しみやな。レオ君くらい強いんなら、この日本もきっと……。
眠気に頭がやられ、なんとか煙草の火を灰皿で潰すと、ユキは大胆な格好で寝始めた。だが、そんなユキを穂乃果がすぐさま叩き起こした。
「ねぇ」
「なんや」
「もう一回しようよ」
「…………そやな、しようか。おいで」
ユキは、床に転がっていた大人の玩具を拾い上げた。




