こころの軋むとき②
地獄にでもいるかのような灼熱の炎で視界が揺らぐ中でも、それが五神人と呼ばれる存在であることに疑いはなかった。
互いの間に絶妙な空気感が流れる。過度に殺意を見せるわけでも、リラックスしているわけでもない、微妙な空気感。だがレオは無意識的に愛剣であるニトロスマイルを背中の鞘から引き抜いていた。穂乃果も、手に取っ持っていた電子銃の引き金に指を軽くかけていた。
五神人はというと、何か探っているような目つきで二人がレオ達の方向を見つめていて、他の三人は顔を合わせて何か話し合いをしているようだった。
灼熱の炎に焦がされているからかそれとも五神人に遭遇した緊張感からか、レオと穂乃果の首筋には大粒の汗が流れる。表情も熱さで微かに歪む。だがそれと比べて五神人はというと、全く表情を変えることなくただ冷静に、事務的に、自分達の計画を遂行しようとしていた。
五神人のうちの顔を合わせて話し合っていた三人がレオ達の方を向いた。
「あぁ……あれは!」
突然、五神人の中で唯一女である遊佐が声を張り上げた。
クリーム色のロングヘア、高身長、キリッとした気の強そうな顔といった見た目の遊佐が、数歩レオ達の方へ近づいて言った。
「お前……レオ・アルバトロスだよな?」
「あぁ? まぁそうだが……」
自分の名前を呼ばれたこと、そして何か自分が面倒なことに巻き込まれそうな直感に、レオは内心構えた。
「短いポニーテールの髪型、金髪、服装、物珍しい剣……やっぱり、お前だな……っ!」
遊佐の中では何かが符号したらしい。だが、レオは心当たりが何もなく困惑顔を浮かべた。
「……何がだよ。俺がお前に何か関係があるのか?」
「あぁあるとも。それもすっごく!」
レオは初対面の女、しかも心の境界線を越えたアンドロイドとかいう訳の分からない生物の突然の戯言に、頭が着いていかなかった。
「お前はな……私の大切な、大切な……彼氏を殺したんだよ」
「彼氏?」
「遊撃だよ。お前……今日遊撃っていう心の境界線を越えたアンドロイドを殺したろ」
――あぁ、なるほど。
レオも全てが符号した。何故そんなに自分に対して強い感情を向けているのか。シンプルに言えば、それは〝復讐〟だった。
レオは頭の中を整理した。これからの展開を考えた。
――これからこの女は俺のことを殺しに来る。だから俺は、その感情に応えるように本気で立ち向かわなければならない。本気で、この女を殺さなくてはならない。でも、相手が五人じゃ中々キツイな……。
燃え盛る炎のパチパチッと跳ねるような音が段々耳元から離れていく。歪んでいた視界が段々クリアになっていく。目の前の遊佐一体に、照準を定める。その時は、もうすぐにくる――
両者の間の緊張感が高まる中、ここでふと、五神人の中の一人の男――エスパニードが遊佐に肩を叩きながら話しかけた。
「遊佐、計画を忘れるな。思ったよりも早くこいつらは来たんだ、申し訳ないが人間みたいに私情を挟む暇は今はない。君がこの男に復讐したいのは分かってる。でも時間がないんだ。リーダーの言うことは聞いてもらわなきゃ困る……」
「ここでコイツ殺さなきゃ、私壊れちゃいそう……」
「……」
その言葉に、エスパニードは軽く溜息を吐いた。目を伏せて、計画を再編した。
「分かった、そうしよう。でも相手は二人だ、僕も戦う。それでいいね?」
遊佐は今にも溢れ出そうな涙を指で拭いながら、「うん」と小さく呟いた。
「じゃあそういうことだからお前ら、他の奴らの掃除任せたぞっ!」
「おう!」「うん!」「分かりました!」
そうして、ライナー、セレニア、アルバートの三人がその場を立ち去ると、本格的にこの場に殺意が漂い始めた。
――何度こういう場面を迎えようとも、この場面だけはいくら経っても慣れないな……。
こういう場面――すなわち、殺し合いの前の場面。この場面だけに漂う絶妙な空気感だけは、いつもレオの喉と身体を締め付ける。
レオは隣りにいる穂乃果に言った。
「一対一がいいな」
穂乃果は『うん』と頷いた。
穂乃果の頷きに、レオは小さく「よし」と呟くと、
「ねぇ、なんで私の彼氏を殺したの?」
遊佐がレオに話しかけた。
――早く戦わせてくれよ……。
「うん、まぁ……特にそんなに深い理由は……ないかな。自己防衛? みたいな?」
「特に理由がないのに殺したの? 他人の彼氏を?」
「いや遊撃に彼女がいるだなんて知らなかったし。それに俺はまだ日本に来て一週間しか経ってないんだよ。だから……心の境界線を越えたアンドロイドがどうとかっていうのも、実はあんまり分かってない……」
「なのに人間側につくわけね? 深い事情も知らないのに」
「まぁ、そういうことになるな」
「最低ね」
どんどんヒステリックが加速する遊佐にレオは完全に呆れを抱いていたが、なんかまるで遊撃との戦闘前のオマージュみたいな時間だなとも思った。
――心の境界線を越えたアンドロイドでも、カップルになれば性格が似始めるのか。
遊佐も遊撃も、似た者同士に思えた。
「もういい、絶対に殺してやるんだからっ!」
次の瞬間、遊佐は左腕を展開しはじめ、エネルギーを噴出した。
「月星弾頭っ!」
レオの方へロケットと化した遊佐の左腕と遊佐自身が飛んできた。
レオはそれを難なく避けると、自分の背後の方へ飛んでいった遊佐に向かって三発の斬撃を飛ばした。遊佐はすぐに状態を立て直し斬撃を避けようとしたが、二発は避けた、が一発は顔に当たる直前でなんとか硬化した右腕で弾いた。
レオは体勢を崩している遊佐に至近距離まで急接近すると、銃乱打のように剣先で乱れ突いた。
遊佐のいる地面がボコボコに破壊され砂埃が舞い視界が悪くなり、遊佐の姿が視認出来なくなったが、遊佐は足裏のジェットを噴射して剣先の雨の中から勢いよく脱出した。銃乱打は一発一発がそこまで重いものではなかったが、遊佐は硬化した右腕で防御してなんとか胴体への貫通を二発に抑えた。たった二発だが、遊佐は急激な運動能力の低下を感じていた。
だがそんな遊佐をレオは人外なスピードで追いかけ続けた。
その姿はまるでネズミを追いかける猫か、はたまたサバンナを駆け巡るチーターか、それとも魂の有る者を追いかける死神か。
レオは遊佐の懐の近さまで急襲し、大きく剣を振りかぶった。
その振りかぶりはまるで一発で首を切り落とそうとする処刑人。
だが遊佐はなんとか硬化した右腕で剣を受け止めた。ここからは力の勝負。レオは剣を、遊佐は右腕を、相手へ押しつける勝負。まるで生死の天秤のようにレオの方へ近づいたり遊佐の方へ近づいたりする鍔迫り合いに、火花が散りはじめる。
「お願い、死んで……っ!」
「お前がなっ!」
鍔迫り合いの最中にも、遊佐はその恨みをレオへ伝える。
そのときだった。
レオは意識に引っかかるものがありふと遊佐から目を離した。すると、穂乃果が引きつけていたはずのエスパニードがレオの方へ向かって攻撃準備をしていた。
「クソッ」
レオは一度勢いよく剣を振り抜き、遊佐との鍔迫り合いを解除した。
そして自分の方へ攻撃準備をしているエスパニードの方へ向き直った。
「ルール違反だなんて言わねぇよっ! まずはお前からだっ!」
「こっちのセリフだぁっ!」
エスパニードはシューシューという機械音を立てながら左腕を展開し始めた。展開の末に左腕は大きな銃口へと形を変えた。エネルギーが凝縮される音が辺り一帯に響き始める。
エスパニードの攻撃に備えようとしているレオを邪魔するように、遊佐はちょっかいをかけ続ける。
遊佐とエスパニード、両方へ対処しなくちゃならない状況になり、レオは若干の焦りを抱く。
――マズいな……ってか穂乃果はどこいった!
だが穂乃果を探している時間はない。こうしている間にも刻一刻とエスパニードの攻撃準備は整いはじめている。そして、整った。
「月星光弾ッ!」
発射された音速の高エネルギー弾を避ける時間は、レオにはなかった。
直径一メートルほどの大きさの赤い高エネルギー弾がレオを直撃した。
レオが遠くの壁まで吹き飛ばされると、レオを受け止めた壁はレオに覆い被さるようにボロボロと崩れ落ち、そして小さな砂埃を立てた。
「やった! 死んだかな!」
遊佐が嬉しそうにその場に跳ねる。その姿を見てエスパニードも微笑を浮かべた。
「……っ」
エスパニードによって遠くに吹き飛ばされ、やっと元の位置まで戻ってきた穂乃果は今の攻撃を見て、言葉が出なかった。
――アイツ今の攻撃まともに喰らったでしょ。大丈夫なの?
快く思っていない相手でも、今の攻撃の喰らい方を見たら、冷や汗が止まらなくなる。
遊佐が喜び、エスパニードが微笑を浮かべ、穂乃果が心配を抱く中、レオは瓦礫に埋もれながら、ぶつけたらしく痛みを覚える頭部を押えていた。
「痛ぇ……ふざけんな」
――ニトロスマイルで受け止めてなんとか直撃は避けたが……今の攻撃はヤバいな。
直撃は避けたものの、ニトロスマイルに当ててもなおここまで衝撃を感じることに、レオは久しぶりに心臓が震えた。
「さぁ、片付けよう」
レオは自分に覆い被さっている瓦礫の中から力づくで出てくると、ニトロスマイルを腰の横に据え、まるで侍の抜刀の構えのようなポーズをとった。
――お前がそうくるんだったら、俺もそうすることにするよ。
腰の横に据えたニトロスマイルが、シューシューという音と蒸気を発しはじめた。
そして、空間が震えるような、微震でも起こっているかのような音が聞こえはじめると、ニトロスマイルに白玉のようなエネルギーが集まりはじめた。
その白玉のような白いエネルギーはまるで綿飴のように、時間経過とともにその大きさを増していき、最終的には直径二メートルほどの人の背丈よりも大きなエネルギーの球体となった。
そしてレオは、抜刀の構えからニトロスマイルを前方へ大きく振り出す形で高エネルギー弾を発射した。
「月血衝撃ッ!」
エスパニードが次にまばたきをしたときにはもう、高エネルギー弾はエスパニードの顔を撫でていた。
惑星と惑星がぶつかったかのような鈍く重い音が、このショッピングセンター中の全ての生物に響き渡った。他の階を探索していた他のメンバーは、その音の異様さに全員がその場で一瞬立ち止まった。三階を廉斗と春次と探索していたユキは、この音についてこう思った――ブラックホールが泣いているみたいな音だな――と。
月血衝撃は、エスパニードを完全に討ち滅ぼした。微々たるパーツひとつすら残らずに消し滅ぼした。目の前で突然消えてしまった不可思議な光景に、遊佐は怒りと悲しみが混じったような表情になった。
「私達のリーダーが……死んだ……」
次の瞬間には、遊佐はその場から逃げ出していた。
勿論レオはそれを追いかけようという気持ちはあったが、思ったよりもエスパニードの月星光弾のダメージが大きかったのか、身体は言うことを聞かずにその場に倒れ込んでしまった。そんなレオに穂乃果は駆け寄ると、ヘルメットを脱いでレオの状態を確認した。
「あんた大丈夫?」
「あ、あ……」
「あんたって、強いのね」
「ちょっとな……」
「助かった、ありがとう」
その言葉にレオは微笑を浮かべると、疲れからか眠ってしまった。
そして同時刻――。二階から降りてきたセレニアとアルバートによって殺されてしまった加奈を抱きながら、海馬は泣いていた。




