それでもボクは、人間を愛している⑩
翌日、レオと海馬は二人で、グラン・タワービル近くにある墓地に来ていた。
墓地は都会の中にある自然豊かな森の中にあり、この墓地周辺にいると、ここが都会の真ん中であることを忘れてしまう。
二人がそんな墓地に来たのは、ネオンコアのショッピングセンターにて五神人と戦った際に亡くなった、加奈の墓参りをするためだった。明日アルスと共に帰国するレオが墓参りをする最後のチャンスが今日だった。
二人は加奈の墓参りを済ませると、その墓前で、しばし二人だけの時間を堪能する。
何をするわけでもない。何を語るわけでもない。ただ、加奈の墓前で二人そよ風を浴びているだけ。ただそれだけのことなのにもかかわらず、二人はまるで何時間も会話をした時のような共同体感覚を感じていた。
森の木々がそよ風によって揺れ動く音だけが耳に入る。すると、どこからともなく鳥のさえずりが聞こえてくる。二人の足下に佇んでいる小さな花も、ここでは嬉しそうに風を感じている。
とにかく、この場所は平和だ。安寧そのものがここにはあった。
すると、芝生に座り込んでいるレオに話しかけながら、海馬は自分も芝生に座った。
「明日、帰るんだろ」
「さっきも言ったじゃないですか。そうですよ」
そんなレオの言葉に海馬は微笑を浮かべると、ふと、あぁ本当に明日でお別れなんだなと思い、普段であれば恥ずかしくて言葉にできないような言葉が口から溢れた。
「次は、いつ会える?」
「そうですね……まぁ、最短でも一年くらいは空くかもしれないですね。この世界線でもフェデリックの言葉通りになるかどうかは分からないですけど、でも、もし鎮圧が失敗して、戦争ということになった時のための準備はし過ぎたって損はないはずです。なので、もし戦争になった時のための準備にあと一年くらいはかかる感じですね」
「そうか……。まぁ、そうだよな」
「なので、死なないでくださいね」
突然真面目な口調でそう言ってきたレオの言葉に、海馬は俯いていた自分の視線を思わず真横のレオの方へ移した。
「俺は、死なないぞ?」
「そりゃそうでしょうけど、でも、人間生きてたら何があるか分からないですから。今の日本だって、グラン・タワービルが襲撃されて、外部組織の機能が百パーセントは出せない状況下にあるじゃないですか。そんな混乱下で、どんな悪者が出てくるのかなんて想像もつかないじゃないですか」
「……どんな状況になったって、俺が求めるものはずっと同じだ。それは、死んだって変わらないだろう」
その言葉に、レオはピクッと反応した。
そしてレオは、前々からタイミングがあれば海馬に訊いてみたかったことを、口に出した。
「今の言葉を聞いて思い出したんですけど、海馬さんのとある言葉が凄く俺の中で残っていて、それが『心の境界線を越えたアンドロイドを根絶やしにするためには、お前の力が必要だ。俺の理想の世界を創り上げるためにも、お前の力が必要だ』っていう言葉なんです。……海馬さんの理想の世界って、どんな世界ですか?」
そよ風が、二人の頬を撫でた。
海馬は、しばし黙った。海馬は、自分の奥底にある〝大事な言葉〟をゆっくりと引き揚げて、口から出せるように心を整える。そうして、準備がやっと整うと、海馬は噛み締めるような口調で言ったのだった。
「この森の中からも見えるあの壁――無垢の壁をぶっ壊して誰にも縛られることのない世界、それが、俺の理想の世界だ」
海馬はそう言いながら、空を見上げた。木々の間から見える青空には、とても不自然な人工物も一緒に見える。それは、黒光りしている壁だ。この、関東圏と外の世界とを大きく隔てている巨大な壁こそが、無垢の壁、と呼ばれる抑圧の象徴のような巨大な壁だった。
二人は木々の間からそんな無垢の壁を見上げながら、会話を続ける。
「二十一年前、あの壁はまだこの世に存在してはいなかった。だが二十年前、とある日に、突然あの壁はこの関東圏と外の世界とを隔絶した。誰が、なんの為にやったのか、その理由は分からない。だが、壁の一番上に登り外の世界を見ようとすれば、必ずあの壁を護る存在に対処される。俺だって、実際に対処された経験くらいはある」
「あれって、どうすれば壊せるんですか?」
「分からない。だが、もしこれが創造者の能力によるものであるならば、その創造者から意識を一瞬でも奪えばいい。そうすれば、この壁は消えるだろうな。だが、これが創造者の能力によるものなのかも分からない。壁を創り出す能力? そんなの聞いたことがないし、そもそもそんな能力を求める奴がいるともあまり思えない。……でも、壊したいんだ」
海馬の心の底からの言葉に、レオは壁に向かって上げていた視線を足元まで下ろした。
海馬も同じように視線を下ろすと、レオの横顔を見ながら言った。
「逆に訊くが、お前の理想とする世界って、どんな世界だ?」
するとレオは、間髪入れずに答えた。
「アルス様の理想が叶う世界。それが、俺の理想の世界です」




