それでもボクは、人間を愛している④
二人の元へやってきた穂乃果は、だがレオの方は見ず、ずっと海馬に視線を合わせていた。
穂乃果は海馬を見上げながら言った。
「私ちょっとレオと話したいことがあるから、借りていい?」
まるで娘が父親に言うみたいな淡々とした口調で穂乃果はそう言うと、海馬はすぐさま「あぁいいよ」と言った。そして海馬はレオに〝お前も別にいいよな?〟とでも言うかのような視線を送った。
レオがその海馬の視線にコクコクと頷くと、海馬はポケットから煙草とライターを取り出しながら皇祭の隠れ家兼研究所まで戻っていった。
海馬の姿がその場から完全に無くなると、二人だけの、なんとも言えない、微妙とも絶妙とも言えるような空気感が浸りはじめた。
――穂乃果が自分に用事ってなんだ? 口もまともに利いてもらえないのに、二人っきりでとか、怖いな。
レオは内心ブルブルと震え上がりながらも、それと同時に若干の好奇心があることも確かだった。自分にどんな用事があって来たのか分からないレオは、穂乃果の言葉を待った。レオが穂乃果のことを視界の中心に捉えると、そのことに気がついたのか穂乃果は目を逸らし自分の足元を見るだけの機械になった。そして、数分そんな時間が続いたのち、ようやく決心がついたのか、穂乃果が口を開いた。
「お礼が、したくて」
突如静寂に放たれた言葉に、レオは思わず声が上ずりながら「お礼?」と聞き返した。
「そう、お礼。遊佐に殺されそうになっていたところを、間一髪で助けてもらったお礼」
「お礼なんて別にいいよ。当たり前のことをしただけだし。それに、あの時の俺はちょっといつもと違う俺だった。だから、実を言うと〈ReGion〉との戦いに関しての記憶は一切ないんだ。だから……お礼って言われてもあまり実感湧かないんだよね」
「でも、私はお礼をしたいの。ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど……」
レオはたじたじになりながら、なんとか言葉を返した。
「まぁでも、どんなお礼をしてくれるのか、内容くらいは知りたいかも」
レオは、頬をポリポリと掻きながら、穂乃果と話す気恥ずかしさを誤魔化しながらそう言うと。
「私の身体を好きにしていいよ」
「……え?」
予想もしていなかった言葉が返ってきた。
レオはその言葉に、全身にダラダラと汗を感じはじめた。穂乃果がそう言った口調は、どこか当たり前の事を言うかのように自然で、そこが逆に怖くもあった。そう言った穂乃果は、何かが吹っ切れたのか、レオを上目遣いで覗き込んでいる。逆に今度は、レオの方が自分の足元を見るだけの機械となった。
「いや、いい。そんなこと俺は求めてない」
自分がそんなことを求める奴に思われているのだろうかと思い、レオは自分の足元を見つめながらデコボコな口調でそう返すと。
「じゃあ、私はどうやってあなたにお礼をすればいいわけ? 私は、最大限のお礼と言ったら、それ以外のやり方を知らないの。じゃあ私に教えて、どうすればあなたに最大限のお礼ができるのかを」
「うーん……ムズいなぁ」
レオは腕を組んでしっかりと考え込む。そしてレオは思いついた。それはとてもシンプルなことだった。
「じゃあ、普通に友達でいてくれ。俺が日本に来てから、ほとんど話したことがなかった……っていうか、そっちが俺の事を徹底的に無視していた感じじゃん。だから、これからは普通に友達でいてくれたら、それが一番嬉しいかな」
そう言うと、思いついたかのようにレオは追加で訊く。
「この際だから訊くけど、なんで俺の事を無視し続けてたんだ?」
すると穂乃果は、自分の中では当たり前のことを言うかのように、ごくごく自然に言ってみせた。
「男が嫌いだから。男の最悪な部分を、これまでかというくらい見てきたから――。でも、あなたは私が見てきたようなしょうもない男達とは違いそうで、安心した。命も助けてもらったしね」
そのときレオは、ふと、甘臨から教えてもらった〈エレジウム〉のメンバーそれぞれの〝本職〟について思い出した。
――管制室で甘臨から教えてもらった穂乃果の本職は確か……あぁ〝高級娼婦〟だ。
そのことを内心反芻したレオは、あぁそういうことか、と何か腑に落ちたような感覚を得た。




