それでもボクは、人間を愛している③
〈エレジウム〉と〈ReGion〉の戦争が終わってから約一週間が経ったとある日。
海馬とレオはコンビナートの出入口まで、事情聴取の終わったセレニアを見送りに出ていた。
戦争が終わってから三日ほどが経つと、セレニアは全て元通りの身体に戻った。四肢には新しいパーツが取り付けられ、体調の方も驚くほど安定していた。セレニアの体調が戻り、元通りの状態まで戻ったことを確認すると、海馬はすぐさまセレニアの事情聴取を開始した。
床も壁も天井も全面コンクリートの、自分達が座る椅子二つだけがある古びた空き部屋の中で、事情聴取は行われた。
海馬は事情聴取前、引き出したい様々な情報を引き出す為にはどうすればいいのか考えた。そして、実際に色々と情報を引き出す為の手立てというのも考えていた。拷問なども最後の手段としては考えていた。だが、そんな意気込む必要などなかった。セレニアは事情聴取が始まると、海馬が質問する前に自分から色々なことを話し始めたのだ。
海馬は、手に持っているメモ帳にセレニアからのその情報をすらすらと記していくと、滞りなくあっという間に事情聴取は終わった。
それからセレニアのその後の処遇が決まるまでに、そう時間はかからなかった。
セレニアは、何か条件などを含まずにそのまま無条件で解放されることになった。
セレニアは事情聴取中、事あるごとに〝人間との共存〟や〝争うことの無意味さ〟を語っていた。だがそれだけが無条件での解放に至った理由ではない。その結果に至った一番の理由というのは〝コウヤというどうしても逢いたい人間がいること〟であった。
セレニアがその事情聴取全体を通して嘘をついていないことは、皇祭の嘘発見器を用いても確かであり、いやたとえそんなものを使わなくとも、セレニアのその逢いたいという気持ちは本物に思える気迫があった。勿論、セレニアの体内に居場所特定用のミクロなマイクロチップを入れ込んだことも最大の理由のひとつではあったが。
コンビナートの出入口まで海馬とレオに見送られているセレニアは、とても清々しい表情をしていた。こうして外の風を浴びることも一週間ぶりだ。
セレニアは大きく息を吸い込んで新鮮な空気で体内を満たした後、自分のことを見つめている海馬とレオ、二人の方を振り返った。そしてセレニアは、言うのだ。
「ボク達は、沢山傷つけ合ったり憎み合ったりしてきたけど、それでもボクは、人間を愛している。そういう奴がいるっていうのを、忘れないで」
幼い顔には似つかないような、真面目な表情でそう言ってきたセレニアに、海馬とレオの二人は微笑を浮かべた。するとセレニアも、微笑を浮かべた。
今日の空は快晴だ。新しい門出にはちょうどいい、気持ちの良い風が吹いている。
「改めて訊くまでもないかもしれないが、それで、これからどうするんだ?」
海馬が発した言葉に、セレニアは晴れやかな笑顔を見せながら言う。
「何回も言ったかもしれないけど、これからは、コウヤを捜す旅に出るよ。まぁ旅って言っても、勿論この狭い〝無垢の壁〟の中だけだけどね。だけど正直言って、全く手がかりがないってわけじゃないんだ。だから、ボクは多分見つけられるはずだ。いや、見つけてみせる」
そう言うと、大きなリュックサックを背負っているセレニアは、二人に背を向けた。そして、背中越しに最後の言葉を言うのだった。
「君たちも、もう戦いは辞めなね。争うのって本当に無駄なことだから」
その言葉を最後に、セレニアは二人の元から立ち去った。
セレニアが立ち去ると、微風だけが流れる静寂な時間が訪れた。
セレニアが立ち去った後も、二人はその場に少し留まって気持ちの良い風を浴びていた。あれから一週間。もう一週間とも、まだ一週間とも言えそうな期間。二人は互いに気持ちの良い風を浴びながら、思い思いにあの時のことを思い出していた。と言っても、レオには自分が五神人の四人と戦った記憶など微塵もないのだが……。
セレニアが立ち去った後の静かな空白を埋めるように、海馬が口を開いた。
「なぁレオ。お前は、アルス姫様お付きの近衛騎士だよな? アルス姫様が、お前のご主人様だよな?」
突然そんなことを口走った海馬に、レオは今自分が実際に感じている大きな動揺を隠しながら、できるだけ冷静を装いながら返答する。
「はい、自分の一番のご主人様と言えばアルス様です」
「だったら言っておく。俺達が首相官邸に潜り込んで湯田を殺した後、俺達はお前のワープ技でなんとかここまで帰ってくることができた。そしてその後、グラン・タワービルが〈ReGion〉によって襲撃されたことは知ってるよな? その襲撃を対処しに俺が行ったことも知っているよな。そこでなんだが、俺は……アルス姫様に会ったんだ。もっと詳しく言えば、殺されそうになっていた俺達を助けてくれたんだ」
レオの動揺はピークに達した。海馬には、レオが隠し切れていない大きな動揺がしっかりと伝わっていた。レオはそれまで感じていた完璧な心の安寧が一瞬にして崩れた。
「な、な、な、なんで……なんでアルス様がグラン・タワービルに……っ!」
「それはこっちのセリフだよ。それが知りたくて今俺は訊いたんだ」
「いやいやいや、アルス様は失踪してて……俺はそれを捜しに日本に来て……」
「だな。でもお前は本当に何も知らないんだろ? だったらもうお前に訊いても無駄か」
そう言われ、レオはまるで心臓が掴まれたような感覚になり、何故だか笑いが起こりそうになっていた。理性なんてもう既に吹き飛んでいるのにもかかわらず、それでもなんとかレオは気合いで、自分が言うべきセリフを言った。
「はい、本当に何も知りません。確かに少し変な突飛な行動をする人ではあるんですけど……なんでグラン・タワービルにいたかなんて、流石に分かりません」
レオは自分の演技の上手さに自画自賛の気持ちを感じた。
「分かった。じゃあもう訊かない」
そうして、レオ最大のピンチが幕を閉じた。
すると、そのときだった。
二人の背後から、人の足音が聞こえ、二人は同時に背後を振り返った。
「ねぇ、ちょっといい?」
そう言いながらやってきたのは、穂乃果だった。




