それでもボクは、人間を愛している
〈エレジウム〉と〈ReGion〉の戦争が終わり、青い空を見上げながら加奈に対して想いを馳せた海馬は、廃工場の屋根の上に転がっている二つの身体を見た。
ひとつはレオのもので、これまでの戦闘の苛烈さなど窺う余地もないほどにスヤスヤと眠っている。そしてもうひとつはセレニアのもので、今さっきレオに四肢を全て切り落とされたことから、レオの安寧具合とは真反対に惨たらしい姿をしていた。
だが海馬は、その惨たらしい凄惨な姿をしているセレニアが、まだ死んではいないことに気がついていた。普通であれば四肢を切り落とされたとなると、たとえそれが心の境界線を越えたアンドロイドであったとしても出血多量ですぐに死ぬはずだ。だが、今のセレニアには息がある。
海馬は、そんなセレニアを不思議に思いながらも、息があるなら、と、セレニアの身体に近づくと、その身体を両手で持ち上げた。セレニアをひょいっと軽くお姫様抱っこした海馬は、そのまま廃工場の屋根の上から廃工場の中へと戻っていった。
そして海馬は、廃工場の中の複雑な迷路のような通路を通り、皇祭の隠れ家兼研究所に入った。
ホログラムの壁を通り抜け皇祭の隠れ家兼研究所に入ると、そこにはソファに座りくつろぎながら珈琲を飲んでいる皇祭の姿があった。
セレニアを抱えながら入ってきた海馬に、皇祭は思わず珈琲を飲む手が止まる。そして皇祭はソファから立ち上がると、一目見ただけで海馬のその行動の意味を察したのか、すぐさまセレニアを部屋の真ん中にある手術椅子に座らせるよう促した。
海馬が皇祭に促されるままにセレニアを手術椅子に座らせると、皇祭はソファに投げ捨てていた白衣を再度着て、手術椅子に座っているセレニアの近くの椅子に座った。
手術椅子に座っている、いや、四肢が存在していないから置かれているとも言えるかもしれないセレニアのその身体をまじまじと見ながら、皇祭は口を開く。
「誰がやったんです?」
「レオだ。あいつが、目にも留まらぬ速さで一度に四肢を切り落とした」
「ほぉ、なるほど。一応訊いておきますが、ここに連れてきたってことは、この子を助けてほしいってことでいいですよね?」
「勿論だ。四肢を切り落とされたというのに、そいつは何故だかまだ息がある。まだ生きてるっていうんだったら、回復させて色々と訊きたいなって」
「分かりました。そういうことでしたら絶対に元に戻してみせます。でも、この子も運が良いですね。切り落とされた四肢全ての切り口がとても綺麗だ。大量の出血は懸念事項ですが、ここまで血が無くなっても死なないのであれば、多分ほとんど元に戻る事でしょう」
「そうか。ならよかった」
そう言うと、海馬は先ほどまで皇祭が座っていたソファに大きく息を吐きながら腰掛けた。
それと同時、皇祭はすぐさまセレニアの四肢の手術に取りかかりはじめた。
まず、皇祭はセレニアの身体の点検から始めた。切り落とされた四肢のみならず、その他全ての状態をチェックすると、それから実際に四肢の手術を始めた。海馬はその光景を、緊張がほどけた虚ろな目つきで眺めていた。
海馬が、戦闘の緊張から解放され、強烈な眠気に襲われ大きな欠伸までしはじめたそのとき。皇祭が口を開いた。
「手術が始まるとまるで大きな工事をするみたいに大きな音が出ますから、その前に訊いておきます」
そう前置きをした皇祭に、海馬は思わず掠れていた意識を起き上がらせる。
「海馬さん、どうでしたか? 私が〈ReGion〉の面々に放ったEMPは」
皇祭が〈ReGion〉の面々に放ったEMP。それは、〈エレジウム〉と〈ReGion〉の戦いが本格的に始まる直前に、〈ReGion〉の一般戦闘員約二百名を一撃で殺したあの衝撃波のことである。海馬はその時のことをぼんやりとした頭で思い返すと、言った。
「あれが無かったら確実に数に押されて負けていた。あんな優れたものを開発していたなんて感謝しかない」
「まぁ、私にできる事と言えば、そのくらいですからね。でも、私だってあれが確実に機能してくれるとは思っていませんでした。心の境界線を越えたアンドロイドが、普通のアンドロイドと違ってどのような変化をしているのか、そこまでデータがあるわけでもありませんし。でも、現実機能してくれたんで、まぁ何はともあれ良かったなと」
海馬はその言葉に、大きく頷きを見せる。
「で、セレニアを回復させて色々と訊いたあとは、どうするんです? せっかく直したものをまた壊されるっていうのは、ちょっと直すモチベーションが上がりませんねぇ」
「いや、殺さない。色々と必要な情報を訊いた後は、解放しようと思っている。だけど、野放しにしていいほどセレニアも聖人じゃない。だから、セレニアの位置情報が常時確認できる状態にしてほしい。そのくらいの条件、本人も飲むだろう」
「分かりました。どう足掻いても外すことのできないミクロなチップを使います。そのことを今言ってくれてよかった。今だったら体内に埋め込めるので」
海馬はその言葉に「あぁ、そうだな」と朧気に答えると、大きな欠伸をした。
手術椅子に乗せられたセレニアの四肢の手術が始まる。まるで工事現場のようなけたたましい騒音が鳴り響きはじめると、海馬は掠れていた意識が明瞭になったことから、ソファから立ち上がりホログラムの壁を通り抜けて廃工場内へと出た。




