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姫君の鎮圧 ――かつて楽園と呼ばれた日本と、死神と呼ばれている男――  作者: 柊蓮
CHAPTER:チャプター〝7〟――
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〈エレジウム〉VS〈ReGion〉⑤

 海馬は、セレニアにターゲットにされた。


 そのことがセレニアからの視線で海馬は分かった。だが、五神人それぞれが各々の獲物に向かって行き、廃工場を中心とした周囲で戦闘が繰り広げられている音が聞こえてきているのにもかかわらず、セレニアは海馬と戦う素振りを見せてはいなかった。


 最初こそは、他の五神人の三人と共に駆けて飛んで近づいて来たセレニアであったが、他の五神人がそれぞれの獲物に実際に攻撃を仕掛けはじめると、セレニアは地面から、高く積まれたコンテナの上にいる海馬のことをただ見上げるだけだった。


 海馬はそのことが不思議に感じ、ある種不気味さも感じた。


 だが、しばらく眺めていても自分に向かってこず、ただ自分のことを見上げてくるだけのセレニアに、海馬は、仕方なく自分から行くことにした。

 高く積まれたコンテナの上から一番下まで飛び降りた海馬は、着地と同時に叫んだ。


残心槍雨(ざんしんやりさめ)ッ!」


 手のひらから生成した水の槍を、海馬は着地と同時にただぼーっと突っ立っているだけのセレニアに投げつけた。

 するとセレニアは、海馬のその攻撃に嫌悪感を感じたみたいに、「はぁ……」と溜息を吐きながらその飛んできた水の槍を難なく避けた。


 セレニアは勿論、戦いたくなどなかった。ただ、元のご主人様である藤崎コウヤとまた一緒に暮らしたい、その気持ち以外にはもう何も感情らしい感情など残ってはいなかった。人間と争うことも、アンドロイドがどうとかも、もう全部どうでもいい。


 だけど、霧島海馬はボクと戦いたいらしい――そう内心呟いたセレニアは、半開きにしていた眼を今初めてしっかりと開いた。すると、目の前にはもう海馬が目と鼻の先の距離にまで近づいてきていた。海馬の両手にはそれぞれ水の槍が一本ずつ握られていた。


 どうしても戦いたくなくて、それまでぼーっとしていたセレニアは、今の自分にできるのは攻撃ではなくただ防御のみであることに気がつくと、自分の防御腕である右腕を海馬の方に押し出した。


 次の瞬間、海馬は二本の水の槍を投げると、その投げられた二本の水の槍がそれぞれセレニアの右腕と腹部にしっかりと突き刺さった。


 セレニアは感じる思っていた以上の痛みに、思わず「ぐふっ」と声が漏れると、身体が一瞬グラッとふらついた。その隙を海馬は逃さず、海馬はセレニアの腕を両手で掴んだかと思うと、まるで重量挙げでもするかのようにそのままセレニアを廃工場の天井まで投げ飛ばした。


 投げ飛ばされたセレニアが廃工場の天井をぶち破り、そのまま屋根の上に乗ると、海馬は自身の身体の全てを水に変化させて屋上までするりと飛んでいった。


 セレニアを追いかけて屋上まで飛んでいった海馬が屋上に到達すると、ダメージを受けているはずのセレニアがその場にしっかりと仁王立ちして海馬のことを待ち構えていた。海馬はそんなセレニアの姿を見て、コイツにこんな耐久力あったか? と内心呟いた。


 海馬が抱くセレニアのイメージと言えば、真っ先に挙がるのが〝耐久力の無さ〟であった。セレニアと言えば耐久力が無く、強烈なダメージを一発でも与えれば、すぐに戦闘不能にできるような、そんなイメージが強い。だが今のセレニアは、今の攻撃をまるで何も感じなかったかのようにピンピンしている。


 屋上に飛ばしてもなお、セレニアはあまり戦いたくなさそうな精気のない顔をしている。

 すると海馬は、手のひらから一本の水の剣を創り出した。

 そんな海馬の姿に、セレニアは再度溜息を吐く。だが今のセレニアは海馬に向かって腕を構えており、先ほどよりもやる気があると言える。


 海馬はセレニアに向かって迅速で接近すると、水の剣を振り下ろした。だがセレニアがそれを右腕で防ぎ、セレニアは左腕で海馬の腹部に一発拳を繰り出す。海馬は「うっ」と小さく声を漏らすと、剣を一度引いて次は足下を狙って剣を振るった。セレニアがそれを上手く後ろに下がりながら避けると、セレニアは逆に海馬の方に急接近したかと思えば、少し隙のあった海馬を少し遠くまで蹴飛ばした。


 それは強烈な蹴りだった。海馬は屋上をクルクルと転げ回った。


 セレニアは、自分から少し遠く離れた位置まで飛ばした海馬を見ながら、内心思った。


 ――やっぱり、アルバートから貰ったこの拡張装備(アタッチメント)、相当性能いいな……。


 視線の遠くで、海馬が体勢を立て直しその場に立ち上がっているのが見える。セレニアは自分の心に問いかけた。嫌だ嫌だと言いながらも、自分と戦いたいらしい霧島海馬から自分の身を守る必要のある現実。だけど、やっぱり自分は戦いたくないと思っているのもまた現実……。自分の気持ちを現実とどう折り合いつけるべきか、セレニアは悩んだ。だが悩んだ末、このような結論に至った。


 セレニアは、その場に立ち上がりゆっくりと自分の方へ近づいて来ている海馬に向かって言った。


「霧島! ボクは……戦いたくないっ!」


「はぁ?」


 海馬は思わず、目の前のナヨナヨしている見た目の心の境界線を越えたアンドロイドに文句に似た言葉が漏れた。だがセレニアは、そんな海馬の言葉など無視して進む。


「ボクはできれば……ここから早く抜け出したい! 他の五神人や、ペスス陸からも逃げて生きたいんだ! だから、その……ボクを攻撃するのをやめてくれないか!」


 小さな身体で、大きな声を出した。セレニアは、普段出さない大きい声を出して、「はぁ……はぁ……」と呼吸を荒くした。そんなセレニアの言葉に対し海馬は、頭をポリポリと掻きながら思わず叫んだ。


「やる気あんのか!」


 するとセレニアは、こう返す。


「ない! やる気なんてあるわけない! ボクはいち早くここから逃げ出したいんだ!」


 すると海馬は、ズボンのポケットから煙草とライターを取り出して、火を点けて吸い始めた。紫煙が、戦闘の緊張感に似つかわしくないゆったりとした速度で空へと昇っていく。

 煙草を吹かして身体のリズムを落ち着かせた海馬は、まるで自分の子供に話しかけるような優しい口調で言う。


「で、その理由は?」


「り、理由……。馬鹿げてるって思って信じてくないかもしれないけど、ボクは心が変わったんだ。というか元々、人間に対しての憎悪や嫌悪感は他の五神人と比べたらボクは低い方で、ボクはただ……ずっとずっと、コウヤっていうボクの元ご主人様のことを考え続けてた。〈ReGion(レギオン)〉で五神人にまでなっちゃったボクだから、こういうこと言ってもあまり信じてもらえないだろうけど、ボクは……もう人間なんて恨んじゃいない。できるのであれば、人間と共存していきたいんだ」


 海馬はその言葉に対し、軽く頷きを見せると、煙草を地面へと落とし踏んで消した。


 そして、海馬は硬い表情で言った。


「別に逃げてもいい。どんな理由がそこにあろうとも、逃げるも逃げないもそいつの自由だ。だが……俺は背中を見せたターゲットは必ず殺せる自信があるということだけは言っておく」


 その言葉に、セレニアはその小さくて白くて可愛い顔をぎゅっと歪ませながら「やっぱり人間は嫌いかもしれない」と呟いた。


 すると海馬が呟いた。「群雄槍雨(ぐんゆうやりさめ)ッ!」


 突然、海馬の背後の何もない空間から、何百本もの水の槍が生成されると、その何百本もの水の槍がまるでマシンガンのようにセレニア目がけて飛んでいった。


 それはまるで加奈が死んだ〝あの時〟のように、海馬はセレニアに水の槍をけしかけた。そしてセレニアもあの時と同じように、自分に向かって飛んでくる大量の水の槍に対して、ただ逃げ続けることしかできなかった。今のセレニアは戦闘の意思が希薄だし、そもそも群雄槍雨(ぐんゆうやりさめ)に対してはセレニアは対抗手段など持っていない。


 ただ逃げ続けたり弾き続けたりすることしかできない自分にセレニアは苛立ちながらも、だが防戦一方であれば自分から攻撃などする必要がなくいいんじゃないかと思い、ただ水の槍を避け続け弾き続けることに専念しはじめた。


 海馬の攻撃はまるで、セレニアに対するスパーリングのようにそれから延々続くのだった。

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