〈エレジウム〉VS〈ReGion〉②
〈エレジウム〉と〈ReGion〉の戦いが始まってから五分が経った頃。廉斗は、ライナーに追いかけられていた。
〈ReGion〉の中で一番のパワータイプであるライナーに〝獲物〟に定められた廉斗は、廃工場内を逃げ続けている。最初こそは、自分だって五神人を倒せるかもしれない、と考えていた廉斗であったが、実際にライナーが自分に向かって駆けてくる様を見ると、考えるよりも先に身体は逃亡を選んだ。
廃工場内には沢山のコンテナやその他諸々の工場設備が所狭しと並んでいる。そんな様々な障害物を、廉斗は逃げ足速く隙間を縫うように駆けていく。そんな廉斗を、ライナーも全速力で追いかける。ライナーは遠距離攻撃の術を持っておらず、近距離での攻撃を好むアンドロイドであったため、廉斗の無意識的に選択した逃亡という選択肢は正しかった。
だが、純粋な体力面だけを比較しても、廉斗はライナーに劣っていた。そして、この複雑な構造をしている廃工場内を走り回るのはただ体力があればいいというわけでもない。こういう複雑で狭い地形においては、如何に身体を上手く使って障害物をいなすのかというのが重要になってくる。そういう〝技術〟というのを、廉斗はまだ持ち併せてはいなかった。
だから、廉斗とライナーのその距離というのはどんどん近くなっていった。
ライナーは、廉斗を目と鼻の先に捉えた。これほどまでに近づくと、廉斗は背後を振り返らなくともそのライナーの気配というのが分かった。いや、今の廉斗に振り返る勇気なんてないし、ただ前へ走り続けることしかできなかった。それで精一杯だった。
すると、廉斗を目と鼻の先に捉えたライナーが、走って追いかけ続けながら廉斗に向かって口を開いた。
「お前のことは前にも直接見たことがある。前に会った時も、お前はまた今みたいにこうやって逃げていたな。今回もお得意の逃げか。それでいいのか? お前も戦場にいる戦士の端くれだろ?」
もう既に息が切れ始めている廉斗と違って、ライナーは全く息を荒くさせることもなく、そう廉斗に言葉をかける余裕まである。この基礎能力の差というのを廉斗自身もひしひしと感じており、このままの防戦一方だと勝ち目がないということも自覚していた。
だから、廉斗は動いた。
「いや……もう、逃げねぇ!」
廉斗はそう言いながらその場に止まりながら背後を振り返った。
だがそうしたことで、目と鼻の先にまで縮んでいた廉斗とライナーの差がゼロとなり、次の瞬間、廉斗はライナーに強烈な右フックを顔面にもらった。
ライナーの右フックを顔面にもらった廉斗は、脳味噌が一瞬揺れるような衝撃を感じた。視界が一瞬にして揺らぎ、身体から頭が取れてしまったのではないかと思うほどであった。
廉斗の身体は、そのまま大きく宙を飛び、廃工場の古びた外壁を身体で破壊し、廃工場の外にある砂浜まで大きく飛んでいった。
砂浜まで大きく飛んでいくと、浜の砂が良い具合にクッションになってくれたから、まだ廉斗の命が潰えることはなかった。だが、廉斗はこのたった一撃によりもう既に死を予感した。体感、頭蓋骨が割れていてもおかしくないと思った。
砂浜に横たわった廉斗の身体。廉斗は、自分の身体を瞬時に起こすことができなかった。
酷い耳鳴りに襲われ、頭が痛い。身体が言うことを聞かない。
だがそうこうしているうちに、一瞬でライナーが砂浜の廉斗の元までやってきた。廉斗はライナーを視界の端に捉えると、なんとか精神を振り絞り、ズボンのポケットに入れてあった星輝剣を取り出して起動させた。
ブゥオン、という音と共に起動した星輝剣を杖にしながら、廉斗はその場に起き上がろうとする。そうして廉斗は、辛くもその場に立ち上がることができた。
頭から血が流れている廉斗を目にして、ライナーは思わず鼻で笑いながら口を開く。
「お前、場違いだぞ」
「……何が、だ」
「全てが、だよ。身体能力も精神力も思考力も発想力もその他諸々の技術も、全てが凡人だ。何をするためにここにいる? お前のような弱虫なら、別に逃げたって誰も笑わない。だって弱いからな。だがお前はどうだ? 自分の弱さを自覚すらできずに、のこのこと俺達と戦おうとしている。……お前は、凡人以下だ」
廉斗は、歯を食いしばった。そのライナーの言葉が、悔しくて悔しくて堪らなかった。
だから廉斗は、馬鹿の一つ覚えみたいに感情に任せてライナーに突っ込んでいった。
星輝剣を構えながら目の前のライナーに向かって突っ込んでいった廉斗に対して、ライナーは素早くその場にしゃがんだかと思うと、攻撃腕である左腕で下から廉斗の顎を打ち砕いた。
強烈なアッパーを廉斗は喰らった。
さっき廉斗をこの砂浜まで飛ばした時にライナーが使った腕は、防御腕である右腕。だが、今廉斗の下顎を打ち砕くのに使った腕は、全アンドロイド共通の攻撃腕である左腕だった。
だから廉斗は、さっき感じたものよりも遙かに強い衝撃を下顎から身体全体にかけて感じた。
廉斗はその下顎からくる衝撃を感じた途端、〝死んだ〟と思った。寿命間近の蛍光灯のように、意識が点いたり消えたりと明滅する。肉体感覚が、徐々に失われていく。
そうして廉斗は、また身体が軽く簡単に吹っ飛んで、少し遠くの砂浜の上に何度かバウンドした後に着地した。もうこうなると廉斗は起き上がるきっかけを失い、身体の力は加速度的に抜けていく。だが、ライナーは攻撃の手を緩めようとはしなかった。
ゆっくりとした足取りで、ライナーは遠くに吹き飛ばした廉斗の元まで近づいていく。勿論、廉斗は身体をピクリとも動かさない。いや、動かせない。いや、もう死んでいるのかもしれない。
廉斗のそばまで辿り着いたライナーは、「よいしょ」と呟きながら、廉斗の身体に股がった。
そうしてもなお、廉斗は反撃する素振りすら見せない。本当に、もう死んでいるのだろうか。
廉斗に股がったライナーは、自身の左腕で廉斗の頭を潰すイメージを脳内に浮かべた。
そうしてライナーは、その脳内イメージを実行すべく、自身の左腕を振り下ろした。




