命を灯したサンドバッグ③
ラーメン屋『豚宮』での食事の後、レオの姿はグラン・タワービルからほど近い市街地にあった。ラーメン屋『豚宮』にて海馬と共に『豚宮特製ホームランラーメン』を食べたレオは、その後海馬と別れ一人自由に日本を見て回っていた。
別れる際、海馬に告げた上辺の理由は〝観光〟。だが実際の目的は〝調査〟である。
日本とモルドヴィス王国は同盟国、でありながらも互いにお互いの国への入国は他の国々へ対する対応と同じように厳しく取り締まっていた。モルドヴィス王国と日本は、同盟国でありながら、なおかつ同じように鎖国国家である。普通に考えるのであれば、同盟国であるのだからお互いに協力をするのではないかと思ってしまうが、実際は違う。
モルドヴィス王国と日本は、同盟国でありながらも敵対しているようなところがある。
レオは、感動していた。人知れず感動していた。
それは巨大なビルとビルの足下で開催されていた屋台の出店で売られていたたこ焼きがあまりにも美味しかったからだった。レオは目を宝石のように輝かせながら八個入りのたこ焼きを一瞬にして食べ尽くした。
「この食べ物は、素敵すぎる」
巨大なビルとビルとの狭間のあまり手広くない路地。そこで沢山の屋台の出店があって、日本に来る前、それが何年前のことだったかはあまり憶えていないが本で読んだ通りの食べ物。
レオは懐から手帳と羽ペンを取り出してたこ焼きの味と感想を記した。
「ふぅ、美味かった」
「なぁ兄ちゃん、それコスプレか?」
たこ焼きの屋台の店主の言葉に、レオは手帳と羽ペンを懐にしまいながら顔を上げた。
「コスプレってなんだ?」
「兄ちゃんコスプレ知らねぇのか?」
レオはこのときようやく理解した。
――日本じゃ俺みたいな金髪にこんな顔立ちの奴は目立つか。近衛服まで着てるし……。しかも鎖国国家ではあり得ないはずの外国からの人間、溶け込むように海馬さんにも言われてたっけ……。
「ええっと……今の俺達ぐらいの若者はもうコスプレって呼ばないよ、ダサいからね」
レオは頬をポリポリと掻きながら、誤魔化すような苦笑いの表情をしながら店主に向かって言った。
「へっ、そうか。日本のコスプレの文化も遂に名前を変えちまったかい……。でも兄ちゃんめっちゃ似合ってるよその金髪、本物の白人みてぇだ」
「どうも」
そう言うと、お腹が満たされてもう用がなくなったレオは、次の場所へと向かった。
そうしてこの日一日でレオは沢山の日本の景色を、人情を、実情を――見ていった。
話に聞いていた通りのところもあれば、そうじゃないところもあった。自分が属する〈エレジウム〉をはじめとした様々な日本政府外部組織が本拠としているグラン・タワービルを中心とした少しの範囲はとてもよく整備されていて、ここが2050年の科学国家であることを思い出させてくれるが、それ以外の場所、特に姉弟を見つけた場所のようなフェーズワンと呼ばれる地区は、地獄だ。
全てが破壊され全てが汚され全てが土に還っているあの場所だけは、レオからしたらある種母国を見ているようでもあった。いいや、そんなにモルドヴィス王国は発展していないか――そんなことも思いながら、レオはただ前へ前へと進んでいった。
目に映る全てのものがレオからしたら調査物だ。
そして日本を見て回り始めて二時間ほどが経った頃、レオはまるで薄暗いトンネルのようなシャッター街を歩いていた。地上であるはずなのに、薄暗い。陽が出ていてガラスの天井はなににも遮られていないはずなのに、薄暗い。ジメジメとしていてアンダーグランドを感じるこの場所にレオは若干のワクワクを抱きながらも、ふと、真っ直ぐに伸びているシャッター街の出口まで折り返しほどの地点で足を止めた。
――後を着けられてる。
振り返ることなどなくとも分かる。後ろに人がいる、自分の後を着けてきている。
レオは神経を研ぎ澄ます。この周囲の空間と一体になる。するとひとつのことが分かった。それは背後の追跡者が若干の殺気を纏っているということだった。レオは愛剣ニトロスマイルを引き抜くイメージを脳内で済ませる。
お互いの探り合いに周囲の空気感が一段階しんとなった。
ぴと、ぴと、ぴと……。どこかから水が滴り落ちる音が聞こえる。
ばち、ばち、ばち……。どこかから蛍光灯が死に際を迎えている音が聞こえる。
「誰か助けてっ!」
レオは突然聞こえてきた女の声に思わずニトロスマイルを背中の鞘から引き抜いた。
女の声はレオの正面の方向から聞こえた。レオはすかさず声の方向へと走り出した。
それは、薄暗いトンネルのようなシャッター街を出たすぐのところで起きていた。
若い女が一人、シャッター街をすぐ出たところでうずくまって倒れていた。レオは見つけた瞬間すぐさま女を介抱した。パッと見で気になるような外傷はない。意外と呼吸も安定していて第一印象と比べて全然大丈夫のような……。
何かがレオの胸の中で引っかかった。
それがなんなのかは言葉にできないが、勘がこう言っている――〝女は演技をしている〟と。
――こんな人気のない場所になんでこんな若い女性が一人でいるんだろう?
自分のような力を持っている人間であればまだしも、何も力など持っていなさそうな女性がしかも一人でこんな場所を普通歩くだろうか? と。俺ですら周囲の警戒を一瞬たりとも怠ろうとはしないような緊張感のある場所なのに、と。
レオは全てが引っかかって、女と軽く会話をし、近くの人の往来が多い場所まで連れていくと、すぐさま女から距離を取るように足早に別の場所へ向かった。
グラン・タワービルへと帰る道中、シャッター街で捉えた追跡者のことを脳裏に浮かべた。いつから着けられていたのかは分からないが、これからも自分を着けてくる可能性は大きいだろうと思った。もしそうだった場合、あの追跡者の正体は日本政府の息がかかった人間、ということになる。
レオはこの国に、妙な気持ち悪さを抱きはじめていた。
――なんなんだこの国は……。




