着弾③
「ああぁぁぁぁぁぁあッ!」
華征の身体から、聖母の寝所にある自分の身体へと魂が帰ってきたFは、腕が切り落とされた華征の身体から、元の自分の身体へと戻ってきているのにもかかわらず、今も腕が切り落とされたその痛みが全身を駆け巡っていた。
存在しないはずの痛みに悶え苦しむFの声は想像以上に大きく、近くに居るFの帰りを待っていたペスス陸は、ほとんど見たこともないFの悶絶顔に恐怖を抱いた。
聖母の寝所の中心に置かれている白いレースで飾られた清純なベッドの上で、Fは身体をのたうち回らせ、切り落とされ貫かれた身体と今の自分の正常な身体との相違がとても気持ち悪く感じた。
そのとき。Fの悶え苦しむ声が大きすぎたせいか、ベッドの上にFと共にいるもう一人の人間が、目を醒ました。
そいつは、白髪で、色白の肌で、女の子みたいなショートカットヘアで、少年だった。
Fと共にベッドの上にいるもう一人の人間――須暮利世奈は、眠たそうな顔をしながらベッドの上に起きると、まるで猫のように上へ伸びをした。
須暮利世奈は、Fの恋人だった。須暮利は男ではあるものの、その中性的な見た目とフェミニンな振る舞いや生き方から、Fの彼女のような存在であった。そんな須暮利は、眠たい目を擦りながら、ベッドの上で身体をのたうち回らせ今にも死にそうな絶叫を挙げているFに近づくと、そんなFに抱きついた。
「だいじょうぶだよ、おちついて」
Fは何も考えられない意識の中で辛くも須暮利のその言葉を捉えると、一瞬心に安堵が訪れた。だがその安堵は一瞬のもので、すぐさま痛みによって現実に引き戻されると、Fはまた同じように叫喚を挙げはじめた。
「どうしたの、だいじょうぶ?」
「う、腕を……切られたっ!」
「きれてないよ、うで」
「心臓を貫かれたっ!」
「だいじょうぶ、しんぞうもだいじょうぶ」
Fは、自分がこんな目に遭っているのにもかかわらず、いつもと変わらず呑気に喋る須暮利に苛立ちを覚えた。だからか、次の瞬間、Fは身体の流れで須暮利の顔を殴ってしまった。
殴られた須暮利は、だがいつもと変わらない無味乾燥とした表情を浮かべているだけだった。だが、殴られたことにより、Fの痛みが少しは分かったのか、須暮利は「よいしょ」と言いながらベッドを降りると、ベッドのすぐ側にあるグランドピアノに向かった。
Fは悶え苦しむ意識の中でそれを横目で捉えると、できるだけ意識をそのピアノの方へ向けた。その理由は、これから約束された安寧が訪れるからであり、Fはそのこれから訪れる約束された安寧のことを思い浮かべると、微笑が浮かんできた。
須暮利はピアノ椅子に座ると、鍵盤の上にそっと指を置いた。そして、奏ではじめた。ショパン:ノクターンの二番を。
綺麗な旋律が、Fの身体に染み込んでくる。
この世の全ての重荷から解放されるような気持ちになる。生まれた時の純粋無垢な気持ちが再来してくる。俗世で汚れた肉体、そして精神までもが浄化されるような気持ちよさを覚える。この世に生まれた喜びの一欠片を体感する。全てが暖かく、全てが涼しく、全てが心地良い全能感をもたらしてくれる。
……Fは、子守歌に素直に眠くなる赤子のような純粋な眠気に襲われた。
鍵盤の上に指を走らせながら、そんなFを横目で見た須暮利は、ニコッと優しく微笑みを浮かべ、それからまた正面に向き直り旋律の方へ意識を向けた。
そんな時間が、三十分ほど続いた。
三十分も経った頃には、もうFの左腕や心臓部に感じていた耐え難い痛みは少しも残らず消え去っていた。途中から眠気も消え、Fは心の底から安寧を享受し、ベッドの上でぼーっとしていた。そんなFの元へ、ピアノを弾き終えた須暮利が近づいた。
ベッドに上がった須暮利は、Fの頬にキスをした。
「もうだいじょうぶ、なにもこわいことなんてない」
「……うん……」
須暮利は、俯き気味なFを抱き締めた。
自分のハグによってFが落ち着いたことに安堵した須暮利は、またついさっきみたいにベッドに寝っ転がって、眠りはじめた。そんな須暮利の頭を撫でながら、Fは近くの椅子に座っていたペスス陸に話しかけた。
「結果としては、思っていた通りだった。〈エレジウム〉の奴らは皆、千葉県内房、廃棄されたコンビナートに居た」
Fは須暮利の頬にキスをすると、言った。
「五神人をはじめとした全ての戦える者達を集めろ。〈エレジウム〉を……いいや、レオを必ずや殺してみせるッ!」




