着弾②
〈ReGion〉の本拠地である聖母の家、そしてその禁足地である聖母の寝所にて、Fは今まさに華征へと魂を飛ばそうとしているところだった。
聖母の寝所の真ん中に存在する白いレースで飾られた清純なベッドに寝転んだFは、意識を集中させて、沢山いる〝対象者〟の中から華征にピンポイントにフォーカスした。
Fの頭の中で、華征の居場所がまるで地図アプリに表示されているみたいに鮮明に映る。華征の現在地は千葉県内房、廃棄されたコンビナートの中にある。そのことをFはしっかりと捉えると、深い呼吸をしてリラックスを呼び込み、呟いた。
「涅槃」
次の瞬間、Fの魂は瞬時に空高く舞い上がった。聖母の家は地下百メートルの位置に存在するが、魂が空高くまで舞い上がるのは一瞬の出来事だった。意識だけの存在となったFとその魂は、廃棄されたコンビナートにいる華征の元まで瞬時に飛んでいった。
Fが肉体感覚を取り戻すと、視界は暗闇に覆われていた。
この技を使い他者の身体を乗っ取るといつもこうなる。対象者は、自分の魂が入った瞬間に一度完全に身体の力が抜けてしまうから、身体をどこかにぶつける感覚が最初にくることも多い。だが、今回はそのような痛みはなかった。
Fは、魂が新しい身体に慣れ、自分のものとして動かせるようになると、目を開いた。
目を開くと、華征――もとい自分の身体――は古びた椅子に座っているところだった。
「……ッ!」
だがそんなことはどうでもよかった。目の前の現実が全てを凌駕したからだ。
Fの目の前には、眠っているレオの姿があった。Fはそのことに気がつくと、慌てて椅子から転げ落ちてしまった。身体に鈍い痛みが走る中、それでも目の前のレオの存在に、Fは過呼吸気味になった。
――ほ、ほ、ほ、本物のレオ・アルバトロス……っ! こんなに早く出会えるとはなぁ。ど、どうしよう……さっそく殺すか? ……いや、武器がない。まずはどっかで武器を探さないと……。
Fは身体に酷い痛みを感じながらも、なんとか立ち上がると、慣れない身体を使いこなしながら、部屋を出てこの廃棄されたコンビナートを少し見て回ることにした。レオがいるということは即ち〈エレジウム〉のメンバーもここにいる。五神人を連れて襲撃を行う為にも、この廃棄されたコンビナートの情報をFは手にしておきたかった。
廊下に出たFは、長い一直線の廊下を、左右どちらに行こうか迷ったが、直感で右手側に進むことにした。実際にそっちは、皇祭のいる隠れ家兼研究所の方向だった。
廊下を進んでいる途中、Fは廊下の壁に貼り付けられていた鏡を見た。鏡を通して見える自分の見た目は、完全に華征となっていた。前髪で両目が完全に隠れているのにもかかわらず、何故か前が見えているのが不思議でたまらない。
Fは廊下を更に進むと、ドア越しに、明るくて沢山人間の声が聞こえる部屋が見えてきた。
現在そこには、皇祭やユキや穂乃果などが居た。Fはそんな大勢の人間がいる部屋に迷わず入ると、一斉にFの方へその大勢の人間の視線が向けられた。
だがこのようなケースは、これまでも幾度となく経験している。だから今回のような状況でも、Fが焦ることはない。ただ平然と、その元の人物を演じるだけだ。
他者の身体を乗っ取った際、その乗っ取った元の人物の〝人格〟や〝考え方〟などはその身体から完全に消えるわけではなく、一緒に同居するような形になる。それはまるで脳を半分ずつ分け合っているような感じだ。そのため、Fは自分の人格や考え方と共に、華征の人格や考え方も使いこなすことができた。つまり、
「おー華征ちゃん、どしたん? レオ君のとこに居なくていいん?」
ユキがFに話しかけた。するとFは、半分だけ残っている華征の脳味噌からこれまでの華征の情報を引っ張り出して、振る舞った。
「ちょっと気分転換デス。お外イッテキマス」
傍から見れば、それは完全に華征だった。
その場の人間を欺くことに成功したFは、皇祭のいる隠れ家兼研究所を抜け出して、廃棄されたコンビナートの内部に出た。もうここまで来れば誰かに会うようなこともないだろう。Fは華征に似つかない重い溜息を吐くと、両手を上に伸ばして気怠そうにしながら廃棄されたコンビナート内を練り歩き始めた。
Fは短くない時間、廃棄されたコンビナートの情報を得るのに時間を割いた。
練り歩いた結果、様々な情報を得ることができた。その情報を頭の中で整理したFは、最後の仕上げに取りかかった。最後の仕上げ――それは、レオを殺すことだった。その為の武器も同時に探しながら廃棄されたコンビナート内を練り歩いたFであったが、残念なことにレオを殺せそうな武器らしい武器というのはどこにも見当たらなかった。
Fは仕方なくレオのいる部屋に戻りながら手立てを考えることにした。
そうしてレオの部屋に戻りながら考えていると、Fはやっと平常心に戻った。
やはり他人の身体というのは自分の感覚や意識とは完全には結びつかない。そのため、自分の魂と不適合な身体に入ったら、心拍数が異常に上がるようなこともある。今回の場合も、あまり相性がいいとは言えなさそうだった。
手立てを考えながらも、Fは気づけばレオの眠っている部屋の前まで辿り着いていた。
だがそのとき、Fは気がついた。
――そうだ、今の俺はアンドロイドなんだから、内蔵の電子銃を使えばいいじゃないか。
なんでこんな単純な事に気がつかなかったんだろう……。そう思いながら、Fは部屋に入った。部屋に入ると、Fは不意にとあるものが目に入った。それはニトロスマイルだった。
レオの愛剣であるニトロスマイルは、ご主人様にいつ握られるのかと今は今かと待っている。Fはニトロスマイルのことを知っていた。ニトロスマイルが、モルドヴィス王国の創造者の創造物であることも知っていた。
だが、その〝真の実力〟までは、Fは知らなかった。
Fは、レオの眠っている近くの壁に立てかけられているニトロスマイルを横目で見ながら、左腕を展開させようとした。意識を研ぎ澄まし、力を込めると、左腕が展開し、電子銃がそこに露出した。
Fは右手で、左腕の露出した電子銃の強度を〝最強〟にした。これで全ての準備は整った。あとは、撃ってレオを殺すだけだ。
Fは、興奮していた。あの……あのレオ・アルバトロスを殺す時が来るだなんて、夢にも思わなかった。足が震えはじめてきた。そしてFは、全身が震えはじめる中、左腕の電子銃を眠っているレオの方へ突きつけた。そうすると左腕は全身の中でより酷く震えはじめ、照準が定まったり定まらなかったりしはじめた。そのため、Fは自身の左腕を右手で抑えつけた。すると、照準は最低限定まるようになった。
Fはニヤッと笑った。もうこれで、遙か年月を超えた仇が取れる。
レオに突きつけた銃口。Fは自身の左腕に力を込め、弾を発射しようとした。だがそのときだった。
「……え?」
ニトロスマイルが、Fの左腕を切り落としていた。
ボトッという音と共に床に落ちた左腕を認識すると、Fは強烈な痛みが身体を走った。
「痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」
Fは華征が出したこともないだろう野太い声で叫びながら、痛みのあまり床に転げ落ちた。
Fは何が起こったのか分からず、痛みに悶えながら床を転げ回った。切り落とされた左腕の部分を右手で押えながらなんとか月の血液の流出を抑えようとするが、無情にも月の血液の流出は加速していく。Fの意識が薄らいでいく。
今、この瞬間、何があったのか。それは単純なことだった。Fが左腕の電子銃を撃とうとしたその瞬間、壁に立てかけられていたニトロスマイルは意志を持ったように駆動し、Fの左腕を切り落としたのだ。中身がFでも、その身体は華征のものだ。だが、ニトロスマイルは華征を傷つけることになろうとも、レオの命を最優先にした。そのため――
「やめろッ!」
ニトロスマイルはFを完膚なきまでに殺そうと、殺意マシマシにFとレオの間に立ち塞がり、今にもFに追撃を繰り出そうとしていた。
Fは左腕を切り落とされ、大量の月の血液の出血により意識が朦朧とする中、もうこの身体ではどうすることもできないことを悟った。そうしてFは、華征の身体を抜け出して自分の身体へ戻る事にした。
だが次の瞬間、ニトロスマイルはそんなFの心臓を貫いた。
他者の身体であっても、抜け出すという選択をしない限り、他者の身体に入ったまま死亡することも充分あり得る。だからFは、なんとか最後の気力を振り絞って、呟いた。
「肉体」
すると次の瞬間、Fの魂は華征の身体を抜け出し、空高く舞い上がった。
そうして部屋には、大量の月の血液を出血し見るも無惨な姿で床に倒れた華征の身体と、華征の心臓部を貫いてそこからひとりでに元の位置に戻ったニトロスマイルと、何もなかったかのように未だにスヤスヤと眠り続けているレオの三つだけが残った。
そのとき、部屋に一人の人間が入ってきた。それは研究員の男だった。異様に大きな物音を聞いて駆けつけた研究員の男は、見るからにヤバそうな事態を目にすると、走って皇祭に報告をしに行った。




