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姫君の鎮圧 ――かつて楽園と呼ばれた日本と、死神と呼ばれている男――  作者: 柊蓮
CHAPTER:チャプター〝5〟――
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全部滅茶苦茶⑧

 〈ReGion(レギオン)〉の本拠地である聖母の家(マザーハウス)。地下百メートルの位置に存在するこの場所は、その位置とは裏腹にとても開放的で息苦しさを感じない。


 白を基調とし、様々な意匠が彫られていて、元軍事施設とは思えないようなお洒落な内装をしているこの聖母の家(マザーハウス)には、様々な部屋があるが、ひとつだけほとんどの人間が立ち入ることを禁止されている部屋がある。その名も〝聖母の寝所(マザーベッド)〟。


 〈ReGion(レギオン)〉の一般メンバーはおろか、最高幹部である五神人ですら足を踏み入れることを許されない場所である聖母の寝所(マザーベッド)に今、総帥であるペスス陸はいた。

 そこで何をしているのかというと、〈ReGion(レギオン)〉の真のリーダーに会い、怒られているところだった。 


 聖母の寝所(マザーベッド)は禁足地でありながらも、この施設の他の部分と同じように白を基調としたデザインをしていた。広々とした真っ白い部屋のド真ん中に一つ、白いレースで装飾されたまるでお姫様が眠るようなベッドもある。その他には、グランドピアノがひとつと、大きな液晶テレビがひとつ、そしてソファがその近くにあり、まるで普通の家庭のリビングを再現したかのような部屋の中となっていた。


 間接照明が部屋を隅々まで照らし、照明が明るすぎてずっと居たら気分が違う方向におかしくなってしまいそうなこの空間。そんな部屋のド真ん中で、ベッドの縁に座っている一人の男に、ペスス陸は怒られていた。


 その男は、ペスス陸に向かって叫んだ。


「なんで湯田が殺されてるんだよッ! 俺は何回も深く注意するように言ったはずだ――湯田だけは絶対になんとしてでも総理大臣の座にいてもらわなければ困ると。殺されることなど言語道断だ。だが……実際にはどうだ? なんで……湯田が殺されてんだよッ!」


 男の名は〝(エフ)〟。高身長、綺麗な金髪、白人という特徴をしており、典型的なイケメンと言えた。まるで王子様のような容姿をしているが、その端麗な容姿を崩さない為にも、普段はほとんど口を荒げることなどない。だが……〈ReGion(レギオン)〉の最大の戦力のひとつでもある総理大臣の座に就いていた湯田海舟が殺されたとなると、その失態ぶりにFはペスス陸を怒らずにはいられなかった。


「なんとか言ったらどうだ。さっきから黙ってばかりだぞ。俺は無駄な時間を過ごすのが嫌いなんだ。さっさと何か言ったらどうだ」


 Fの物言いに、ペスス陸は身体をこわばらせた。ベッドの縁に腰をかけ、ずっと自分の事を見下してくるFのことを、ただ正座をしながら見上げることしかできなかった。

 ペスス陸がそうするしかない理由は、様々ある。立場や性格、Fの完璧に近しい肉体など、様々な要素がペスス陸を怖がらせたが、一番の理由はFの能力に関してだった。


 Fは、〝魂の覚醒者〟だった。その能力が、ペスス陸を何よりも怖がらせた。


ペスス陸は、できることなら口を開きたくなかったが、長時間の正座に苦痛を感じ、もうとにかくこの窮地から抜け出したいと思い口を開いた。


「も、申し訳ありません……。護衛の二人は決して弱いわけではなく、できる限り最大限の人材を護衛に配置したつもりです。で、ですが……相手が霧島海馬とレオ・アルバトロスという事態になっては、もうどうしようもないかと……」


「できる限り最大限の人材、か。果たして本当にそうか? 五神人はどうした、五神人が一人減ったところで大した影響はないだろう。五神人の中の一人を誰か湯田の護衛に就かせることはできなかったのか?」


「た、確かに……そのような方法も考えはしましたが……。五神人は五神人で任務が沢山あり、一人欠けるとなるとその任務に支障が……」


「でも、湯田が死ぬことの方が〈ReGion(レギオン)〉にとっては損失だ」


 そう言うと、Fは自分の目の前で正座をしていたペスス陸の頬を叩いた。

 パチンという音が響き渡ると、Fは自分の髪の毛をわしゃわしゃと両手で掻きはじめた。


「レオ……レオ……レオ……話には聞いてたが本当に俺の邪魔しかしねぇんだな」


 Fは身体を蝕むようなストレスにいてもたってもいられない気持ちになった。今すぐにでも看過できない失態を犯したペスス陸と護衛の二人を殺したかった。


 ――いや……護衛の二人はもう殺されてるか。


Fはふと冷静さを取り戻すと、一度深呼吸してからペスス陸に言った。


「俺はお前に強く怒っているが、別にお前の事が嫌いなわけではない。廃棄工場で、廃棄寸前だったお前を救ったのは俺だ。というか、今五神人と呼ばれている奴らは皆この俺が直接救ったんだ。……だから、俺がお前らのことを嫌いなわけがないだろう」


 全てを言い切ったところで、Fは今の自分の発言が急に恥ずかしく思えはじめた。そんなFは仕切り直しと言わんばかりに一度咳をすると、ペスス陸に訊いた。


「……で、グラン・タワービル襲撃の結果は?」


 現在は〈ReGion(レギオン)〉によるグラン・タワービル襲撃から三日が経っていた。この三日間の間にまとめられた報告書をペスス陸は側に置いていた。それを手に取ると、その報告書の内容を簡潔に読み上げ始めた。


「はい。約一ヶ月後に実行予定であったグラン・タワービル襲撃ですが、ご存じの通り湯田海舟が殺害されたことにより、即時的に実行しました。本来であれば人間側の戦力を削る為の襲撃であったはずですが、結果としては湯田の殺害がトリガーとなってしまったことをここに謝罪します。ですが、当初の目的であった人間側の戦力を削る目的自体は達成できており、様々な外部組織の拠点であるグラン・タワービルの復旧には一年近くかかるでしょう。グラン・タワービルの再建を諦め、同様の機能を持つ既存施設への移転をするという場合でも、襲撃前のような正常な状態に戻るまでは半年近くはかかると思われます。少し本題からは逸れますが、〈エレジウム〉が現在どこに潜伏しているのかについては、全力で捜索中です。あぁ、それと――グラン・タワービル襲撃の一番の結果は、そこに居ます涼宮甘臨の身柄です。……それでは、報告は以上です」


 Fはその報告に一度頷くと、ペスス陸の言葉に動かされるように、電子拘束椅子によって完璧な形で拘束をされている涼宮甘臨の方を見た。


 甘臨は身体を電子拘束椅子によって完全に固定されており、両手両足もしっかりと固定されていた。椅子自体も地面に固定されている為、普通の人間であればこの状態から抜け出すことは不可能だった。全身は固定されているが、口枷(くちかせ)などは装着されていない為首から上だけは自由だった。


 Fは甘臨をしばし見つめると、ベッドの縁から立ち上がり、拘束されている甘臨の元まで行った。そしてFは甘臨に顔を近づけて甘臨の匂いを嗅いだ。


「お前……創造者だろ。なんの能力か言え」


 すると甘臨は、拘束されているのにもかかわらず、いつもと変わらないような生意気な表情で言ってみせた。


「ふん、やだね。敵に教えるものか。……それより、ボクが創造者だということが分かるということは、君も創造者ってことになるよね。なんの能力なんだ」


 そう言われたFは自身の顎を撫でながら、確かに、と思った。


 創造者は、自分以外の存在が創造者かどうか嗅ぎ分けることができる。だがその能力の内容までは嗅ぎ分けることができない。できるとしてもせいぜい、その能力の熟練具合であり、その自身の能力が身体に染み込んで使い慣れている創造者を目の前にすると、自分の身体に勝手に力が入ってしまうということは創造者の中ではよくあることだ。


「俺は、魂の覚醒者だ。一度自分の手で触れた対象に〝自分の魂〟を入れることができる」


「ほお、興味深いね。で、自分の魂をその対象に入れたらどうなるの?」


「俺はそいつの身体を乗っ取ることができる」


「へぇ……凄いね」


 すると、Fは甘臨の頬をそっと触った。


「これで、やろうと思えば俺は君の身体を乗っ取ることができる。しかも、俺とその対象者の距離がどれだけ離れていようとも、俺はその対象者の身体に自分の魂を飛ばして乗っ取ることができる。どうだ、怖いか?」


「全然、怖くないよ。逆に興味の方が深いね」


「流石科学者だな。もっと聞きたいか?」


「うん、こうしているのも暇だから聞かせて」


 Fは近くの椅子を甘臨の元まで持ってきた。そしてそれに自身が座ると、まるで親友と会話をするかのような妙に柔らかい表情で話し始めた。


「まず何を教えてほしい?」


「そいつの身体を乗っ取っている最中とその後、その対象者の魂、そして意識はどうなってるの?」


「乗っ取っている最中にどうなってるのかは知らない。だが乗っ取った後のことなら分かる。乗っ取った後、対象者は決まって全員その最中の記憶を失う。いや、失うというより、実際に何も意識がないんだろうな。乗っ取られた部分だけ、まるで眠っていたかのように記憶がない。それが睡眠のような理解のできる記憶の喪失なのか、それとも頭をぶつけた時に起こるような記憶喪失のようなものなのかは、知らない。ただ皆決まって、乗っ取られたことなんて分からない。突然意識が途切れて、突然意識を取り戻すだけだ」


「へぇ、凄いね」


 甘臨にそう言われて、Fは微笑を浮かべた。そしてFは、甘臨の頭を撫で始めた。

 Fはまるで毛繕いをする猫のような手つきで甘臨の頭を撫でながら、そのついでと言わんばかりの口調で言う。


「俺は最近、グラン・タワービルに行った。そして、とあるアンドロイドの身体を乗っ取った。最初はアンドロイドなら誰でもよかった。だけど、俺が身体を乗っ取ったアンドロイドは、俺にとって凄く都合のいい存在だった。誰だと思う?」


 思ってもみなかった言葉に、甘臨は一瞬怪訝な目つきになり、何か裏があるのではないかと一瞬訝しんだが、素直に答えた。


「グラン・タワービルにいくつアンドロイドがいると思ってるの? 分かるわけない」


「まぁ俺も、そのアンドロイドの名前は分からないんだが、女のアンドロイドだ。お前くらい頭の良い科学者なら、俺がここまで言って分からないか?」


 そう言われ、甘臨は眉間に(しわ)を寄せた。頭をフル回転させてFの思考を理解しようとした。だが、Fの言わんとすることが分かりそうで甘臨には分からなかった。

 甘臨は、Fが自分のことを殺すつもりがないことを肌感覚で分かっていた。そしてその肌感覚は、次のFの言葉によって確信的なものになった。


「さっきのペスス陸から俺への報告をお前も聞いていただろ? それの通り、今回のグラン・タワービル襲撃における最大の成果はお前を拉致することができたことだ。その目的はただひとつ、〈エレジウム〉の居場所を見つけるためだ。管制室のリーダーであるお前を拷問でもすれば、〈エレジウム〉の居場所を吐いてくれるだろうと思ってな。でも、その必要はなくなった。だって、俺がたまたま出向いたグラン・タワービルでたまたま出会ったその女のアンドロイドが、居場所を教えてくれたんだからな」


 その言葉により、甘臨はFに全てバレていることを確信した。だから素直に訊いた。


「……〈エレジウム〉のメンバーの誰かと仲の良いアンドロイドは……正直想像つかない。でも、アンドロイドを所有しているメンバーは一人いる……。まさか、レオが持ち主の……華征ちゃんのこと?」


「華征って言うのか、あの女のアンドロイドは。俺の能力はな、一度自身の手で触れた対象者の居場所は常に分かるようになってんだ。その華征とかいうアンドロイドの居場所も、リアルタイムでバッチリ認識している」


 甘臨はそのとき初めて、表情を大きく変えた。グギギ……という音まで聞こえてきそうなほど苦い表情になった甘臨には、この後の展開が全て見えていた。


 ――クッソ……華征ちゃんの記憶障害ってコイツに乗っ取られたことによるものだったのか……。そりゃあボクも原因が分からないわけだ。コイツの言葉通りなら、華征ちゃんは今レオの元に向かってる? レオだけじゃなく〈エレジウム〉の人間は今皇祭さんと共にあのコンビナートに居るはず……。そこに華征ちゃんは向かっている? 何故? それについては分からないけど……コイツは華征ちゃんのその位置情報を頼りに、〈ReGion(レギオン)〉を連れてコンビナートに行くはずだ。……はぁ、最悪なことになった……っ! 


 天才科学者の弟子であり、これまた天才である甘臨の頭脳が見据えた現実に似た言葉を、Fは吐いた。


「俺はその女のアンドロイドの身体を乗っ取り、これから廃棄されたコンビナートに行く。そして、レオ・アルバトロスを真っ先に殺す。俺は……レオを殺す為にこの〈ReGion(レギオン)〉という組織を創ったんだ!」

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