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姫君の鎮圧 ――かつて楽園と呼ばれた日本と、死神と呼ばれている男――  作者: 柊蓮
CHAPTER:チャプター〝5〟――
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全部滅茶苦茶⑥

 管制室は外部組織の人間にとって重要な〝拠点〟であるが、それと同時に管制室のリーダーである甘臨の生活空間でもあった。そのこともあり、管制室は暗く空気が悪い。もし今聞こえてきた足音の存在が敵だとしても、この管制室の中での戦闘だけは、視界が悪く何が起こるか分からない為避けた方がいいだろう。


 そう思った海馬は、廉斗に急いだ口調で言った。


「お前武器何持ってきた? 電子銃(エレキガン)か?」


「いや、レオ君に『使っていて楽しい武器を使いなさい』って言われて、星輝剣(ライトセーバー)を持ってきました。でもただの星輝剣(ライトセーバー)じゃないっすよ、皇祭さんが造った特別な星輝剣(ライトセーバー)っす」


 そう言うと、廉斗はポケットから取り出した星輝剣(ライトセーバー)の柄を海馬に見せた。電源が入ってないためまだ刃の部分は無かったが、廉斗が取り出したそれはまさしくこの現代日本でよく使われている星輝剣(ライトセーバー)だった。


「ほお。……もし、今近づいてきている存在が敵だとしたら、管制室の中を見られる可能性は高いし、もしそうなったらここで戦闘になる。もしそうなった時は、お前は那奈を護ってくれ。俺はできるだけ迅速に敵を片付けられるように頑張る」


「わ、分かりました……」


 目の前に急激に現実のものとして迫ってきている〝戦闘〟に、廉斗は急に身体が震えてきた。


 海馬は、管制室の中でも特に視認性の悪い、部屋に入って真左の死角になっている部分に那奈と廉斗を移動させると、自分も扉の真右の死角に身体を隠した。そして両手それぞれに水の槍を一本ずつ創り出すと、そうして戦闘準備は完了した。


 最初に足音が聞こえてからここまで僅か一分の出来事だった。


 コツ、コツ、コツ……。足音は確かにさっきよりも大きく聞こえるため近づいて来ているのが分かるが、その進みは鈍い。丁寧にクリアリングしているのか、それとも気が抜けているのか、どういうつもりなのかは分からないがその足音の存在はやけに進みが遅かった。

 だがそんな遅々とした歩みも、海馬達からしたら永遠にも感じられる数分が経つと、ちゃんと管制室の前の廊下まで辿り着いた。


 足音が管制室の前の廊下まで辿り着いたところで、海馬は、その足音の主が一人ではなく複数人のものであることに気がついた。それが心の境界線を越えたアンドロイドであるかどうかは、メガネを通して見てみなければ実際には分からないが、海馬はほぼ確実にそれが心の境界線を越えたアンドロイドだと思った。


 談笑する声が聞こえてくる。複数人で歩いているそいつらは、談笑をしながら管制室の前を歩いていた。話し声から察するに、その足音の集団は最低でも三人はいた。


 そのとき、その複数人の足音は管制室の前で止まった。

 管制室の中に居る三人は極度の緊張に襲われた。

 複数人を相手にするのは海馬からしたら凄く面倒だったが、それが〝敵〟だとしたら、とにかくやるしかない。


 集団は数分間、管制室の前で立ち止まり談笑しているように思えた。だがそれは海馬の体感でしかなく、実際に集団が管制室の前で談笑をしていたのは僅か一分ほどだった。

 海馬にとって人生で一番長い一分が終わると、足音の存在達は管制室を素通りして廊下の更に奥に向かって進んでいった。


 そのときだった。


 海馬は集団が廊下を少し先に進んだのを見計らって、メガネを掛けた状態で勢いよく廊下に飛び出した。結果は〝黒〟。集団は全員が心の境界線を越えたアンドロイドだった。 

 ここまでは予想通りのことだったが、相手は三人ではなく五人いた。真っ黒い戦闘服を身に纏い、アサルトライフルを持った五人の心の境界線を越えたアンドロイドがそこにはいた。だが……それも海馬にとっては予想通りのことだった。


 海馬は次の瞬間、両手にそれぞれ握っていた水の槍を五人目がけて放り投げた。


 縦には長いが横には狭い廊下だ、アバウトなコントロールでも当たった。だが当たったのは一本だけだった。敵の一人の背中に水の槍が突き刺さると、そいつは叫喚を上げながら膝から地面に崩れ落ちた。味方の一人がやられたことにより急襲に気がついた残りの四人は、躊躇いなく海馬に向かって一斉射撃を始めた。


 これが……死期を悟るという、ことなの、だろうか……。


 海馬は自分に向かって飛んでくる鉛玉の雨が、何故だかこのときばかりはスローモーションに映った。そして、自分がそれらを避けきれずに受け、肉体が細かく裂かれるような痛みを感じているのもありありと分かる。

 何故だろう。死の危険に曝されていてこんなにもアドレナリンが湧き出ているというのに、頭は凄く冷静だった。

 やはりこれが死ぬ前兆なのだろうか。海馬は自分が自分じゃないみたいな冷静な頭の中でそう思うと――だが、加奈の為にもまだ死ぬことはできないと強く思った。


 海馬は降り注いでくる鉛玉の雨を身体のいたるところを水に変形させて回避しはじめた。


 全てがスローモーションに見える今、全てとは言えないができる限り弾を避けることは可能だった。だが身体を貫く鉛玉もあり、その一発一発に海馬は肉体が引き裂かれるような強い痛みを感じた。

 避けはじめてから三秒が経った頃、海馬はこれを続けていても体力の問題から自分が最終的には死ぬことを悟った。このままでは負ける――そう確信した海馬は、次の瞬間、身体を変形させるのを止め、体力的に最初で最後だろう反撃の一手を繰り出した。


水波能売(ミヅハノメ)ェッ!」


 次の瞬間、海馬は巨大な水の身体を備えた〝水の魔神〟へと姿を変えた。


 水の魔神のその水の球体の身体は巨大だったが、銃弾の全てがその身体に届く前に、魔神の身体の周りを回っている五体の女神の顔をした盾に防がれた。


 海馬が水の魔神になったことによって、廊下は大きな音を立てながら破損した。壁や天井には巨大な穴が空き、その空いた穴から廊下に外気が流入してきた。海馬の周囲には沢山の瓦礫が転がっていた。海馬がその水の巨体を少し動かす度に、足下に崩れていた瓦礫が空いた穴からグラン・タワービルの一番下まで落ちていった。管制室の一部までもが破損していた。


 海馬の変貌ぶりを見て、四人の戦闘員は射撃の手を止めた……。戦闘服のヘルメットによって顔が隠れているのにもかかわらず、その戦闘員達の恐怖の表情が海馬には透けて見えていた。

 海馬は次の瞬間、巨体のそれまた巨大な右腕を戦闘員達に向かって繰り出した。

 海馬が図らずも破壊し、少しは広くなった廊下と言えど、その巨大な右腕を避ける方法は無かった。凄まじい速度で叩きつけられた右腕は、戦闘員達を死体の山を越えて廊下の一番奥にまで吹き飛ばした。


 戦闘員達を吹き飛ばした衝撃で、廊下には大量の水滴が飛散した。


 海馬は戦闘員達を攻撃する手を止めなかった。海馬は巨体を揺らしながら全速力で廊下の一番奥まで走ると、戦闘員達を追撃した。

 海馬の右腕に吹き飛ばされた衝撃によって、地面に転がり起き上がり切れていない戦闘員達を、海馬は両手を勢いよく上から振り下ろして潰した。

 それと同時に、海馬の体力は限界を迎えた。


 一斉射撃も全てを避けられたわけではないし、水の魔神になることも海馬にとっては凄く体力を使う行為だ。海馬は水の魔神から元の自分へと自然に戻ると、その場に倒れ込んでしまった。

 水の魔神で潰したんだ、今の俺にこれ以上の攻撃はできない――内心そう呟いた海馬だったが……現実は、海馬の想いを裏切った。水の魔神の巨大な手で潰した戦闘員のうち、たった一人だけ、その場に起き上がりはじめた。


 海馬は今にも死にそうなほど荒い呼吸をしながら、掠れていく意識の中で起き上がる戦闘員のことを認識すると、そうして本当に自分は〝死んだ〟と思った。

 今さっきの海馬の攻撃は、普通であれば即死してもおかしくない攻撃だ。つまり、今進行形でその場に立ち上がり、血走った目で海馬を見ているその戦闘員は、とてもラッキーな奴ということだ。その運の良い一人の戦闘員は、最後の気力を振り絞って、手に持っていたアサルトライフルの弾を入れ替え、海馬を殺そうとした。


 ――おい……廉斗! なにしてる……助けに来い……っ!


 だが、廉斗が助けにくる気配はない。


 アサルトライフルの弾を入れ替え終えた戦闘員は、丁寧な手つきでその場に倒れ込んでいる海馬の頭に照準を合わせた。今の海馬にはもう、指一本動かす力もない。海馬はゆっくりと目を閉じると、加奈の元へもうすぐ行けると思い、微笑を浮かべた。


 ドスッ。


 次の瞬間、戦闘員の頭は切り落とされていた。

 ドスッ、という重い物が落下したような鈍い物音につられて海馬は目を開くと、そこには、誰かがいた。それが廉斗でも那奈でもないことは自明だ。


「……誰だ……」


 掠れた絞るような声で海馬が呟くと、戦闘員の首を切り落としたそいつは答えた。


「私はアルス・ルミナス・モルドヴィス。レオ・アルバトロスの飼い主です」

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