全部滅茶苦茶②
海馬と別れ、自分が吹き飛ばした護衛の二人を追いかけて中庭に降り立ったレオは、護衛の二人に息をつく間も与えないほど迅速に攻撃を繰り出した。
「雷撃廻転ッ!」
次の瞬間、ニトロスマイルがレオの手から離れ、護衛の二人の頭上まで高速移動した。
そして、まるで避雷針の如く近くの不穏な雲から雷を集めはじめたニトロスマイルは、心臓が揺れるような轟音と共に護衛の二人に雷をお見舞いした。
レオは空をふと見上げた。空には作為的に集められた雲が不自然に密集していた。
稲光によって舞った砂埃によって一度隠れていた相手の姿が改めて見えると、護衛の二人は地面に強く倒れ込んでいた。ニトロスマイルが、まるでブーメランのようにレオの元まで律儀にクルクルと回転しながら戻ってくると、レオはそれをタイミングよくキャッチした。そして、レオがニトロスマイルを鞘に収めようかというときだった。
護衛の二人は、地面に手をつき、その場にゆっくりと起き上がろうとしはじめていた。
「結構頑丈だな」
レオが感心ありげにそう呟くと、そのとき、レオの通信デバイスに着信が入った。着信に出ると、それは甘臨からのものだった。
『今の雷攻撃凄かったね~。でも、今みたいな自然エネルギーを用いた攻撃をするなら、一発で仕留めなきゃダメじゃない?』
「そんなことをわざわざ言いにきたのか」
レオは溜息をつきながら言った。
「っていうか、どうした後ろ。なんか騒がしいけど」
通話の向こう側、グラン・タワービルからの通信なはずだが、尋常じゃないほど甘臨の背後からは喧騒が聞こえてきた。でも甘臨はそんなことあまり気にしていないような声色で言った。
「後ろ? 大丈夫大丈夫、グラン・タワービルで騒いでる奴がいるのなんていつものことでしょ? ――それより早速本題なんだけど、君の性格的に知りたいだろうから、相手の情報を教えてあげる。細身の方の男は『ミリ』っていう名前で、結構トリッキーな攻撃をしてくるらしい。そして体格がいい方は、『ムニス』っていう名前で、見た目通り力が強くて俊敏性があまり無い奴。さぁ、頑張って倒して~!」
「あいよ」
通話が切れると、レオは頭の中で戦い方をプランニングした。
プランニングの際に一瞬目を瞑り、そしてプランニングが完了したことによって再度目を開いたとき――護衛の二人はその場に立ち上がっていて、もう既に戦闘態勢を整えていた。
護衛二人のうちの細身の方――ミリとかいう方は、レオに対してなんとファイティングポーズをとっていた。そのことをレオは認識すると、戦って面倒臭いのは意外とミリのような奴なんだよなと内心思った。その考えは次の瞬間にはより強固なものになった――
「俺は……お前を知ってるぞ! お前は……人殺しだ!」
「なに?」
ミリの突然の言葉に、レオは思わず言葉が溢れた。
「お前は世のため人のためと大義名分を抱えながら人を殺す、殺人鬼で、自分勝手な奴で、そして……死神だ」
死神――その言葉が出てきて、レオはミリを見る目を変えた。
――何故俺がそう呼ばれていることを知っている?
レオは動揺の振り子が大きく振りはじめていた。普段ならばあまり気にすることのないその呼ばれ方も、何故だか今は状況や緊張も相まってか凄くありありと感じられる。レオは心を静める為に仕方なく空を見上げた。夜月が綺麗だった。足下にはふかふかの芝がある。できることならば、今すぐにでもこの芝生に寝転んで夜月をじっくりと見上げたかった。
だがミリの言葉にレオは視線をすぐさま降ろした。
「お前は案外、俺達の世界では有名人なんだよ。一国の姫に仕える存在でありながら、汚れ仕事も難なく請け負うそのギャップ。大抵の王族の側近は汚れ仕事なんて受けたがらないし、汚れ仕事を受けるような薄汚れた人間をそもそも王族は好まない。だけどお前は違う。ただの殺人鬼でも自分勝手な奴でもありながら、アンタは死神なんだ……。そこが、ただの人殺しと違う点だ」
自分のことを褒めてくれてるんだか貶してるんだか分からないミリの言葉に、レオは頭をポリポリと掻きながら内心調子が狂いそうになるのをなんとか抑えながらも、若干の苛立ちを見せながら言った。
「じゃあ単刀直入に訊くが、お前にとって俺はなんなんだ?」
「ヒーローだ」
「…………は?」
レオは全くの予想外の言葉に、ニトロスマイルをその場に落としてしまった。
――な、何言ってんだコイツ……。か、攪乱か? それとも精神攻撃? ……駄目だ、わけがわかんない。
レオが慌ててニトロスマイルを拾い上げると、ミリは、
「アンタは俺のヒーローで、俺はアンタのファンだ。だから、ここで殺す!」
ミリは左腕を展開させると、レオに向かってチェーンを発射した。
レオは飛んできたそのチェーンを剣身で弾くと、
「月血衝撃ッ!」
白色の高エネルギー弾が護衛の二人を襲った。だが二人は反応でなんとかそれを避けた。二人の間の芝生には、高エネルギー弾の軌跡がクッキリと残った。
二人は高エネルギー弾からとにかく逃げる事だけを考えた動きをした為、体勢が大きく崩れたが、ミリは身体を上手く捻って軽快に態勢を整えると、自分とレオとのちょうど中間辺りにチェーンを撃ち、チェーンを引き寄せることによって飛んでレオに急襲した。
接近戦を仕掛けられたレオは、ニヤけを浮かべると、逆に自分からも接近――ミリが気づいた頃にはもう、レオはミリの真下まで潜り込んでいた。
懐に大きく入り込まれたことに気づいた時にはもう、ミリは全てが遅かった。
ミリの真下から、レオはミリを拳で勢いよく突き上げた。
アッパーカットを喰らったミリは、月の血液を大量に吐き出した。
急激に意識が朦朧としはじめ、今にも倒れそうになったが、ミリは薄い意識の中でレオを一発殴った。それは意識が希薄な生物にしては強すぎる殴りであったが、意識が正常な生物からしたらやや強い程度の殴りだった。
レオはミリの拳をしっかりと剣身で受け止めていた。
レオは思い切り力を込めてミリを弾き飛ばすと、態勢を崩したミリの肩をニトロスマイルで貫いた。
「あああぁぁぁぁぁ痛ってぇえええッ!」
ミリの叫びが夜空の下に響き渡ると、再度月の血液が大量に地面へと溢れた。
レオがミリの肩からニトロスマイルを引き抜くと、ミリは地面へと身体が落ちた。そしてレオはすかさずムニスの方へ駆けはじめた。ムニスは左腕を展開させると、左腕には剣が露出した。
レオのニトロスマイルとムニスの防御腕である右腕が衝突した。
思いのほかムニスの力が強く、レオは片手で握っていたニトロスマイルにもう片手を添えた。すると、展開して役目を待っていたムニスの左腕の剣がレオ目がけて振り下ろされた。ムニスの右腕をニトロスマイルで抑えるので精一杯のレオは、身体を捻りなんとかその左腕の剣を躱すと、体勢が崩れ力が一瞬抜けた為か、ニトロスマイルと衝突していた右腕に大きく弾き飛ばされてしまった。
身体が大きく後ろに流れ、今にも転倒しそうだった。
もがくもそのまま転倒し背中を打ったレオに、ムニスはチャンスとばかりに馬乗りになった。
ムニスの左腕の剣が振り下ろされ、それをなんとか両手で握ったニトロスマイルで受け止めると、レオとムニスは膠着状態に陥った。
ムニスの力は思ったよりもだいぶ強かった。けれどレオの力も決して弱くはなく、どちらかと言えば強い方でもあった。だが現実問題今のレオは明らかにムニスの力に対抗できずにいた。
膠着状態に陥ったことにより、レオは即席プランニングをしはじめた。
純粋な力の勝負ではレオは自分がムニスに負けることを悟った。だが、防御腕である右腕に比べて攻撃腕である左腕はあまり力が入らないらしい。レオは自分の右腕の力だけでムニスの左腕の力に対応可能だと結論づけた。そして問題は残った互いのもう一方の腕だともレオは思った。
ムニスの右腕は防御腕であるから力が強い、それに対して自分の左腕は利き腕でもないからより弱い。このまま膠着状態が続けば、数秒後にやってくるだろう右腕の防御腕による殴りに自分は負ける。
答えは出た。
――少しトリッキーな攻撃をしなきゃならない、か。
レオは両手で握っていたニトロスマイルに、思い切り力を込めてほんの少しだけムニスを自分から離した。
一瞬、ほんの一瞬だけ馬乗りされていた状態が解除されると、レオはニトロスマイルを思い切り遠くの空間にぶん投げた。
まるでブーメランを投げるみたいに投げ出されたニトロスマイルは、まるでレオの意思を読み取ったかのように本物のブーメランと同様の軌跡をなぞりはじめた。
一見重厚に見える剣なのだが、今のニトロスマイルは確かにブーメランになっていた。
レオは自分の思惑を読み取ってくれたニトロスマイルの動きに若干の笑みを浮かべると、体勢を戻したムニスが繰り出してきた左腕の剣を左腕で受け止めた。
ムニスの左腕の剣がレオの左腕の肉にしっかりと突き刺さった。ムニスの剣がレオの左腕の肉を貫通すると、レオの腕から流れ出た月の血液がポタポタとレオの顔に垂れた。レオは腕が裂かれるような激しい痛みに舌を噛んで誤魔化した。だがレオの顔が酷く険しくなったのも束の間、
スパンッ。
ブーメランのように飛んでいたニトロスマイルが、ムニスの首を切り落とした。
ボトッ。
急に意識を失ったムニスの肉体が、レオに重くのしかかった。
レオは、「はぁ……はぁ……」と、息を荒くしながら、力を振り絞って首の切り落とされたムニスの身体を横にのけた。瓦礫の下敷きになったような気分から脱すると、その場に立ち上がり、倒れているがまだ死んでいないミリの姿を見て、まだ戦いが終わっていないことを認識した。
レオは自分の左腕から流れ出る月の血液を口で吸い取りながら、ミリの元まで近づいた。ミリはまるで陸上に打ち上げられた金魚のように嗚咽をしていて、今にも死にそうだった。
「レオ様に……殺され、るのなら……本望、です……」
ゆっくり、吐き出すように、ミリはそう紡いだ。
レオは「はぁ……」と溜息を吐くと、項垂れながら怠そうに言った。
「お前が俺のファンなのか信者なのかは知らないしどうでもいいけど、殺されるのが本望だなんて言ってほしくないな」
「な、なんで……」
レオはそんなミリの言葉に、また重い溜息が溢れた。
――なんでこうも死にたがるような連中ばっかりなんだろうな。この世界は。
「命は大切にすべきだからだ。お前は俺が〝人殺し〟だとか〝殺人鬼〟だとか言ったな? それは間違いない。事実として否定しようのないことだ。だけど、これもお前が言ったことだが、俺は〝死神〟だ。……死神は、命を選別する。何故ならば、命の尊さを分かっているからだ。命は奇跡の連続で成り立っていて、生物がこの瞬間生きていること自体が奇跡なんだ。だから……俺のことを好意的に捉えてくれてるのは嬉しいけど、『殺されるのが本望』だなんて言ってほしくないな」
「じゃあなんだよ、アンタは俺のこと見逃すのかよ」
「いいやそれは違う」
「え?」
「俺は、俺を本気で殺そうとした存在を無事では帰さない。今回は……左腕を貰おう。チェーンが出る腕ってなんか格好いいから欲しい」
すると、レオはミリに馬乗りになった。そしてレオは、自身の右足でミリの左腕を抑えると、
「ふんっ!」
ニトロスマイルを振り下ろし一発でミリの左腕を切り落とした。
「痛ってぇえええええっ!」
悶え苦しみはじめたミリから降りたレオは、ニトロスマイルを鞘に収め、何をやっているのだか未だに来ない海馬の元まで行ってしまおうかと思いはじめた。そのとき、
「ねぇアンタ、分かってる?」
ミリは、それまでの叫びはどうしたのか、一転冷静沈着な声で事務的に呟いてきた。
「なにが?」
そのときだった。
「おーい!」
海馬が、すべき事を終わらせたらしく中庭に降りてきた。だが、なんだかとても焦っていた。
「なぁレオ、お前気づいてないのか……?」
自分の元まで走ってやってきた海馬が、肩で息をしながらそう言ってきたが、
「なにがです?」
レオは全く何がなんだか分かっていなかった。
「俺達……包囲されてるぞ」
「……え?」
突然の言葉に、レオはポカンと口を大きく開いた。レオはふと、ミリの方を見た。するとミリは、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。この瞬間、レオはミリに訊きたいことが山ほどできた、が、そんなことをしていると本当に手遅れになりそうだからやめておいた。
「ど、ど、どどどどどどどど、どうします!?」
レオは尋常じゃないほど焦りはじめた。
「焦りすぎだ、まずお前は落ち着け。この中庭に降りてくる前に全体を見たが、ちゃんと全方位囲まれてるぞ。しかもしっかりと戦闘員らしき姿も確認できた。……まぁ、総理大臣を殺したんだからそのくらいのことはあってもいいと覚悟はしていたが……早すぎるよな」
すると、そのとき。
『霧島海馬、レオ・アルバトロス、ただちに降伏しなさい! お前達は包囲されている。ただちに降伏をしない場合には、武力行使もいとわない!』
首相官邸正面側から、スピーカーに乗せられた音声が大音量で降伏を求めてきた。
そして次の瞬間、レオと海馬は暗闇を切り裂くような強力なサーチライトの光によって照らされはじめた。
「どうします? めっちゃ照らされてますけど」
「……参ったな」
「流石にこの量を相手にはできませんよ」
「そりゃあな。俺達も人間だ」
「いや、創造者は人間じゃないでしょ」
「知ってる。それでも人間を名乗らせてくれ」
そんな軽口を叩いている中でも、二人の些細なところから活路を見出す為の思索は止まらなかった。何か現状打破に繋がるきっかけはないか、些細な部分に至るまでひとつも見落とすことなく洞察した。五分ほど経っただろうか。スピーカーから放たれる文言にも飽きが見えはじめ、二人も、今回ばかりは本気で駄目かもしれないと考えはじめたとき――
「なぁレオ……なんでまだそんなに隠してるんだ? 俺はお前の事が人間として好きだ。これはエゴかもしれないが、お前にも俺の事を好きになってもらいたいとこの数ヶ月間思ってきた」
「いきなりなんですか?」
「簡潔に言うと、もう俺達に隠し事は無しだろってこと」
レオは何がなんだかさっぱり分からないみたいな無味乾燥な表情をした。
「隠し事……? こんな時に隠し事がどうとかやめてください」
「お前、瞬間移動できる技持ってるだろ」
その言葉に、レオは無表情を貫いた。無表情を貫く努力をできるだけした。だけど、そんなこと言われちゃもう駄目だと思って、レオは思わずぷぷっと笑いを溢した。
「はぁ、そういうことですか。そのことどうせ甘臨から訊いたんでしょ」
「いいや、穂乃果のパパから」
「そっちですか。実質同じですね。……はい、俺は瞬間移動できる技を持ってます。でも、使いたくないんです」
「何故だ?」
「理由はここを切り抜けたら教えます。まぁ、言わなくてわかりますよ、きっと」
そう呟いたレオは、ニトロスマイルを鞘から取り出すと、ニトロスマイルを見つめはじめた。
「ねぇ海馬さん。もし俺が一ヶ月くらい気を失ったとしても、乗り切れますか?」
「なんだ、それ」
「まぁその時はその時だと思うんで、何かあっても任せますね。廉斗もちょっとは前より使い物になってるはずですよ。前よりね」
そう言ったレオは、ニトロスマイルの腹を自身のおでこに当てると、まるで赤子に囁くかのような優しい口調で呟いた。
「なぁ、ニトちゃん……俺の何が欲しい?」
すると、ニトロスマイルはレオにこう語り掛けた。
《一週間分の生命力》
「……分かった」
〝契約〟が成立すると、ニトロスマイルはレオの手から離れ宙に浮き始めた。
次の瞬間、ニトロスマイルは、レオ達の目の前の空間の時空をこじ開けた。目の前の空間に時空の裂け目が現れた。時空の裂け目は真っ暗闇で、少し冷たかった。普通であれば躊躇してしまいそうなほど深淵深き時空の裂け目だったが、レオと海馬は、互いにその深淵に飛び込む勇気を持った。
そうして二人は、深淵に飛び込んだ。




