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姫君の鎮圧 ――かつて楽園と呼ばれた日本と、死神と呼ばれている男――  作者: 柊蓮
CHAPTER:チャプター〝4〟――
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人類の戦犯⑦

 廃棄されたコンビナートにて皇祭に会い、作戦の概要を受け取ってから一週間後の、二十一時頃。レオと海馬は、二人とも五神人以来の大規模な戦闘をする覚悟を持って、東京・フェーズワンの首相官邸近くまで来ていた。


 皇祭に会った際、レオと海馬は皇祭から心の境界線を越えたアンドロイド見分けるための装置を手渡された。それは〝メガネ〟だった。一見ただのメガネにしか見えない代物だったが、確かに、心の境界線を越えたアンドロイドと普通の人間とを見分けることができた。


 レオ達がその能力を実際に体験したのは、グラン・タワービルに帰って何気なくそのメガネを掛けた時だった。本当にその時は何気なくかけたそのメガネは、廊下を歩いていた名前も知らないようなスタッフを心の境界線を越えたアンドロイドだと判別した。レオ達はその時、グラン・タワービル内に驚くほど多く心の境界線を越えたアンドロイドがいることを知った。


 メガネは、目の前の存在を透視する。普通の人間であれば、レントゲンのように骨が見え、心の境界線を越えたアンドロイドであれば、精密な機械の構造が見える。

 海馬はそのことを皇祭から聞いた際、ふとした疑問を投げかけた。『穂乃果をこのメガネで見たらどうなる?』すると、皇祭はこう言った。『穂乃果は人間化しすぎていて、このメガネでは見分けることはできない。なんせ、穂乃果の身体は普通の人間のものと同じになってしまっていて、このメガネじゃただの人間として映る。このことからも、穂乃果ほど人間化した心の境界線を越えたアンドロイドは、元アンドロイドの人間と呼んだ方がいいだろうね』と。


 レオと海馬は目の前の、首相官邸を護るフェンスに足止めを食らっていた。


「準備はいいか?」


 海馬の言葉に、レオは今一度作戦を思い返した。


 作戦はこのようなものだった。まず、首相官邸裏側の日本庭園にフェンスを越えて侵入する。その際、フェンスの人感センサーは甘臨が十秒間だけ切ってくれる。日本庭園に侵入できたら、首相官邸の裏口を目指し、裏口から首相官邸に入り、あらかじめ決めておいた最短ルートで執務室を目指す。その際も、最短ルート上の監視カメラは甘臨がハッキングし、甘臨しか観られないように設定し警備の妨害をする。……つまり、甘臨頼りの作戦というわけだ。


「はい、準備いいですよ」


「よし、じゃあいくぞ」


 海馬は通話を繋いでいた甘臨に「よろしく」と言うと、通話越しに甘臨は「よーいスタート!」と言った。その掛け声と共に海馬とレオは勢いよくフェンスを各々のやり方で越え始めた。

 五メートルほどあるフェンスを、海馬は全身を水に変形させてするっと通り、レオはニトロスマイルを足下にブンッと勢いよく振りその衝撃でいとも容易くフェンスを乗り越えた。


 そうして二人は首相官邸の敷地内――首相官邸裏側の日本庭園に辿り着いた。


 日本庭園は想像以上に広かった。視線の遠くには首相官邸の建物が見えているのだが、そこに辿り着くまでが純粋に距離が遠かった。レオ達は活き活きと生い茂る草木に身を潜めながら、ゆっくりとだが着実に奥へ奥へと歩み進みはじめた。野鳥のさえずりが聴こえ、川のせせらぎが聴こえ、所々にまばらに存在する灯籠(とうろう)のぼんやりとした灯りは、酷く緊張をしているはずなのにどこか安寧を与えてくれる。


 どうやらこの日本庭園には今は人がいないようだった。そのことを気配の無さから察すると、二人は少しだけ足早に歩みを進めた。石橋を渡って川を越え、建物を目と鼻の先に捉えるほどに近づくと、二人はいかにも裏口という感じの扉を見つけた。その扉のドアノブを海馬が握り、ゆっくりとノブを回して扉を開けた。扉を開けた先の部屋の中が外と同じように暗くてあまり情報が得られないことが若干怖かったが、二人は首相官邸の中へと恐る恐る入って行った。


 首相官邸の正面部分は全面ガラス張りになっている。その正面部分を通ると外からでも人の存在が分かってしまう。そして勿論当たり前に、外から見える部分というのは人の往来が多く、絶対にそこはなんとしても避けたい。そこで二人は、建物の裏側部分、近代的な造りをしている正面側とは反対に、和風な、まるで田舎の旅館のようなデザインをしている部分を通って執務室へと向かおうとしている。


 甘臨の調査によれば、その旅館のようなデザインをしている裏手側は人の往来が少なく、監視カメラの数も正面側と比べれば少ないそうだ。


 レオ達二人はそんな和風な建物の中を奥へ奥へと進んでいくと、この建物の内装も外装と同様に旅館と同じだということに気がついた。つまり、ここは本当に旅館だった。総理大臣の執務室があるのは五階、今居るのは一階であったから、当初の計画通り二人は連絡階段に向かった。

 連絡階段までは何事もなく順調に辿り着いた。順調すぎて怖いくらいだとレオは思ったが、これも甘臨のおかげだなと思った。連絡階段を三階まで上がった、その時だった。


「待て」


 海馬の小声の言葉に、後ろを着いていたレオは一度立ち止まった。


 すると、上階から人の話し声が聞こえてきた。響き方から察するに、どうやら五階からこの連絡階段をゆっくりと下りてきているらしい。二人は早急な行動が求められた。海馬はレオの後ろまでゆっくりと階段を下りながら、一度階段を一番下まで下りることを提案した。だがレオはそれにすぐさま首を振った。


「じゃあどうする?」


「下りてくるのは恐らく二人、しかも心の境界線を越えたアンドロイドです。殺していいでしょう。でも万が一のことがあるので、海馬さんが水に変身してメガネで見てください」


時間がなかった。そしてできるだけこの場所に長居したくもなかった。ここで退くという選択肢はなかった。


「よし分かった。じゃあお前はちょっと下りて隠れてろ」


 そう言うと、二人は即席で練った作戦を実行に移し始めた。


 レオが階段をゆっくりと下りると、海馬は身体を水に変形させ、意識を保てるギリギリのサイズの水量の自分を、天井に飛ばした。限りなく透明に近い水ということと、できる限り小さく変形したということもあり、よく見なければ分からないくらいの水の塊が天井にひっ付いた。


 そうしている間にも、上階から人が二人下りてきた。その二人が階段の踊り場をターンし、海馬の真下を通過し、下階への階段を下りようかというとき、海馬は身体を顔と両手だけ実体化させてメガネをかけて二人を見た。結果は、二人とも内側に精密な機械の構造が見えた。


 ドンッ!


 海馬が勢いよく天井から地面へ下りた。すると下の階からも俊敏な物音が聞こえてきた。


 海馬は手のひらから水の槍を創り出した。そして下階から勢いよく駆け上がってきたレオも、ニトロスマイルの剣先を相手の方へ向けた。そして二人は、即席の作戦なのにもかかわらず息ピッタリに、自分の正面の人間を即死させた。


 海馬は水の槍を相手の頭部に貫通させ、レオはニトロスマイルで相手の首を切り落とした。


 大量の血飛沫が床や壁を紅く染め上げた。二人の人間の死体はそのまま階段を滑り落ち、ひとつ下の踊り場に終着した。レオと海馬は互いに顔を見合わせると、互いに小さくコクコクと頷いた。互いの間には言葉などいらなく、まるでこの連絡通路の不気味なほどの静けさに同調するかのような自然な呼吸で、二人は死体の処理をしようかと思ったが。


「そんな時間ないですね」


「ああ……。行こう!」


 どうせ総理大臣を殺すんだ、どうせ全てバレるんだ――とでも言うかのように二人は勢いよく階段を駆け上がりはじめた。五階に辿り着くと、二人は一度冷静になって聞き耳を立てた。生物の気配がたったの三つしかない事に気がつく。そしてその三つの気配が、執務室付近ということを気配で捉えると、二人はもう逃げも隠れもしなくていいことに若干の安堵を抱いた。


 甘臨が調べた情報によると、この時間帯はこの執務室近くの廊下も人気がなくなり、執務室の前に立っている二人の護衛と湯田海舟本人しか存在しなくなるらしい。その情報の通り、今この五階にある人間の気配は、全て執務室付近にあるものだ。二人は、五階の踊り場から少しだけ顔を出し、T字路となっている廊下に一応誰もいないことを目視で確認した。


 二人は廊下に出ると、T字路となっている廊下を真っ直ぐ進んだ。すると次は十字路が現れた。そこを左に曲がると、廊下の突き当たりを一度右に曲がり、そして迷路のように何回も分かれ道を曲がっていくと、最後の十字路が現れた。そしてそこを左に曲がると、二人の人間が廊下の先に現れた。


 相手は両方男で、一人は屈強。もう一人は屈強ではないが戦闘は得意そうな立ち振る舞いをしていることが一目で分かる。海馬はすぐさまメガネを掛け、廊下の奥、執務室の扉の前に立っている二人の人間を見た。情報通り、二人は心の境界線を越えたアンドロイドだった。

 ここに辿り着くまでの間で、二人の対処はレオが行うと決めていた。そのためレオは、


月血衝撃(エネルギー・インパクト)ッ!」


 二人が見えた瞬間、ニトロスマイルを構え、抜刀のポーズをし、白い高エネルギー弾を前方へと繰り出した。


 すると地震のように空間が揺れはじめ、レオ達の右手側にある全面ガラス張りの壁は全て衝撃に負けて割れていった。長いと言ってもそんなに長い廊下ではなかったため、刹那に相手へ白い高エネルギー弾は届くと思われた。だが、相手の内の一人、屈強な見た目をしている男が刹那的に攻撃に反応し、高エネルギー弾を右腕で受け止めた。


 男が右腕で高エネルギー弾を受け止めている間、高エネルギー弾はまるで鉄板に乗っている氷のようにキュルキュルと音を立て続け空間を揺らし続けていた。その高エネルギー弾を放ったレオや海馬も、その高エネルギー弾の風圧や衝撃に立っていられなくなった。そして高エネルギー弾と男の右腕が衝突した二秒後、護衛の二人は、ガラスが全て割れ落ちて外と繋がっていた元は全面ガラス張りだった窓から中庭へと飛んで行った。


「……建物消すつもりかよ」


「すみません……もっと弱くやるべきでした」


「まぁいい、そっちは頼んだぞ」


「はい!」


 レオは中庭に飛んで行った二人を追いかけて中庭に下りて行った。それを海馬は目の端で捉えると、一度深呼吸してから、ゆっくりと優雅に執務室に入って行った。


執務室に入ると、湯田はもう何か諦めたのか、それとも何か作戦があるのか分からないが、ゆったりと、なにひとつ焦ることなく海馬の入室を見届けた。

 海馬はメガネを通して湯田を見た。そこには精密な機械の構造が見えた。


 ――やっぱり、そうだったんだな。コイツが〈エレジウム〉を心の境界線を越えたアンドロイドに対する対処部門の唯一の組織にしたことも、今なら全て符合する。


「直接報告に来なきゃいけないくらい重要な仕事を、君に任せた憶えはない」


「……いやぁ、別に仕事の報告に来たんじゃないですよ」


「じゃあ、こんな時間になんの為にここへ来たというのかね? 君のようなゴミ虫が」


「俺はお前を殺しに、ここへ来た」

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