人類の戦犯⑥
その日の夜、レオは甘臨に呼ばれて管制室にいた。
いつもと変わらず埃っぽく、煌々と輝くディスプレイの光が目に突き刺さってくる管制室にレオは入ると、管制室には甘臨ただ一人だけがいた。空気の悪さに咳き込んでいるレオを横目に、甘臨は話し始めた。
「急に呼んで悪い。君にどうしても知っておいてほしいことがあるんだ。……ところで、どうだった? 本物の焔皇祭は格好良かっただろ」
カップ麺をズルズルっと啜りながら言った甘臨の言葉に、レオはあまりピンときていないような表情を浮かべた。
「別に……普通のおじさんって感じだったけど」
「そう……。皆そう言うんだよね~。あんなに格好良い科学者なんて滅多にいないのに。……ま、そのことはどうでもいいけど、君に知っておいてほしいことがあるんだ。それがこれ」
甘臨は、自分の目の前のディスプレイをコンコンと叩きながらそれを示した。
それは、ただの数字の羅列だった。まるでプログラミングの画面のようなその数字の羅列を、レオは前にも見たことがあった。
「お前の能力か」
「そう、ボクの能力。前、華征ちゃんをここに連れてきた時に、君が奴隷の子供だとボクは言って、君は凄く怒った。そのことについては今でもちゃんと悪いと思ってる。だからその……お詫びと言っちゃなんだけど、君に〈エレジウム〉のメンバーの情報を教えようと思うんだ。……その顔、あんま乗り気じゃないなぁ~? だろうね、君は誇り高き近衛騎士様だからね。他人のプライバシーをズカズカと勝手に踏み込むような無礼者じゃないだろう。……でも、君が耳を塞いだとしてもボクは喋り続けるから。つまり、これはボクの一方的なお詫びの押しつけってわけだ。それじゃ、言うよ」
レオは内心あまり乗り気じゃなかった。それは甘臨にも見抜かれていた。だがレオは、本人に無断で個人情報を知ってしまうその罪悪感と、科学者である甘臨の無駄な事はしないだろうという合理性の狭間で揺らいでいた。
レオは自分を見つめてくる甘臨を見つめ返しながら、思案した。答えは出た。
――いいや……聞いておくべきか。
「改めて説明するけど、日本政府は国民の個人情報データベースを持っている。ただ、政府側の人間と言っても確認できるのは、年齢・性別・名前・顔などの基本的な情報だけ。でも、ボクは電子虫の覚醒者だから、その情報データベースが本当は捉えていて、でも普段はただの数字の羅列で見えないようになっているその人の全ての情報までも知ることができる。それを、君に教える。いいや……知っておいてほしい。必要なところだけだから、せっかく教えるんだから、聞いてね」
甘臨はカップ麺を食べ終えると、ただの数字の羅列で埋められている画面をスクロールし始めた。甘臨は、作業のように淡々と読み上げ始めた。
「霧島海馬――三十八歳。百八十二センチ。七十五キロ。黒髪のオールバック。水の覚醒者。子供の頃から創造者としてその能力を発現させた霧島は、幼少期、貧しかったこともあり八歳から見世物小屋で働いていた。そして十六歳になり、そんな霧島を買い、見世物小屋から助け出したのが藍沢那奈。久慈春次――四十歳。百八十一センチ。七十キロ。黒髪の短髪。元UNION社のエリート科学者であり、焔穂乃果や涼宮甘臨とはその頃から面識がある。UNION社の社長として責任を取る形で辞めさせられ、自身の過ちを取り返すべく研究に没頭するため、そして当時日本政府に命を狙われはじめてもいた焔皇祭に代わり、彼の娘である穂乃果を引き取った。焔穂乃果――二十二歳。百六十五センチ。五十八キロ。赤髪のロングヘア。2035年、七歳の時に父親と離れ離れとなり久慈春次に引き取られるが、父親に棄てられたと思い居てもたってもいられなくなり、父親から離れる際プレゼントされたゼンネというアンドロイドを連れて、そのアンドロイドと二人で父親を捜すことを決める。そして二人暮らしを始めたが、生活が困窮し、金に困り高級娼婦になる。白刃取ユキ――二十六歳。百七十六センチ。六十二キロ。黒髪の腰まであるポニーテール。身体能力の高さを買われてUNION社の科学武器・兵器部門のテスターをやっていた。その頃にはまだ焔穂乃果とは接点はなかった。物心ついた時には父親はいなく、母親が女手一つで育ててくれたが、母親の『男の子が欲しかった』という言葉と、実際に男の子のような育て方をされた為、母親が嫌いになった。加賀美廉斗――二十歳。百七十八センチ。六十八キロ。黒髪の短髪。霧島海馬に救われたことにより霧島を慕い〈エレジウム〉に入ったが、自分が全く役に立っていないことに悩んでいる。思春期真っ只中に人類とアンドロイドの戦争が起こり、その戦場の様子をライブ配信することによって金を稼いでいた。現在では戦場の様子をライブ配信することはなくなったが、現在でも有名なライブ配信者である。いつかは自分が戦っているところを配信に収めたいとも思っている」
全て語り終えたのか、甘臨は満足気なニンマリ顔をレオの方へ向けた。
レオは、一語一句に心臓が痛むほど衝撃を受けた。海馬がかつて見世物小屋で働いていて、藍沢那奈に買われたこと。穂乃果が、高級娼婦であること。廉斗が、ライブ配信で有名であること……。今日皇祭から直接聞いた話もあったが、大部分が初耳の衝撃的な内容だった。
「本っ当に、凄いな……。本当になんでも分かるんだな」
レオはそう呟きながら、自分の過去を思い返した。
――俺だけが知っているはずの過去のあれこれも、コイツは全て知ってるんだろうな。
「どう? 知っておいてよかったでしょ?」
甘臨は、ちびっ子のようなドヤ顔をしながら言った。
「……さぁな。知らない方がいいことなんて沢山あるよ。でもまぁ、確実に知っておいて良かったこともひとつある」
「なに?」
「廉斗が実は、戦うのに向いているかもってこと。自分が戦っているところを配信に収めたいと思っているなら、それをモチベーションに成長してくれないかぁって。実は俺、廉斗の師匠やってんだ」
「ふぅん。なんでもいいけど、役立つようだったらなんでもいいや」
甘臨は座っている椅子をクルクルと回転させながら興味なさげに呟いた。
「なぁ、〈エレジウム〉の人たちのことは分かったからさ、五神人について教えてくれないか?」
「ごかんじん~? 興味ないなぁ……」
レオは、甘臨の両肩を両手で鷲掴みにした。
「し、……仕方ないなぁ。今見てあげるから、それでボクが君の情報を勝手に覗いたことチャラにしてくれよぉ」
「いいぜ」
甘臨は、別の数字の羅列を開いた。
「特になにを知りたいの?」
「特筆すべき過去があれば、教えてくれ」
「過去、ねぇ……」
そんなもの知ってどうするんだと甘臨は思いながらも画面をスクロールしていき、一通り五神人と総帥の情報に目を通すと、ニヤッとした。
「結構面白い情報が載ってるよ。ねぇ君は〈ReGion〉の総帥については知りたかったりしない?」
「する」
「総帥のペスス陸ってさぁ、元々は日本政府が育成していたアンドロイドなんだって。参謀役として育てられていたんだけど、心の境界線を越えてしまった為に廃棄処分の命令が下ったんだと。でも、廃棄寸前、廃棄工場まで辿り着いちゃったところで、…………ええと、誰だこれ。………………なるほどねぇ」
甘臨は何を目にしたのか分からないが、一瞬レオの方を見たあと一旦深呼吸をして、言った。
「須暮利世奈っていう奴と、フェデリックっていう奴が、その廃棄工場を襲撃してペスス陸を助けたんだって。こんなギリギリで助かって凄いねぇ。こんな漫画みたいな話があんだな」
甘臨は軽く感心をすると、少し沈黙をおいてから、レオの方から視線を避け、ディスプレイを見つめながら言った。
「知らない方がいいことなんて沢山ある――君はさっきそう言ったけど、こういうのを見ちゃうとなんだか分かる気がするなー」
甘臨は、意味深に呟いた。レオはそんな甘臨の姿に若干訝しんだが、それこそ『知らない方がいいことなんて沢山ある』と思って、特に何かを訊くようなことはなかった。
その後も甘臨は個人情報をズカズカと踏み荒らしていくと、見つけた。
「ペスス陸と同様に、五神人にもそれぞれ造られた目的っていうのがあるんだ。君が殺したエスパニードは〝汎用型アンドロイド〟。アルバートは〝知能型アンドロイド〟。遊佐は〝男向けの性処理アンドロイド〟。セレニアは〝家庭教育用アンドロイド〟。ライナーは〝軍人アンドロイド〟。……ま、こんなこと知ったところでだけどね」
「ありがとう……」
「え?」
「教えてくれてありがとう。これを知っているのは戦う上で有利になる」
甘臨はその言葉の真意を掴み切れなく、困惑の表情を浮かべた。だがレオは確信めいた手応えがちゃんとそこにあるのか、キリッとした目つきで、数日後に来たる〝湯田海舟襲撃の日〟を見据えていた。




