人類の戦犯⑤
廃棄されたコンビナートの一角、廃棄された工場の典型的な匂いがする入り口に車が到着すると、全員は車から降りる前から、そこに人が一人立っていることに気がついていた。
その人間が名乗らずとも、それが焔皇祭であることは自明だった。何故ならば、車を停めた途端、真っ先に春次が車から降りて一目散にその人間の元へ行ったからだった。そんな春次に続くように他のメンバーも降りると、そうして全員が焔皇祭と対峙した。
高身長、白髪、キチッとした綺麗な佇まい。一目みたいだけでもそのエリートぶりやかつて大企業の社長だったその器を察することができた。だが、そういう詳しいバックグラウンドを知らなければ、ただの身奇麗なそこら辺によくいる壮年の男性だった。
〈エレジウム〉のメンバーの全員は、目の前にして初めて、皇祭が花束を持っていることに気がついた。そのとき、ふと皇祭と穂乃果は少し目が合った。だが、両者ともすぐさま視線を外してしまった。当事者達以上に周りの人間が緊張を抱く中、だが皇祭は穂乃果には触れずにひとまず邂逅を拓いた。
「やぁ、久しぶりだね春次。顔ぶれを見る限り本当に〈エレジウム〉全員で来てくれたんだね。感謝する」
そう言うと、皇祭は春次にではなくリーダーである海馬に握手を求めた。海馬はそれにがっちりと握り返して応えると、皇祭は、
「全員で来てくれたと私は今言ったが、厳密には全員ではないよね。海馬さん、この花束は、奥様への弔いの気持ちを私なりに表したものです。どうかお受け取りください」
皇祭は花束を差し出した。海馬はそれを受け取ると、軽くお辞儀をしながら「感謝する」と言った。
「では入って下さい。あまり私達には時間がない。私が春次を通してあなた達を呼んだのは他でもなく日本の為です。それだけ言えば、一秒たりとも時間を無駄にできないことは分かるでしょう」
海馬が車に花束を置きに行った後、皇祭は〈エレジウム〉を自身の隠れ家兼研究所に案内し始めた。
廃棄されたコンビナートという通り、建物全体は酷く錆びついていて、その光景はまるで埼玉県・フェーズワンの戦争の痕跡が痛々しく残る地域のような退廃感があった。今にも崩れ落ちそうな天井、割られまくって枠しか残っていない窓、人の手が介在しないことにより活き活きとしている植物たち。ここはまるで滅亡後の地球のような雰囲気だ。
工場の入り口に居た時ですら全員は思ったが、廃棄されたコンビナートを奥へ進めば進むほどよりその静けさというのは輪郭を濃くする。だから、今コンビナート内に響き渡っているのは皇祭と海馬の若干探り合いのような会話だけだった。
「花束をいただけたのは凄く嬉しいのだが、加奈が死んだことを知っているのはごく僅かの限られた身近な人間だけで、果たしてどうやってそのことを知ったのか……教えてもらっていいか?」
「なに、シンプルな話です。管制室のリーダーさんから訊いたんですよ。なんせ同じ科学者として後輩なのでね」
「なるほど」
「甘臨にはよく色々なことを教えてもらいますよ。霧島さんもよく思うことでしょうが、甘臨はわがままで傲慢で自分勝手で子供っぽくて……正直、人間として褒められる部分は少ない。ですがね、科学者としての能力はピカイチなんですよ。だから何か彼女に困難が訪れたら、どうか甘臨を救ってやってください」
海馬と皇祭の会話以外は本当にしん、としているコンビナートを練り歩くこと二十分。皇祭はとある場所で足を止めた。どこで足を止めたかというと、なんら変哲もない壁の前だった。
皇祭の目の前には、ただの何ら変哲もない壁だけが存在していた。
すると、皇祭はその場で「開けてくれて」と呟いた。そして次の瞬間、皇祭は壁の中を進み始めた。そしてそれに続くように、海馬と春次も無言で壁の中に入った。
廉斗とユキと穂乃果の三人は、驚愕の表情をしているレオを見つめた。三人は内心――だろうな。と呟くと、廉斗が今の出来事について説明をした。
「これはホログラムっていう技術っす。一見壁に見えても、実際は壁じゃない。でも、普通のホログラムはただ視覚的に騙しているだけなんで不意にホログラムだと気づかれる事があるんすよね。だから焔さんは、実際の壁とホログラムを切り替えてるんじゃないすか」
そう言うと、廉斗は壁に入ることを躊躇しているような表情を浮かべていたレオの手を引っ張って、無理矢理中へと入った。ユキと穂乃果もそれに続くように入って行った。
そうして〈エレジウム〉のメンバーは、焔皇祭の隠れ家兼研究所に辿り着いた。
「うわっ……凄い」
隠れ家兼研究所を目の前にして、レオは、子供のような純粋な驚きを見せた。
隠れ家兼研究所は、まるで温室のような雰囲気をしていた。大きなドーム型の構造をしており、至る所から植物が無数に生え伸びている。温室とも、森の妖精さんの住処とも言えるような雰囲気。部屋の正面奥には、横長で若干湾曲している大きなディスプレイが存在しており、そこには様々な情報が載っており、リアルタイムで更新され続けているようだ。見上げた先の天井には、太陽をモチーフとしているような、暖色系の大きく丸いライトが一つ存在感を放っていた。そのライトからは、まるで本物の太陽を浴びているみたいな温かさを感じることができた。
この部屋には一目見ただけでも十人ほど研究員らしき人間がいたが、皆が皆自分の仕事に忙しそうにしていた。
「全員来ましたね、それでは閉じて」
皇祭は全員入ってきたことを確認すると、部屋の奥、横長で若干湾曲している大きなディスプレイの前にいた研究員らしき男に声をかけた。研究員らしき男が手元の操作盤を操作すると、背後でよく耳を澄まさないと聞こえないくらいの音量で、プシュー、と壁から音が鳴った。それが施錠された合図だった。
「ようこそ皆さん。ここが私の隠れ家兼研究所です。さっそくですが、〈エレジウム〉の皆さんにお願いがあります。……総理大臣である湯田海舟を、殺していただけませんか?」
全員が驚いた。皆が皆、自分の耳が捉えた言葉に疑いをかけた。だが、確かめれば確かめるほどそうとしか聞こえない言葉に、全員は皇祭の顔をまじまじと見つめた。
「どういうことだ? 説明してもらえるか?」
海馬が訊くと、皇祭は軽く頷いて、呼吸を整えてから、語り始めた。
「この日本は、かつて楽園と呼ばれていた。そのことは若者であってもおじいちゃんおばあちゃんであっても誰でも知っている常識です。何故この日本がそう呼ばれるようになったのか、それは、私がこの日本にアンドロイドをもたらしたからでした。かつてUNION社という企業の社長として、私はこの日本にアンドロイドを広く普及させました。ここまでは、小学校の教科書でも習う部分ですね。でも、教科書における私の表現のされ方というのは十五年前を境に大きく変わってしまいました。かつて、この日本が本当に楽園だった頃は、人は私のことを世界一の天才科学者と呼びました。でも今はどうだろう? ……知り合いに聞かされたところ、今は人類の戦犯と呼ばれているらしい。人類の戦犯……確かに、私のしでかしたことを考えると、そんな言葉でも足りないくらいでしょうか。私が今人類の戦犯と呼ばれている理由は単純です。それは、心の境界線を越えたアンドロイドという想定外の未知の生物を生んでしまったことでしょう。私はアンドロイドを日本にもたらす前、様々なリスクについて熟慮しました。熟慮した結果、リスクと呼べるようなものはたった一つに集約されることが分かりました。それは、アンドロイドに心があるのか無いのかという、ただそれ一点のみです。私は、心とは何かについて、悩みました。アンドロイドを創る過程で、人間とアンドロイドには大した差など無いということを私は知りました。自然由来か、人工由来か、人間とアンドロイドとの差など、そんなものだと。でも、人間には心がある。少なくとも、心と呼べる何かが必ず存在する。そして私が導き出した〝心〟とは……〝意志〟でした。意志がそこにあるのか無いのか、それが心があるのか無いのかの違いだと思いました。ならばと私は思いました。アンドロイドには、意志など無い。プログラムの檻の中で最大限の自由を体現するだけの存在なのだから、アンドロイドが人間に反逆したり危害を加えるようなことはない、と。まぁ、結果的にはそう結論づけたのは大間違いだったわけですが……」
「つまり、どういうことだ?」
長々と繰り出された言葉に海馬が短く返すと、
「つまり、私はアンドロイドが心を持つなどという事象を想定できなかったその過ちを晴らす為に、心の境界線を越えたアンドロイドである湯田海舟を殺す、ということです」
その場に居た春次以外のメンバーが『『『『『はぁ?』』』』』と内心呟いた。
内心そう呟いた五人は、頭が言葉を言葉として認識するのに、時間がかかった。
「総理大臣が心の境界線を越えたアンドロイド? ……それは本当なのか?」
海馬があり得ないものでも見たかのような驚愕の表情を浮かべながらそう訊くと、皇祭はうんうんと頷きながらまた語り始めた。
「日本で一番心の境界線を越えたアンドロイドと対峙してきたあなた達ならこんな悩みを持ったことはあるでしょう。普通の人間と、心の境界線を越えたアンドロイドとの見分けがつかない、と。ちょうど十五年前、穂乃果が七歳の時、私はそこにいる春次にこう言ったことを昨日のよう憶えています。『私はとんでもないことをしでかしてしまった、アンドロイドが心を持つ事例が確認された。心を持ったアンドロイドの持つ波長は特殊で、それはまだ心を持っていないアンドロイドにまで心を与えるようなそんな共鳴性がある。だから心を持ったアンドロイドが増えるのは時間の問題だ』。……そこで、私はこのままでは未来に来るだろう〝人類とアンドロイドの戦争〟という最悪のシナリオに備え、とある研究をし始めました。それは、普通のアンドロイドと心の境界線を越えたアンドロイドとを見分ける為の装置の研究です。そしてそれが、つい数カ月前にやっと完成しました。だから私は、春次を通してあなた達に連絡を差し上げた」
すると皇祭は、軽く咳払いをし、キリッとした力強い目つきで言った。
「穂乃果が心の境界線を越えたアンドロイドに対する対処部門に属する組織にいることも何かのご縁でしょう。〈エレジウム〉の皆さん、私の〝新楽園を創る計画〟に、是非協力していただけませんか!」
そう言うと、皇祭は深々と頭を下げた。
するとその場に一瞬、深い沈黙が訪れた。
「新楽園ってなんだ?」
空間が沈殿するような深い沈黙を海馬が破ると、皇祭は硬い表情で言った。
「その言葉通り、この日本に、かつての日本のような〝楽園〟を新たに築くという計画です。そのためには、現日本政府に蔓延る心の境界線を越えたアンドロイドを全て排除しなければならない。まずはその第一歩として、総理大臣である湯田海舟を消したい」
海馬はその言葉に若干不満気だった。歯切れの悪い表情を浮かべながらポリポリと髪を掻きなが考える海馬だったが、一応結論は出たようだった。
「あぁ、協力す――」
「絶対に嫌」
海馬を、言葉だけではなく物理的にも穂乃果が遮った。
言葉を遮りながら海馬と皇祭の間に出た穂乃果は、懐に忍ばせていた電子銃を取り出して、その銃口を皇祭に向けた。すると皇祭はゆっくりと目を瞑り、両手を頭ほどの高さまで上げて白旗を揚げた。
「穂乃果……ごめん。穂乃果の言いたい事は手に取るように分かってる。今すぐにでも殺したい気持ちがあることも分かってる。……ごめん。本当にごめん。ごめんとしか言えない父親で、本当にごめん……」
皇祭は淡々と、だが確実に情を含んだ声でそう吐き出すと、穂乃果は躊躇なく電子銃の設定を〝最強〟にした。
「あはは、〝最強〟かぁ……。流石にそれを撃てば、人は死ぬぞ」
「黙れ」
穂乃果は、手が震えていた。今までの人生の中で、幾度となく引いてきた引き金がこれほどまでに重く感じられたことはない。
「私の計画に……協力してくれる気はないか……?」
「あるわけないでしょ! 実の娘を棄てておいて、何が新楽園よ。あんたに未来なんてないよ。私がここで殺すから!」
時折言葉に涙を含ませながら言った穂乃果は、今にも倒れ込んでしまうのではないかというくらい身体が震えていた。
「穂乃果……最後にこれだけ言わせてくれ……」
「なによ!」
「あのな、実はな、穂乃果は……心の境界線を越えたアンドロイドなんだ」
「……………………へっ?」
不意に突かれた言葉に、穂乃果はピークに達していた緊張が一気に弾けたからか、意識を失ってその場に倒れ込んでしまった。
ユキは、穂乃果が床に頭を打つ前に穂乃果を抱き締めて捕まえた。跪きながら穂乃果を抱き締めたユキは、不意にメンバーの顔を一人づつ見た。廉斗は、目を大きく見開いて頭を抱えていた。春次は、聞かされていなかったのか動揺が隠せない表情をしていた。レオは、事態の重さを察してかただ虚空を無表情で眺めていた。海馬は、大きく息を吸った後、しゃがみこんで、頭を搔きむしりながら「マジかよ……」と呟いていた。
穂乃果の手から零れ落ちた電子銃を拾い上げた皇祭は、電子銃の設定を〝最弱〟に設定し、自身の服の懐に入れた。
皇祭は狼狽えている〈エレジウム〉を見て、『そんなに驚くことか?』とでも言いたげな冷たい表情をしながら、淡々と言った。
「申し訳ないが、現実なんだ。穂乃果は心の境界線を越えたアンドロイドで間違いない。私だって最初は信じたくなかったよ。だって、穂乃果が初めての心の境界線を越えたアンドロイドだったから。……穂乃果が心の境界線を越えることによって、心を持ったことによって、私はアンドロイドが心を持つという事例を確認してしまった。春次、申し訳ない、君には言うべきだった」
「……穂乃果はアンドロイド……ってことは、元はただの機械生命体?」
「ああそうだが。……でもらしくない。自明なことをわざわざ君が口に出して反芻するなんて」
「すみません……。まだ混乱してて……頭が痛くなってきました……」
春次はここに来てまさか自分が驚かされることになるだなんて思っていなかっただろう。だが、他のメンバーと同じく不意を突かれた春次は、今にも吐きそうな表情をしていた。
「〈エレジウム〉の人間に、今更言うようなことでもないが、でもこれで分かっただろう? 心の境界線を越えたアンドロイドは人間と全く同じで、それを見分けることなんて無理なんだ。でも、まぁ……穂乃果のような完全な人間化は、これまで一度たりとも観測されてないのだが」
海馬も今にも吐きそうだった。穂乃果のことは愛している。まるで本物の家族みたいに過ごしてきた時間はなによりも宝物だ。だが、加奈は心の境界線を越えたアンドロイドに殺された。勿論、穂乃果が心の境界線を越えたアンドロイドでありながらもそうではないということは分かっている。
海馬は、心の境界線を越えたアンドロイドという言葉に引っ張られて、穂乃果に疑いの気持ちを一瞬でも抱いてしまった自分に、嫌気が差しはじめた。穂乃果は心の境界線を越えたアンドロイドじゃない、ただの普通の人間だ。そのことは頭では分かっている。分かっている、のだけれど……どうしても、ショックを受け止めきれなかった。
――心の境界線を越えたアンドロイドというニュアンスを持っているだけで、何故俺はこんなにも穂乃果へ対する気持ちが変わってしまうんだ……。
そんな自分が、海馬はとても嫌だった。
「なぁ……穂乃果が心の境界線を越えたアンドロイドってことを、本人は全く気づいてないようだったが、そんなことあるのか?」
海馬が訊くと、皇祭は穂乃果を部屋の隅のソファーに眠らせるようユキに指示したあと、言った。
「穂乃果は完璧な人間化を果たした。穂乃果ほど完璧な人間化は歴史上観測がない。だから、〈ReGion〉の五神人みたいに心の境界線を越えたアンドロイドでありながらも、アンドロイド特有の戦闘――たとえば腕を展開させたり――をするのは無理だろう。それほどまでに、人間になっている」
穂乃果が起きるまで、〈エレジウム〉は全員休憩をとった。
各々皇祭から出された飲みものを飲みながら穂乃果の目醒めを待っている中、海馬はアイスコーヒーの入ったグラスを持ちながら、部屋の様々なところを見回していた。
すると、突然思い出したかのように海馬は言った。
「重要なところを聞き忘れていた。あんたのその新楽園を創る計画の一環で湯田を殺すことは俺も賛成だが、心の境界線を越えたアンドロイドと言えど殺してどうするんだ? 作戦はあるのか?」
すると、待ってましたと言わんばかりに皇祭はコクコクと小さく頷いた。
「何か新しい未来を創造したいと思った時、そしてその未来があまり現実的ではない時、必要なのは強いきっかけだ。強いきっかけはあまり現実的ではない展望すら強引に現実へと引き寄せる。その強いきっかけというのが、総理大臣である湯田を殺すことである。新楽園を創り上げるというその構想を実現させる為には、心の境界線を越えたアンドロイドをまず一度この世から殲滅させる必要があり、その為にも湯田は、総理大臣とか関係なく死んでほしい」
「あんたの思う〝楽園〟ってなんだ?」
「そうですねぇ…………実現可能な範囲で全ての苦痛を取り除くことでしょうか」
「そうか」
海馬はその言葉に、強い気持ち悪さを覚えた。
――『実現可能な範囲で全ての苦痛を取り除く』だと? そんな世界、生きている意味ないだろ。科学者としては科学で実現できる全ての理想を実現させたいのだろうが、俺は……そんな世界クソつまらないと思うけどな。
皇祭が目指す〝新楽園〟と、海馬の目指す〝理想の世界〟は、似ているようで少し違った。海馬は目を閉じて、今一度自分の理想の世界を反芻すると、やはり皇祭の言葉には賛同できなかった。
「で、湯田を殺す為の作戦は?」
「簡単な話です。夜、首相官邸で仕事をしている湯田を、海馬さんとレオさんが襲撃してください。湯田は〈ReGion〉に属していますから、護衛も同じく〈ReGion〉に属している心の境界線を越えたアンドロイドです。なので、護衛もろとも殺ってしまっていいでしょう。そのくらいのきっかけが、今の日本には必要なんです」
「首相官邸って……政府の施設だぞ。俺達は一応政府に属している組織なんだが」
「それではこの話は無しにしますか?」
「……いいや、やるよ」
覚悟はできていた。湯田を殺したことによる人生の揺らめき、政府の刺客に追いかけられる日常、安定した生活基盤を失う現実。それでも、その全てを受け入れる覚悟を海馬はできていた。それは今さっき急いで作り上げた急拵えのものではなく、昔から何故だかそういう覚悟を海馬は漠然とだが抱いていた。それでも、海馬の表情には何か不安のようなものが浮かんでいたのか、皇祭はその心中をそっと支えるように言った。
「大丈夫、何があっても私が味方です。私達は仲間です。湯田を殺したあと、必要であればここに戻ってきてください。あぁ、あと……それと――」
皇祭は、歯切れ悪く言葉を淀ませた。海馬は、そんな皇祭の姿が言葉を言おうか言わまいか悩んでいるように見えた。皇祭は誤魔化せないほどに言葉を沈黙させると、それでも言うことにしたのか、少し強張った表情をしながら言った。
「作戦中、不測の事態が起きて、どうしようもなくなったら、レオさんの能力をそれとなく引き出してください」
「レオの能力を、それとなく……?」
「ええ。これは甘臨からの報告ですが、彼は代償を払えば瞬間移動ができるらしいので。その代償を払わせるようにそれとなく誘導してください。まぁ、甘臨からの報告なので、どれほど正確なのかは分かりませんが……」
一時間後――。穂乃果が目を醒ました。
穂乃果は目を醒ましてからも、皇祭に敵意を向けてまともに話をしようとはしなかった。
もう用が済んだ海馬達は、車に乗って廃棄されたコンビナートを後にした。




