人類の戦犯④
レオが来日してから約一ヶ月半、加奈が死んでから約一ヶ月が経った七月の下旬。海馬が〈エレジウム〉の仕事に復帰した。
海馬は、自分がいない間現場においてリーダーとなってくれたレオに感謝を告げ、握手を求めた。レオはそのことについて、まるで『当たり前だ』とでも言うかのような表情で、差し出された手をがっちりと握り返した。七月の下旬となると相当外気温も高く、レオは自国では味わえないようなコンクリートジャングルの蒸し暑さに目に見えて表情を崩した。
〈エレジウム〉のメンバーは全員でとある場所に向かっていた。
そのとある場所というのは、焔皇祭の隠れ家であり、研究所とも言える場所だった。
数日前、総理大臣である湯田海舟による緊急放送が行われたその日に春次は、世界一の天才科学者であり、人類の戦犯でもあり、そして尊敬する科学者でもある焔皇祭から電話が掛かってきた。
電話が掛かってきたその当日――
春次は皇祭からの着信にすぐさま出た。そして、声高らかに言ったのだ。
「お久しぶりです、先生!」
すると、向こうも声高らかに言った。
『おお! 春次っ! 元気してたか~? 本っ当に久しぶりだなぁ~! いきなり電話をかけて本当にすまないとは思っているんだが……十年以上前の約束、憶えているか?』
十年以上ぶりに聴く、恩師であり尊敬する先輩であり、ただの同僚でもある皇祭の声に、春次は嬉しくて堪らず自室で子供のように飛び跳ねた。
春次が皇祭と最後に会ったのは、その〝約束〟をした十年以上前の時であり、それ以降はお互いに全く違う人生をここまで歩んできている。共に研究者として活動していた時からすれば考えられないような現在を互いに生きているが、皇祭の人生と比べたら自分の人生なんざ全く波風立たない平穏な人生だと春次は思っている。
「勿論……憶えていますよ、そりゃそうでしょう。……もしかして、先生は今の僕が何をしているか知らなかったりします? 先生のことだからもしかしたらマジで研究の事以外何も知らない、みたいなこと普通にある気がして……」
『知ってるよ! 〈エレジウム〉だろ? 今の日本においてこれほど存在感の大きい組織はそうありはしないから、知っている。ま、一番の理由は穂乃果が居るからだが』
「そんなことだろうと思いました。でも、あまり変わっていなさそうで安心しました」
『ああ、そうだな。お互いに少し老けたくらいか。お互いに声色だけで老けたのが分かるな。……で、早速訊きたいんだが』
「そうですね、まずそれが一番先ですよね。……先生に言われた通り、僕は穂乃果のことを十年以上前ずっと護ってきましたよ。それが先生との約束なんでね」
十年以上前に結んだ皇祭と春次の約束。それは、表舞台から姿を消す皇祭の代わりに、独り身になってしまう穂乃果をずっと春次が見守ることだった。
『私は護れなんて言ったっけなぁ? 私は確か、ただ遠くから見守るだけでいいと言ったはずだが』
「ただ見守るだけなんてできませんよ。生まれた時から穂乃果のこと知ってるんですから。しかも貴方が穂乃果を捨てたのはまだ穂乃果が七歳の時ですよ? やっぱり貴方頭おかしいでしょ」
そう言うと、皇祭は電話の向こう側で言葉にもならない呻き声を出して悶々としているようだった。
『うーん……まぁ、そのことはこっちに来た時に全て話そう。穂乃果本人にも、直接話した方がいいでしょう。ま、穂乃果は私のことなんて大っ嫌いでしょうが』
「当たり前です。で、いつですか?」
『三日後、場所は千葉県内房、東京湾沿いに廃棄されたコンビナートがある。今はそこが私の隠れ家兼研究所だ』
「分かりました。霧島海馬も復帰できる頃合いなので、全員で向かいます」
『あぁ、頼む』
〈エレジウム〉のメンバーは全員で、言われた通り千葉県内房、東京湾沿いの廃棄されたコンビナートに向かっていた――
春次が所有する六人乗りの車で、持ち主である春次が運転していて、指定された場所まではあと十分弱という頃合いだった。
「か、海馬さん……冷房もっと強くできませんか……」
廉斗と共に一番後ろの席に座っていたレオが、溶けた表情で今にも干からびるのではないかと思うほどのガラガラ声で言った。
「一番強くしてるぞ。俺達からすりゃあ風邪引きそうなくらいだぞ」
助手席に座っていた海馬が、軽くレオの方を見ながらそう言うと、レオは「あぁ……そうすか」と言い、気怠そうな表情を浮かべながら座席に溶けた。
「レオ君日本の暑さに慣れてないっすもんね~。本当に大丈夫すか?」
座席で溶けているレオの為に、先ほどからレオに向かってうちわを仰いでいる廉斗がそう言っても、レオはただ「暑いよー、暑いよー、死んじゃうよー」と子供のように嘆くだけだった。
レオの暑さへの嘆きだけが車内に響く中、だがそんなレオの嘆きも耳に入らないような心境の人間が一人いた。海馬はそのことを察し、声をかけた。
「怖いか? お父さんに久しぶりに会うのが」
穂乃果は目の前の座席からそんな言葉が飛んできて、俯いていた表情を少し上げた。
「……怖くは、ない。ただ、心配なの。まだ私のことを愛してくれているか分からないから」
穂乃果が最後に父親である皇祭と会ったのは穂乃果がまだ七歳の時だった。2035年を最後に、穂乃果はお父さんと会っていない。2050年今日に至るまでのこの十五年間、穂乃果はずっとずっと淋しいという感情に支配されて生きている。それが今日再会したことによって癒やされるのか、はたまたより乾きを抱くのかは、穂乃果にも分からない。
「子供はどこまでいっても子供なんだよ。大人になっても、おばさんになっても、おばあちゃんになっても、自分の子供は子供だ。……自分の子供が嫌いな親なんているはずがない。だからあまり心配するな」
海馬の独り言のような言葉に、穂乃果は「うん……」とか細く呟いたが、海馬も穂乃果も、その言葉がどうしても軽っぽく感じられて、なんとも言えない空気感が車内を支配しはじめた。
穂乃果は小さく横に視点を動かすと、隣りに座っているユキは何故だか外をぼんやりと眺めていた。そんな作為的な意図がユキにないことくらい分かっているというのに、穂乃果はユキに対して、身勝手に怒りを覚えた。淋しい――と、穂乃果は心の底から思った。穂乃果はユキの手を握った。握っても、ユキは視点をこちらに向けようとはしない。
すると穂乃果は、シートベルトを外して、少し横に動いてユキの身体に密着した。
それでもユキは、ずっと車窓を眺めているだけだった。
「会うのやだなぁ」
ユキの手をにぎにぎしながら、穂乃果はピントの合わない焦点で耽美にそう呟いた。
「さ、もうすぐ着くよ。降りる準備してー」
春次が軽く呟いた。誰も何も返さなかった。
車内には変な空気感が流れていた。普段の活気がどこにもない、しん、とした空気。それはまるで嵐の前の静けさのようで、口にはしないがらも皆、妙な不安感を抱えていた。
何も大変なことが起こらないといいが――それが、この場にいる全員の心の内だった。




