人類の戦犯③
セレニアは、自分が生まれてから、コウヤと出会い、そして色々あって〈ReGion〉に流れ着いたことを今一度思い出して、大粒の涙を流した。
すると、そんなセレニアの隣りに遊佐が近づいてきた。遊佐は、セレニアと同じようにソファーの脚にもたれかかると、自らの膝を抱きかかえ俯いているセレニアの肩に頭を寄せた。
「勇気を出せ。自信を持って戦ったら、お前が一番強いんだ」
「あぁ? そのガキが俺よりも強ぇって言うのか?」
すると、壁にもたれかかりながら左腕のメンテナンスをしていたライナーが横槍を入れた。
遊佐は、いつも通りの横槍にもう何も返答することはなく、俯いているセレニアの姿を横目でずっと眺めていた。遊佐がセレニアに寄り添う姿はまるでカップル。いいや、姉弟だった。
そのときだった。
アルバートが、とある物を抱えながら軍事作戦室に入ってきた。
アルバートは、俯いているセレニアとそれに頭を寄りかからせている遊佐を目で捉えると、二人の元までその抱きかかえている物を大事そうに扱いながら近づいた。
遊佐は、セレニアに預けていた頭を戻し、流し目で若干妖艶な表情で気怠そうに訊いた。
「それは?」
だが、その質問に対してアルバートは何も答えなかった。彼の目には、セレニアしか映っていなかった。アルバートはセレニアと同じ目線まで腰を下ろすと言った。
「何がそんなに怖いんだ? 誰かを傷つけることか? それとも自分が傷つけられることか?」
「……どっちも」
「……そうか。じゃあ自分にやってあげられることはひとつだ。セレニア、これを装着してみろ」
セレニアは憂鬱を感じながらも、若干の好奇心に乗せられて顔を上げると、そこには何か身体に装着する拡張装備のようなものを大事そうに抱えているアルバートの姿があった。よく見ると、それは完全に人間の腕であり、左腕なことから攻撃に使うパーツだということが分かる。心の境界線を越えていようがいまいが、アンドロイドは左腕が攻撃腕であり、右腕が防御腕である。見た目はほぼほぼ完全に普通の人間の腕と同じで、だが見た感じ重さが違いそうだった。
「それは……なに?」
「これは、セレニアの二つある心配事のうちの一つを解決してくれる新しい装備だ。端的に言えば、身体強化パーツということだ。これを使えば、少なくとも〈エレジウム〉の奴らと戦っても対等に……いや、使い手次第では遙かに凌駕できるポテンシャルがある」
すると、セレニアは用が済んだと言わんばかりに再度俯いて顔を膝と膝の間に埋めた。
「……いらない」
「何故だ?」
「怖いものは怖いもん……」
「これを使えば、少なくとも自分が傷つけられる可能性は現実的に限りなく小さくできるが?」
「わかってるよ、その拡張装備が凄いことくらい……。それを装備すれば確かにボクの生存率は限りなく上がるかもしれない。でも、そしたら逆に相手を傷つける可能性が高くなる。……やっぱ怖い……」
アルバートは軽い溜息を吐きながら、その場に立ち上がった。アルバートは遊佐と目を合わせると、遊佐はまるで『ほら言っただろ』とでも言わんばかりに首を軽く捻った。
「こうなったらもうコイツに何を言っても無駄だぞ」
「あぁ、知ってる。……さて、どうするかな……」
セレニアのことなら何でも知っていると言わんばかりの口調で言った遊佐に、アルバートは同意しながらも困惑を見せた。
「その拡張装備をライナーに付けてもらうっていうのはどうだ?」
「いや、この拡張装備を装着すると俊敏性が著しく落ちる。ただでさえライナーには俊敏性が無いんだ。そんなライナーにこれを付けさせてみろ、漬物石同然だ」
「なるほどね」
すると、そのとき。
「セレニア、コウヤ君のことはまだ好きか?」
いつの間にか部屋に入ってきていたペスス陸が三人の元までやってきた。
コウヤ――その名前が出たことに、セレニアは内心激しく驚き、その場に立ち上がった。
「もちろん、今でもコウヤを愛しています。できることなら今すぐにでも逢いたいです……」
「そうか……ならよかった。あのなセレニア、私達アンドロイドは人間達に虐げられてきた。そんなアンドロイドの中でも我ら〈ReGion〉には人類を滅ぼす、力・知恵・勇気が備わっている。つまり、人類を滅ぼす義務があるということだ。全てのアンドロイドの為、その義務を果たさなければならない。だから端的に言おう――この拡張装備を装着し戦い、なおかつ人類を滅ぼすことができたら、コウヤの居場所を教えよう」
「……どういうこと?」
意味が分からなかった。戦って人類を滅ぼすことと、コウヤの居場所を教えることが何故繋がるのか。セレニアは足りない頭で考えた。だけど頭が熱くなってきて思考がストップした。
「総帥は、コウヤが今どこにいるのか知っているの?」
「あぁ、知っている」
「コウヤは今、無事なの?」
「あぁ、無事だ」
「……その拡張装備を装着して、戦って、人類を滅ぼせば、ボクはまたコウヤと一緒に居られるの?」
「あぁ、居られる」
セレニアは俯いて沈黙した。
――どうし、よう……。総帥が言っていることは本当なのかな? 何で総帥はコウヤの居場所を知ってるの? 知っているんだったら、なんでそれをボクに真っ先に教えてくれなかったの? ……もう分からないよ……何もかも。
でも、セレニアは決めた。
「……分かった、やる。人間いっぱい、殺す」
そう言うと、ペスス陸は満足そうな表情をして頷きながら「うむ」と呟いた。
――本当に、これで良かったのかな……。
口ではそう言ったものの、何故だかこのとき、セレニアは胸に妙なざわめきを感じていた。それはかつて心の境界線を越えた時のような妙なざわめきであり、でも既に自分が心の境界線を越えていることは自明だ。じゃあこれは……? セレニア本人もこの時にはまだ気がついていなかった。が、未来から振り返ったとき、この時が明確な初期微動だと言えた。
セレニアの心は、人間側に揺れ動き始めていた。人間側、もといコウヤに。




