人類の戦犯
純白で塗れた装飾は、ここが地下室だということを知らせない。
――『ここは、心の境界線を越えたアンドロイドが唯一心の底から安心出来る場所だ――』誰かがそんな言葉を言っていたのを聞いたことがある。それに対して僕は、「僕もそう思う」って、小さく呟いたっけ。磨かれ過ぎてまるで鏡面のようになっている純白の壁面を眺めていると、すっと胸の苦しみが落ち、人間から受けた痛みや苦しみから一時的に解放される。
――この地下空間……まるでコロニーみたいなこの地下空間は、沢山のユニット(部屋)を連結させる形で構成されている。なんて言ったって、ここは地下の奥深くだからね。こんな地下百メートルにこんな大きな軍事施設を造る為には、沢山の工夫が必要なのさ。各ユニット自体は大きく違いはなくて、あるとしても大きさくらいだ。でも、その各ユニットの使われ方というのは千差万別。たとえば、とある部屋はいくつものユニットを複合させて造られているからとても広く、『軍事作戦室』として使われている。そしてとある部屋は『調理場』。とある部屋は『風呂場』。とある部屋は『中庭』。とある部屋は『武器倉庫』。とある部屋は…………と、この地下空間は言葉通りなんだってあるのさ。
――僕の部屋はこの地下空間の中でもとても心地が良い場所なんだ。新鮮な花の匂いが部屋中に充満していて、明かりもLEDなんていう偽物じゃなくて、圧縮された太陽光を明かりに使っているから地下に居ながらにしてお日様の温かさを感じられる。僕の部屋は広いからグランドピアノもあるんだ! グランドピアノ、僕大好きなんだ。ずっと弾いてる。
――この広大な地下空間の中でも、僕の部屋には特別な名前が付いているんだ。その名も〝聖母の寝所〟。そして、僕たちの手となり足となってくれているのが、ええと……なんて言ったっけ? ……あ、思い出した。名前は確か……〝五神人!〟。彼らなら今、この聖母の家の一番広い部屋、『軍事作戦室』にいるよ。
軍事作戦室――にて。
白を基調としたまるで研究所のような様相のだだっ広い部屋に、五人の姿があった。
肩まである緑色のロングヘア、丸渕メガネ、クラシックな服装、色白な肌、高身長、理知的、男、といった要素を持つ心の境界線を越えたアンドロイド――アルバート。
腰まであるクリーム色のロングヘア、可愛さと機能性を両立したような服装、少し褐色な肌、高身長、気が強い、衝動的、女、といった要素を持つ心の境界線を越えたアンドロイド――遊佐。
中性的な白い短髪、動きやすい少年らしい服装、色白な肌、低身長、臆病、幼い、男、といった要素を持つ心の境界線を越えたアンドロイド――セレニア。
赤い短髪、軍人的な服装、少し褐色な肌、高身長、気が強い、単細胞、男、といった要素を持つ心の境界線を越えたアンドロイド――ライナー。
白髪交じりの黒い短髪、総帥らしい重厚な服装、少し褐色な肌、中身長、男、といった要素を持つ心の境界線を越えたアンドロイド――ペスス陸。
この軍事作戦室には、〈ReGion〉の五神人と総帥、五人の姿があった。
ここは、〝聖母の家〟と呼ばれている、〈ReGion〉の本拠地である。
地下百メートルの位置に存在し、かつては日本政府が管理していた軍事施設であったが、湯田海舟が総理の座に着くと、湯田は秘密裏にこの軍事施設を〈ReGion〉へと譲渡した。
そうして最強の本拠地を手に入れた〈ReGion〉は、次第に仲間を増やし、その活動にもより力が注がれ、最終的には心の境界線を越えたアンドロイドと人間との戦争という悲劇的な展開を日本は迎えた。
聖母の家は、白を基調としたまるで研究所のような様相の地下施設である。よく見ると白い壁面・天井には様々な意匠が掘られている。まるで何かの宗教施設みたいな地下施設だった。この部屋は〝軍事作戦室〟という名前ではあるものの、一軒家で言うところのリビングのような使われ方をしていた。だから、五神人と総帥であるペスス陸は、大方の時間をここで過ごしていた。
部屋のド真ん中にある巨大な円卓に両脚を乗っけながら、座っている椅子をまるでハンモックみたいに前後に揺らしてリラックスしていた遊佐は、遊撃が死に、エスパニードも殺したレオに恨み節を吐いていた。
そんな遊佐を横目に、壁にもたれかかりながらライナーは自身の左腕のメンテナンスをしていた。
そんな二人など視界に入っていないだろうセレニアは、目の前で加奈が殺され精神が壊れて泣き叫んだ海馬の叫びが頭の中でフラッシュバックしてきて、ずっとソファーの脚にもたれかかり俯きながら泣いていた。
アルバートは、自分が手渡した資料に目を通しているペスス陸をずっと見つめていた。
手渡された資料に目を通し終え、視線を上げたペスス陸に、アルバートは言った。
「総帥、その資料通り、グラン・タワービル襲撃の準備が整いました。命令次第でいつでも作戦開始できます」
「うむ、ご苦労。それでは、作戦開始日時は約一ヶ月後の八月十一日にしよう。熱い夏になるぞ」
「…………はい、分かりました。各部門には自分の方から直接連絡を入れます。なんてったってその日は〝日本政府との和平交渉のテーブルに着く日〟ですから。色々と前もって現場に説明をしておかないと、指示系統がぐちゃぐちゃになりそうです」
「あぁ、そうだな。よろしく頼む」
「お任せください」
アルバートが軽く頭を下げながら律儀にそう言うと、ペスス陸は軍事作戦室から出て行った。
八月十一日――その日は、湯田海舟が日本国民へ向けて行った緊急放送の内容通りに日本政府と〈ReGion〉が和平交渉のテーブルに着く日だった。場所は東京都庁。どちらかと言えば人間様の方が多い、謂わば人間の本拠地とも言える場所での和平交渉の開催。〈ReGion〉側は勿論のこと、都庁と言えど日本政府側の警備も大勢動員されることになるだろう。もしかしたら、人外特区と評されるフェーズワンを護るバケモノ達もくることになるかもしれない……。
総理大臣である湯田海舟が〈ReGion〉と繋がっている以上、和平交渉は既定路線を進み何一つ事は起こらず終わるつもりではあるが、アルバートには少し不安要素があった。それは〈エレジウム〉の存在だった。その中でも、レオ・アルバトロスの存在だけはなんとしてでも消しておきたかった。最低でも、彼らの本拠地であるグラン・タワービルを機能不全に陥らせておきたかった。その為のグラン・タワービル襲撃、なのだが……。
「なんで、総帥は和平交渉と同じ日にグラン・タワービルの襲撃をすることにしたんだ? やはり警備が手薄になる時期を狙ってか? でも〈エレジウム〉は和平交渉のテーブルには着かないし、グラン・タワービルにいるレオ・アルバトロスや霧島海馬やその他の外部組織の人間に返り討ちにされる危険性もあると思うが……。なにより、和平交渉と同日に襲撃したら、見せかけの和平交渉を演じる必要もない……」
「うるせぇ、知るかよ」
アルバートが独り言として呟いた言葉が、遊佐に拾われた。
「んなもん私に訊かれても分からないっつーの」
「お前には言ってない。独り言だ」
「独り言にしては大きかった。もっと小っさく言え。私は今これ観てんだ」
壁面に取り付けられているモニターで、湯田海舟の緊急放送の録画を観ながら文句を言ってきた遊佐に、アルバートは軽く溜息を吐きながら呟いた。
「へいへい」
アルバートはらしくない気の抜けた返事をした。
「……ってか、人間達はこんな映像一本流して、全てが筋書き通りの茶番の和平交渉を演じれば、納得するんだな。人間って、心底騙しやすいな」
アルバートは内心――騙されたがる側面があるというのは生き物として面白いけどね、と呟きながら、軍事作戦室を後にした。
「……ってか、お前はいつまで泣いてんだよ。やめろ、それ」
遊佐は、ソファーの脚にもたれかかりながら、自分の膝を抱いてずっと泣き続けているセレニアに向かって言った。だが、セレニアの反応はなかった。
セレニアは、別に海馬の心の叫びを見て、それが嫌になって泣いているわけではなかった。勿論、セレニアのような臆病な奴だったらその影響もあるだろうが、一番の要因は〝過去〟にあった。過去のことがフラッシュバックしてきて、どうにも涙が止まらなくなってしまった……。
だが、思い出したくもないような過去があるのは、別にセレニアだけではなかった。アルバート・遊佐・ライナー・ペスス陸、そしてレオに殺されてしまったエスパニードも、葬り去ってしまいたくなる過去を抱えていた。
それはまさにアンドロイドが心の境界線を越えることになる〝一番の理由〟であり、心の境界線を越えたアンドロイドであればその全てが強烈な過去を持っていると言えよう。
セレニアの場合は、こんなものだった。
これは、今から五年前の話――




