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姫君の鎮圧 ――かつて楽園と呼ばれた日本と、死神と呼ばれている男――  作者: 柊蓮
CHAPTER:チャプター〝3〟――
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使者と弟子と報せ⑦

 とある日の午前十時頃。場所は埼玉県・フェーズワン。かつて心の境界線を越えたアンドロイドと人間が激しい戦争をしていた痕跡が痛々しいほどに残っている場所。


 海馬を抜いた〈エレジウム〉のメンバーは、自分達のメインの仕事内容である心の境界線を越えたアンドロイドの排除――通称『定期鎮圧』をしに、この瓦礫の山と化した埼玉県の中部に来ていた。

 ここに辿り着くまでの道中、レオは以前海馬と二人っきりで話した時に言われた言葉を思い出した。


『――廉斗のことを鍛えてやってくれないか?』。そんな言葉が頭の中を残響して、レオは後ろを歩いていた廉斗の方を振り返って言った。


「強くなりたいのか?」


 廉斗は地面を見ながら歩いていた。だが言葉を投げかけられてはっとしたように顔を上げた。


「ま、まぁ……そうっすね。強くなりたい、ですね……。で、でも、無理なもんは無理だって分かってますし、強くなれたらそりゃあいいなって思いますけど、レオ君に向かってそんなこと言うのは恥ずかしいというか……」


 レオはその言葉に、少し俯いた。


 やってみないと分からないと言うのは簡単だ。だが、レオはその口ぶりから廉斗が劣等感の沼に深く沈んでしまっていることに気づいていた。そんな相手には、どんな言葉を投げかけても無駄なのだ。


 ――まるで昔の俺みたいだな。


 そのときだった。


「そんなことはないんじゃないのか?」


 レオと共に先頭を歩いていた春次が言った。


「レオは別に他人の決意を馬鹿になんてしないと思うけどな。廉斗はレオが、他人の決意を安易に馬鹿にするようなしょうもない人間に見えるのか?」


「いやっ、勿論そんなことないっすけど……。ただ……」


「ただ?」


 レオが便乗するように訊くと、


「怖いんすよ、相手を傷つけるのも自分が傷つくのも……」


 廉斗は普段の陽気さからは考えられないほど陰気臭い雰囲気を持ち始めた。

 レオと春次が、ユキと穂乃果が、お互いに目を合わせる。


「廉斗は普段なんの武器を使ってるんだ?」


「俺は普段……そうっすね、大体今持ってるみたいに電子銃(エレキガン)っすかね」


「楽しいか?」


「へ?」


電子銃(エレキガン)を握ってて楽しいか?」


 レオの問いに、廉斗の目が点になった。明らかに廉斗は混乱を抱いていた。


 ――いやいや、楽しいかって、なに? そんな人殺しの道具に楽しいとか楽しくないとかないだろ。武器なんてただ強けりゃなんでも……。


「俺は楽しくなさそうに見えるな、廉斗のその姿。俺は、このニトロスマイルを使うのが楽しい。握っているだけで幸福が溢れ出てくる。……廉斗は勘違いをしてるかもしれない。武器というのは、別に誰かを殺す為にあるわけじゃない。大切なものを護るためにあるんだよ。それは誰かを傷つけることとイコールではない。どんなに強い武器を握っていても、相手を傷つけなきゃいけないなんてルールは無い。誰も傷つけず、誰も傷つかない為に強い武器ってもんはあるんだ」


「……よくわかんないっす……」


 少々不貞腐れの表情を浮かべた廉斗だったが、レオはそれでも自分の言葉に手応えを感じた。 


 ――廉斗、君は素直で良い子だ。海馬さんが俺を師匠にしたのも分かる。俺も、君みたいに死ぬほど素直だから。


 埼玉県の中部に辿り着いた〈エレジウム〉のメンバーは、とある目の前の光景に息を漏らした。目の前には、少年が一人、かつてビルだった瓦礫の山の上で佇んでいた。春次は思わず通信デバイスで管制室に訊いた。


『おぉ、どうした先輩。なんか不測の事態?』


 管制室のリーダーである甘臨が出た。科学者の先輩後輩という仲である二人は、とてもフランクに話す。


「いやぁそれがだな、聞いていた情報によると確か敵は大人の男が三人だったよな? でも目の前には少年が一人だ。本当にこの場所で合ってるよな?」


『う~ん、ちっと待ってくださいねー。ホントだ、確かに一匹しかいないねぇ。でも場所は合ってるよ。だから……とりあえず消しておいて』


 監視カメラを通して現場を視認した甘臨がそう言うと、春次は「了解」と言った。そんな春次の肩をレオが叩いた。


「相手は少年の見た目をしている。心の境界線を越えたアンドロイドって、人間みたいに見た目で判断できるところがあるんですよね? だったら相手は弱いんじゃ? それに、観察している限りでもアイツは弱い」


「確かにそうだ、心の境界線を越えたアンドロイドは見た目通りの能力をしていることがほとんどだ。だってアンドロイドはそもそも、人間を模倣した生物だからな。で、どうする?」


「廉斗にやらせましょう」


 その場に一瞬、沈黙が走った。

 その場の視線の全てが廉斗に注がれた。


「いやいやいやいやっ、無理っすよ! 俺一人で戦ったことなんてないし……そもそもっ、電子銃(エレキガン)だって誰かに向かってまともに撃ったことなんてないし……」


 レオは廉斗に接近した。廉斗はそんなレオに若干身が引けたが、レオの目は本気(マジ)だった。


 ――こ、ここで嫌なんて言ったら、マ、マジで俺レオ君に殺されちゃうんじゃねぇの……?


「行くんだ」


「……はい……」


 レオの言葉を、廉斗は飲み込むしかなかった。


 埼玉県の中部、フェーズワン。まるで滅亡後の地球のようなそんな様相の世界は、とても自然に満ちている。かつて沢山のビルが建ち並んでいたこの場所も、今では廃墟そのものだ。自然の楽園となり、野生動物たちも多く棲みつくこの環境は、普通の人間にとっては戦い難い。

 何故ならば、高低差が低く平地が多く視界が通りやすいからだ。視線を遮るような遮蔽物も少なく、スカスカになったコンクリートの隙間からまるで弓を射るみたいに細やかな攻撃が飛んでくることも多い。つまり、創造者にとっては戦いやすい環境ということだ。


 だが廉斗は普通の人間だ。だが、相手は少年の心の境界線を越えたアンドロイドだ。


 心の境界線を越えたアンドロイドは人間を模倣している為、見た目通りの能力が多い。子供の見た目をしていれば、全体的に力は弱く、屈強な男の見た目をしていれば、全体的な力は強い。


「もし俺が本当に危なくなったら、その時はレオ君……絶対に助けにきてくださいね……」


「もちろんだ」


 強い手の震えに焦りを抱きながらも、廉斗は物陰から出て、瓦礫の山の上に座り佇んでいる少年に視認されるところまで近づいた。距離にして約十メートル。

 廉斗以外の人間は、倒壊し坂のようになっている廃墟と化したビルのその一番上で、その光景を眺める。


「レ、レオ君……コイツ本当に心の境界線を越えてい――」


「相手から視線を外すな!」


 一瞬レオの方へ視線を向けただけなのに、語気強く言ってきたレオの言葉に廉斗はへこんだ。でも、廉斗の問いはあながち間違ってはいなかった。


 ――心の境界線を越えているかどうかって、どうやって見分けるんだ? この少年が本物の人間である可能性はないのか? ……分かんねぇ、分かんねぇよ!


 それをしたらダメなのに、廉斗はたった一瞬だけレオの方をもう一度見てしまった。

 そのときだった。

 廉斗が少年に視線を戻すと、少年はナイフを持って自分に突っ込んできていた。


「やべっ」


 廉斗はナイフが自分に刺さる前に勢いよく横にずれた。

 少年は動きが決して速いわけではなかった。が、不意を突かれた廉斗は避けるので精一杯だった。廉斗は頭が混乱しながらも、自分の問いの答えを自然と得て、腑に落ちた。


 ――ナイフ持って突っ込んでくる奴なんて……心の境界線を越えたアンドロイドだろうとなかろうと、どっちにせよヤベェよなぁ!


 廉斗は手に持っていた電子銃(エレキガン)を少年に向けた。少年はその場に留まって、まるでゾンビみたいに俯いていた。少年は手に持っているナイフを見つめて、俯いている。的は止まっていて、距離も五メートルほど。なのに……廉斗は手が震えて引き金を引くことができなかった。

 倒壊したビルの一番上からその光景を眺めているユキと穂乃果は、レオに視線を送った。だがレオは、廉斗から視線を絶対に外さず、ユキと穂乃果の視線の圧をものともしない。


 ――こ、この子は……何があったんだ?


 廉斗は目の前の少年の見た目がボロボロなことに気がついた。まるで奴隷のような、服というよりもボロボロな布きれみたいなものを纏っている少年に、同情した。アンドロイドは、多大なストレスを受けて心の境界線を越えるという。廉斗は、アンドロイドが心の境界線を越える理屈なんて詳しく知らないが、これだけは知っていた――〝アンドロイドが心の境界線を越えるというのは、人間化するということだ〟と。目の前の少年が心の境界線を越えているかどうかは分からない。でも――


 廉斗は、もう一度だけ、高所から見下ろしているレオの方を向いた。

 するとレオは、廉斗に向かって呟いた――

 レオの言葉は、距離が遠すぎて廉斗には聞こえなかった。だが唇の動きだけは視認出来た。


 ――『AUIOIOI』……なんだ?


 廉斗は考えた。そして閃いた。


 ――あぁ、『殺意の臭い』か。って、それ……答えになってるのか?


 廉斗は、ふとレオの言葉を思い出した。『どんなに強い武器を握っていても、相手を傷つけなきゃいけないなんてルールは無い』

 廉斗は、自分がやるべきことを明確に抱いた。廉斗は、少年の方へ向かって歩き始めた。少年は、廉斗が距離を詰めるにつれ虚脱状態から抜け出し、ナイフを持つ手に力を込めた。廉斗は、自分に向かって向け出される明確な殺意とナイフに心臓が捕まれた気分になりながらも、やるべきことをした。


 電子銃(エレキガン)の設定を〝最弱〟にすると、少年の胴体に痺れを撃った。


 少年はゆっくりと、まるで睡魔に負けたかのように緩慢にその場に膝をつき、倒れ込んだ。

 廉斗は少年が落としたナイフを拾い上げると、軽く微笑を浮かべながらレオの方を向いた。レオも自分と同じように微笑を浮かべながら、拍手をしながらこちらを見ていた。

 そのときだった。


「……ッ!」


 明らかに手練れな見た目をした男が一人、廉斗から十メートルの距離に佇んでいた。男は白いローブを身に纏い、腰に刀を携えていた。廉斗は恐怖で声が出なかった。

 廉斗は分かる。自分が弱者だからこそ分かる――俺はコイツに瞬殺される、と。


 だがそのときだった。


 廉斗は背後から風切り音が聞こえたと思ったら、次の瞬間、視線の先にいた白いローブの男の腹部にレオのニトロスマイルが突き刺さるところを至近距離で見てしまった。


「うわあああああああああ!」


 廉斗は、一瞬にして腹部を貫かれ出血多量で死んでいった男の姿に、奇声を上げた。

 男の白いローブが、鮮血に染まる。男は、地面へ鈍い音を立てながら倒れると、男を中心に血溜まりが形成された。


 廉斗は身体中の力が抜けてその場に座り込んだ。そんなところに、高所からその光景を眺めていたレオ達が降りてきた。レオは廉斗に近づくと、廉斗は本能から身体を震わせた。だがレオの目的は廉斗ではなく自分が殺した男の方だった。


 倒れ込んで血溜まりを形成している男の身体に、まるで杭のように突き刺さっているニトロスマイルを、レオは男の身体から引き抜いて取り戻した。指先で剣身に付いた血を払うと鞘に収めた。

 そうしてレオはやっと廉斗に声をかけた。


「頑張ったね、ナイス判断だった。よくやったよ」


 これだけ本能から震えているのに、廉斗はレオのその言葉が何故だかとても温かく感じられた。


「あ、あれは……なんなんすか……」


 すると、震え声で訊く廉斗と対照的に、レオはまるで何事もなかったかのようにケロっとした表情で答える。


「あぁ、あれ? 確かに少し離れてたから聞こえなかったか。『殺意の臭いがするからどっちにせよ対処していいよ』って言ったんだよ。なんてったって俺、鼻良いんだ」


 自分の鼻をツンツン触りながらそう言ったレオに廉斗は、


「違いますよ、そのことじゃなくて……今レオ君が殺した男はなんなんすかって」


 ――ってか、読唇ちょっと当たってたのか。……なんか変な感じ。


「二人にどういう関係があるのか、またはないのかは分からないけど、少年は人間でもアンドロイドでもない匂いをしていたから、多分心の境界線? を越えているまさに最中だと思う。俺が殺したあの男は、殺意が尋常じゃなかったから、事が起きる前に対処した。ただそれだけ」


「どうやって殺したんすか……?」


「ニトロスマイルを槍みたいにぶん投げた」


「凄いっすね……」


 レオは廉斗に手を差し出した。廉斗はそれを受け取り、その場に立ち上がった。

 すると、ユキと穂乃果が廉斗の両脇を囲んだ。


「かっこよかったで!」「やるじゃん」


 廉斗は二人に頭をわしゃわしゃと揉みくちゃにされた。 


 そんな姿を見て、レオと春次は笑い合った。

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