使者と弟子と報せ⑤
海馬がレオに、廉斗の師匠になってくれとお願いをしたのと同じ日の、午前十一時頃。
海馬の姿はグラン・タワービル内の藍沢那奈の執務室にあった。この時間帯は、海馬が一番頭がぼーっとする時間帯だ。だからか、海馬は半分寝ているような精神状態で執務室にいた。
藍沢那奈の執務室は、海馬の部屋とは違って生活を想定した造りにはなっておらず、完全に仕事をする為だけの執務室となっている。
那奈は、メンタルケアやカウンセリングも兼ねて海馬を呼び出したのだ。あんな惨劇があってからまだ一ヶ月も経っていない。完治しているなんて思っていないし、そもそも一度壊れた精神は完治などしない。
那奈が海馬を呼び出すことは別に珍しいことではなかった。那奈は定期的に海馬を呼び出していた。仕事として――かつて海馬を買った飼い主として。
海馬は執務室に入るやいなや、いつも通り部屋の一番手前のソファーに座った。那奈は自身の重厚なデスクから海馬の対面のソファーへと移動した。
姿勢悪く脚を組みながら煙草に火を点け吸い始めた海馬に、小言を言うところから今回の駄弁りは始まった。
「ちゃんと座ったら。姿勢悪いよ」
「フルスイングがスタンダードなホームランバッターみたいなもんだよ。つまり、これが俺の座り方ってこと」
海馬は紫煙を天井へ向かわせながら、普段〈エレジウム〉のメンバーに見せているものとは若干異なる子供っぽさを見せながら、怠そうにそう言った。
「よく分からないわ」
「あっそ」
「ねぇ、気分はどう」
「気分……。あんまよく分かんねぇな。自分が何を感じてるとか、何を思ってるとか、正直よく分からない。煙草は美味いけど、それ以外はなんとも」
海馬はソファーに溶けるように姿勢を更に悪くさせながら言った。
「正直あんま、俺について聞いてほしくない。他の話題がいい」
気怠そうに、ゆっくりと、若干の虚無さを感じさせる口調で海馬は言った。
「レオ君はどう?」
「レオ……アイツは凄い奴だよ。創造者でもないのにあれだけの戦闘ができるのは凄い。まぁ、使ってる武器が創造者の創造物っていうところに起因してるのか。……なんにせよ、優秀。正式に〈エレジウム〉のメンバーになってほしいくらいだ」
「そう。それで、不審なところとか見当たらない?」
「不審なところ? ……あぁ、そうか、よそ者だから一応監視対象、か。……特に不審なところはないな。素直で良い奴だよ。そういうところも含めて正式にメンバーに入れたいと思うね」
「アルス姫について何か言ってなかった?」
「あぁ……まぁ色々と、言ってたよ。聞いた感想としては、アイツはアルス姫に惚れてる。でもそれは恋愛的なものじゃないし、人間としてっていうか、同志みたいな感じだな。なんか日本政府に不都合な事とかは言ってなかったな。だから安心しろ」
「何度も言ってるけど、私は日本政府ではなくあなた達の味方よ」
「知ってる。でもこれからレオのこと上に報告しに行くんだろ?」
「えぇ、まぁそれは……そうだけど」
「那奈、お前は俺達の味方であることは俺だってよく分かってるよ。でも、レオの味方であるかどうかは俺からしたら疑問だな」
「勿論、私はレオ君の味方でもある。でもね海馬、今回報告しに行くのは権田じゃない。湯田よ」
海馬はそれまで死にかけていた瞼を大きく開いた。まるで電気ショックで起こされたような感覚に包まれた。
「なんで……総理大臣に直接報告を?」
「さぁ……? 私が知りたいくらいよ。でもそういう命令があったことは事実ね。……これは憶測に過ぎないけど、事実も含まれてるから言うわ。アルス姫の姿が結構な頻度で各地の監視カメラに映っているの。それが何か関係しているのかもしれない」
「アルス姫が何か不審な動きをしているから、それを捜しに来たレオの報告を直接しに行く、と」
「そういうことね」




