使者と弟子と報せ④
海馬は、泣いていた。
加奈が死んでから約三週間が経とうとも、海馬の心の傷が癒えることはなかった。
毎日深夜になると感情が洪水のように溢れ出てくる。二階建ての少し汚れたアパートの一室で、海馬は泣くことしかできなくなる。加奈の事は勿論のこと、創造者としての自分、これまで感じてきた心身の痛み、人生そのもの――など、様々なことが一気にフラッシュバックしてきて海馬はただ自分自身の感情に溺れることしかできなくなった。
創造者は、眠ることが赦されていない。
それは誰にか? この地を創造した太陽の神にである。
そのため、海馬も他の創造者と同じように〝不眠人〟となっていた。
海馬からすれば、創造者へと覚醒を遂げた六歳の時からずっと地続きの現実を歩んでいるような気がしている。あの時から自分は、全く変わっていない気がしているが、加奈との想い出を思い返し、そして加奈が死んだことをふと思い出すと、人生の全てが変わっていっていることがありありと突き刺さり、また泣く。
少し汚れたアパートの一室で、深夜になると泣き続ける――そんな毎日をここ三週間ほどずっと続けていたが、今日は場所が違った。海馬の姿は、グラン・タワービルの自分の部屋にあった。
とある用事を終えて、次の用事もグラン・タワービル内のため珍しくグラン・タワービルの自室で夜を過ごすことになった。
普段海馬が住んでいるアパートの一室と比べたら天国にも思えるグラン・タワービルの一室だが、海馬にとっては少し居心地の悪い場所だ。自分には少し広すぎるような気がして、落ち着かないのだ。でも、落ち着かない場所でも、大きな窓から外をぼーっと眺めていると、海馬はふと涙が溢れはじめた。
こんなに涙が溢れるのは人生で初めてだった。こんなに辛い想いから逃げる選択肢を創造者は一つ奪われている。そのことについて、海馬は心の底からこう思った――〝眠りに逃げられないならいっそ創造者になんてならなきゃよかった〟と。
そのときだった。
「失礼します」
ノックを二回した後、一人の人間がそう呟きなら海馬の部屋へと入ってきた。
海馬はカーテンを閉めながら振り返った。そこにはレオの姿があった。
「こんな遅くに悪いな」
時刻は深夜一時頃を迎えている。不眠人なため二十四時間起きている創造者であるが、海馬に関してはこの深夜帯の時間が一番元気な時間だった。だからこそ、一番加奈のことを思い出してしまうのだ……。
「別にいいですよ、前からの約束なんで全然大丈夫です。普段の仕事では、深夜に呼び出されて叩き起こされるなんてことよくあるんで」
深夜一時頃なのにもかかわらず、不眠人である自分と同じくらい一切眠たそうな顔を見せないレオに、海馬は少し感心を覚えながら、レオと共にソファーに座った。
「さっそく本題なんだが、俺は今日お前にいくつか訊きたいことがあって呼び出したんだ。俺は最近〈エレジウム〉の任務に参加できてないから、訊く場面もなくて」
「いいですよ、なんでも訊いてください」
「じゃあ訊くが、アルス姫ってどんな人なんだ?」
「……主観を抜いて話すと、凄く民から嫌われているお姫様ですね。でもその大半の理由は本人にはなくて、アルス様の母親であるイリス様のせいですね。まぁ、モルドヴィス王国は国を女王様であるイリス様が統治しているので、国のトップが叩かれるのはどこの国も同じだと思いますけどね。仮に何か本人に非があるとすれば、それは多分たったひとつで、創造者として覚醒できていないことだと思います。女王であるイリス様は創造者として覚醒しています。でも、その跡継ぎであるアルス様が覚醒できていないとなると、民が心配になる気持ちも多少は分かるというか……」
「じゃあ、お前の主観で話すと、どんな人だ?」
「主観あり……そうですね……。アルス姫はとてもわんぱくで、良い意味でも悪い意味でも姫様っぽくなくて、素直な人です。でも、もう少し俺の言うことくらいは聞いてほしいなって思いますね。……素敵な人ですよ」
そこまで言い切ったレオが、一切照れの表情を抱いていないことに、海馬は感心した。
「じゃあ逆に俺も海馬さんに訊いていいですか?」
「まぁ……いいが」
「海馬さんにとって、加奈さんってどんな人ですか?」
――俺にとっての、加奈……。
難しい質問だな、と海馬は内心思った。加奈のことを知りすぎて分かりすぎているからこそ、一言で形容するのは難しかった。だが、海馬はできるだけシンプルに言った。
「女神だ」
「素敵ですね」
レオと違って、海馬は若干の照れが表情に浮かんだ。こんなことを口にしている自分がなんだか恥ずかしく思えた。すると二人の間に、若干の沈黙が訪れた。
若干の沈黙を破ったのは、海馬の方からだった。
「話が変わって申し訳ないが、廉斗のことを鍛えてやってくれないか?」
突然の言葉に、レオは一瞬フリーズした。
「アイツも自分で言ってたが、強くなりたいそうだ。だから、アイツの師匠になってほしい」「……え? ……えと、マジですか? ……俺がですか? 海馬さんじゃ駄目なんですか?」
「ああ、俺は駄目だ。アイツを可愛がり過ぎちまう。厳しさを持てないんだ、アイツには」
「……分かりました、いいですよ。でも、俺が国に帰ったらその後はどうするんです? アルス様を確保できたら、絶対に帰国はしますよ」
「それまでの間でいい。お前が国に帰るまでの間に、アイツにお前の全てを叩き込んでやってくれ」




