表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫君の鎮圧 ――かつて楽園と呼ばれた日本と、死神と呼ばれている男――  作者: 柊蓮
CHAPTER:チャプター〝3〟――
PR
14/61

使者と弟子と報せ②

 レオ・アルバトロスが来日してから約一ヶ月、霧島加奈が死んでから約三週間が経ったとある日の深夜二時頃。


 レオは、三週間前偶然拾った女のアンドロイドである華征を連れて、グラン・タワービルの管制室のそのドアの前まで来ていた。その理由はとてもシンプルで、心の境界線を越えていないかを確認する検査――通称〝心の天秤テスト〟――を華征に受けさせるためだ。


 本当であれば華征を拾ったその日にでも検査を受けさせたかったレオだったが、色々なことがタイミング悪く重なってあれよあれよという間に華征を拾ってから一ヶ月が過ぎていた。この一ヶ月の間、レオは華征を自分の部屋に置いていた。普通であれば〝心の天秤テスト〟を受けていないアンドロイドを側に置くなど危険極まりない行為である。だが、レオは華征を使うにあたって抱えるとある事情によって、できるだけ華征を自分の目の届く位置に置いておきたかった。


「マスターァ、私やっぱり検査イヤです。心の天秤テストってとってもイタイんデスよ」


「俺以外に行くアテがあるなら別にどっかに行っても構わないよ」


 相変わらず前髪で両目が隠れている華征を黙らせたレオは、二回ほど管制室の扉を叩くと、中から「はーい」という女の声が聞こえてきた。レオ達が管制室の中に入ると、そこにいたのは年齢以上に幼く見える一人の女だった。


「どうも、こんちわ。君がレオ・アルバトロスだね。で……そこの前髪で前が見えてんだか見えてないんだか分からないのが、アンドロイドの華征ちゃんか」


レオは、事前に聞いていた今目の前にしている女の情報を反芻した。

 女の名前は――涼宮甘臨(すずみやあまり)。年齢は二十四歳。この管制室のリーダーであり、科学者でもある。この日本にアンドロイドをもたらした世界一の天才科学者、焔皇祭とかつて同じ研究室にいた。


 レオがまず抱いた第一印象は、やはり年齢以上に幼げに見えるということだった。甘臨は、丸渕メガネを掛け、白衣を着ており、肌は色白で、ハッキリ言って美人だ。だが、自分よりも歳が二つ上だとは思えないほど幼くもあった。身長もそうだし、纏っている雰囲気が大人とは少し違った。レオと甘臨は親と子ほどの差があった。


 管制室は相変わらず空気が悪く、薄暗かった。六角形の形をしたこの管制室には壁面に沢山のディスプレイが存在しているが、そのどれもがこれまた相も変わらず薄暗い中ではよく目に突き刺さる。長居すれば確実に体調が悪くなりそうに思える部屋ではあるが、だが甘臨はどこか居心地が良さそうだった。というか、この体調を害しそうな環境を作ったのは甘臨本人だ。『このくらいの方が過ごしやすいんだよ~』とでも言うかの如く、甘臨はルンルンになりながら手元の書類を漁りながら、言った。


「ごめんね~ボクちょうどここ一ヶ月休暇を取ってたんだ~。まさか休暇に入ってすぐ検査の予約が入るだなんて思わなかったよ。で、この一ヶ月間どうだった? なにか不可解な動きとか見せたりした? さっ、華征ちゃんおいで~」


 甘臨に呼び招かれると、華征もこれまたルンルンで部屋の奥の、甘臨の目の前の椅子に座った。どうやら、二人は気が合いそうだ。

 レオもゆっくりと華征の後を追いかけると、甘臨は椅子に座っているため見上げる形でレオに言った。


「ねぇ、春次さん元気?」


予想もしていなかった言葉が飛んできてレオは一瞬思考を(なく)した。


「ま、まぁ、元気だけど」


「そっか、ならいい。同じ科学者として先輩なんだよね。結構お世話になった人なんだ。元気ならいいよ」


 甘臨はそう言うと、思い出したかのように、


「あっ、それでこの一ヶ月間どうだった? なにか不可解な動きとか見せたりした?」


「いや、夜は同じ部屋で寝てたりしたけど、特になにか引っかかるようなことはない」


「そっか、分かった。ひとつ訊きたいんだけどさ、この検査の申請書に書かれている『出会い』の欄に、『よく分からない』って書いてあるの、なに? こんなこと書いてきた奴初めてだよ」


「いや~あの、なんというか……結構出会い方が特殊で、しかも俺もあまり詳しい事情は知らなくて」


「どういうこと? できる限り言ってみて」


「グラン・タワービルのどっかの階で、華征が三人組の男達にボコボコにされてたのを俺が発見して、そして一応男達を止めに行ったは行ったんだが……。何故か突然、男達は華征に向かって『こいつはバケモノだ』みたいなこと言って逃げちまった」


「なるほど、特殊な出会い方だ」


「だろ……?」


「ああ……」


 レオと甘臨の視線が、椅子に座っている華征に一心に注がれた。


「え、えと……。ナンデスカ」


 華征が居心地が悪そうに肌をポリポリと掻きはじめた。


「なぁ華征、なんであの時ボコボコにされてたんだ?」


「うーん……あの~、こういうこと言って、私が心の境界線を越えテルって思わないでクダサイね」


「ああ、分かった。というかこの後甘臨に検査してもらうからどうせ分かる」


「あ、ソウデシタね。イタイのやるんですもんね。……じ、実はデスね、私少し前から記憶が無いんデス」


「……!」「ほぉ、そうきたか」


 レオと甘臨の表情がパッと咲いたように変化した。


 すると甘臨は椅子から立ち上がり、華征の頭を低い身長で頑張ってわしゃわしゃとくしゃくしゃにしながら言った。


「アンドロイドに記憶障害なんて無いんだよ! ……華征ちゃん、嘘ついてるよね? アンドロイドっていうのはね、記憶をクラウドにアップロードするから、たとえ頭を吹き飛ばされようとも、新しい頭にクラウドにアップロードしておいた記憶をまたダウンロードすれば綺麗さっぱり元通りになるんだ。だから、アンドロイドに記憶障害なんてないんだよ」


 語気を強めて言った甘臨の言葉に、如何なる理由かは分からないが、華征は恐怖心を抱いて表情が少し歪んだ。そんな怯えにも近い華征の表情が、レオは少し可哀想に思えた。


「まぁ、そんなに強く言わなくとも」


「いいやこのアンドロイドは科学者を馬鹿にしている」


「検査、お願いできるか」


「……あいよ」 


 甘臨は本題を思い出し、華征の頭から手を離して椅子にまた座り直した。

 すると、甘臨は目の前の華征に向かって両手を広げ、ハグを求めるポーズをとった。


「ほら、来な。ボクがぎゅっとしてやるから」


 レオは内心――これが検査? と思ったが、今さっきあんな強く言われたのに華征は意外と乗り気なようで、椅子から立ち上がり両手を広げている甘臨の胸の中にゆっくりと入り込んだ。


 そのときだった。


 華征と甘臨を、金色の光の粒子が包み込み始めた。 

 段々とその金色の光の粒子は輝きを増し、一分が経つ頃には、薄暗くてディスプレイの光が目に突き刺さって痛いと感じていた管制室が壮大な光で満たされた。まるで魔法でも見ているかのような光景に、レオは内心胸が躍った。三分ほどかけて、検査は終了した。


 甘臨はふぅ、と深呼吸をしたあと、ハグから解放した華征の顔を見上げながら言った。


「ごめんね、ボクが間違ってたみたい。本当にごめんなさい。華征ちゃん、君は正真正銘のアンドロイドだ。心の境界線は越えていない」


「やりましたマスター! 私の勝ちデス!」


 勝ちとか負けとかじゃないけどな……――内心そう呟きながらも、レオは潔白が証明された華征の頭を無意識的に撫でていた。

レオは甘臨に向き直り、訊いた。


「今のはなんだ?」


「今のは君が望んでいた正真正銘〝検査〟だ。一般的に行われる〝心の天秤テスト〟はアンドロイドが痛がるしなにより時間が掛かる。ボクはね、創造者なんだ。『電子虫(でんしちゆう)の覚醒者』それがボクさ」


「どういう能力なんだ?」


「まぁ……色々できるからシンプルに言うけど、科学者として生きるのであれば最強の能力、って言ったらいい? ハグで相手の精神構造を解析した、ただそれだけ。まぁでも普通の人間相手には無理だね。普通の人間は精神が複雑だから。そこに、アンドロイドが人間の模倣生物と言われる所以(ゆえん)がある」


 レオは感心した。甘臨の能力は、モルドヴィス王国のような科学があまり発展していない国ではまず発現しないような能力だ。こんな能力があるのかと、レオはニヤけた。


「でさ、甘臨。アンドロイドに記憶障害が起きることは本当にないのか?」


「そんな事例聞いたことない。アンドロイドと、心の境界線を越えるという事象についてを、理屈として理解していたら普通はそんなこと起きないと誰もが思うはず」


「でも、現に起きている。……もし、普通じゃないことが起きていたら?」


「……ねぇ、そう言ってるけどさ、レオ、君は心の境界線を越えるということがどういうことか分かってる?」


「…………」


「分かんないんだね。分かってても本当に基礎も基礎か。まぁ、このことはボクからじゃなくて本人から聞くといいよ」


「本人? 誰?」


「アンドロイドをこの日本にもたらした、世界一の天才科学者兼人類の戦犯、焔皇祭に。アンドロイドの生みの親にね」


「いやいやいや、その人はもう長らく表舞台に出てないって聞いたけど。それに、出会うきっかけが……あ…………そうか」


 レオは思い出した。


「そう、君が今頭の中に思い浮かべたことは正しいよ。焔皇祭は、君が所属する〈エレジウム〉のメンバーの一人、焔穂乃果の実の父親だ。もし彼が生きてるのなら、娘を心配しないわけがない。接触してくる可能性だって、なきにしもあらずだ」


 焔皇祭が穂乃果の実の父親であるということを初めて聞いたのは、実は益神善継がモルドヴィス王国に使者としてやってきた時だった。だが、初めて聞いた時は教えられる情報量自体が膨大で、そのことについてあまり深く考えることはなかった。

 甘臨は、何か目の前のディスプレイの情報を食い入るように見つめていた。


「ねぇ、君って……奴隷の子供なの?」


「……っ!」


 レオは甘臨の両肩を勢いよく掴んだ。一瞬にして血走った目に変わったレオを見て、甘臨は心底恐怖を覚えた。


「なんで……知ってる……っ!」


 レオは、今にも甘臨を殺してしまうのではないかという威圧感を醸し出していて、甘臨はすぐさま目の前のレオを刺激してしまった数秒前の自分の過ちを自覚した。


 ――こ、こんなにも怖い目を見るのは初めてだぁ……。


 今にも泣きそうな表情になっている甘臨から、レオは視線を外した。外れた視線の先には、甘臨が先ほどまで食い入るように見つめていたディスプレイの画面があった。ディスプレイの画面には、ただの数字の羅列が表示されていた。


「これは……なんだ?」


「こ、これはねっ、じょ、情報データベースって言って、この関東地方にいる、ほ、ほとんど全ての人間の情報が載ってて……っ」


 甘臨は緊張がピークに達し、しどろもどろになりながら答えた。


「ただの数字の羅列にしか見えねぇ」


「そ、そうだよねっ。こ、これはボクの能力を通さないと文字として認識できないんだっ。ボ、ボクしかそのレオさんの情報は見えないから、そ、その……安心して!」


「……そうか、ならいい」


 そうして甘臨はレオから解放された。

 レオに掴まれていた甘臨の両肩は、内出血を起こしていた。自分の情報が、甘臨にしか見えないことを知ったレオは、何食わぬ顔で華征の手を握った。


「帰るぞ」


「はいマスター!」


「あ、あのぉ……」


 レオの背中が世界で一番大きく見えているであろう甘臨は、恐怖でいっぱいになった表情を隠しきれず、服の裾を掴んでブルブルと震えながら、なんとか最後の勇気を振り絞って言うのだった。


「ボクのこと、こ、殺さないでね……」


「誰にも言わなかったらそれでいいよ。これからよろしくね、甘臨」


「う、うん……」


 そうしてレオと華征が管制室から立ち去ると、甘臨は一生分の緊張の解放にその場に座り込んで立ち上がれなくなってしまった。

 管制室から出たレオは、華征から衝撃の事実を知らされた――


「あ、マスター。お願いされていたアルス姫様の捜索、完了しまシタ。結果なのですが……東京、フェーズワン郊外の霊妙(れいみよう)国立自然公園の監視カメラに映っていまシタ!」


 自分が来日した最大の理由が、もうすぐ手の届くところまで近づいているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ