使者と弟子と報せ
これは、レオが日本に来る三日前の話――
太平洋のド真ん中、極東と呼ばれる日本の更に東、日本と日付変更線の間にある国こそが、レオの住むモルドヴィス王国である。
レオはその時まで、たったひとつの不安を除いては、普段となんら変わりない日常生活を営んでいた。花や草木といった自然は相変わらず綺麗で、人間の存在さえ除けばこの国は現代の世界で一番〝地上の楽園〟に近しい場所と言えた。
だが突然、レオの元に日本からの使者が現れたのだ。
その使者は男で、日本人で、創造者だった。
たった一目見ただけでレオはその使者が創造者だということを嗅ぎ分けたが、別にその日本からの使者がレオの目の前で特別な能力を使っただとか、そういうわけでもない。ただ、あまりにもこのモルドヴィス王国では見ないような――一言で言うならば、人間味も野性味もない異質な雰囲気に、妙な気持ち悪さをレオは覚えた。
しかもその日本からの使者の男がレオと一番最初に邂逅した場所は、国の中でトップクラスに警備の厳しいモルドジア城のレオの部屋。この国の王女であるアルス姫お付きの近衛騎士の部屋に堂々と侵入など、大事件だ。
日本からの使者は、灰色の髪色、髪型は短めのウルフカット、身長は平均ほどで、真っ白い装束を纏っていた。その装束はデザインをやや重視したもので、戦闘にはやや不向きだろう。
日本からの使者は、部屋の中で一番大きい丸い形の窓から入ってきたようで、丸い形の窓は半月状に左右に開かれている。そして、その窓の縁に日本からの使者は座っていた。片足だけ曲げて、まるでモデルが取るポーズみたいな姿で。
使者の背後から微風が吹き込んでくる。こんなに心地の良くて柔らかい匂いをしている風は地球上でこの場所だけのものだろう。だが、こんなにも牧歌的で安寧が保たれているこの情景を、使者は一撃で壊してしまいそうな怖さをレオは感じた。話が通じる相手だといいな――レオは素直にそう思った。
レオは自分の部屋に堂々と侵入してきた不審者に、猛烈な警戒心を抱きニトロスマイルを鞘から無意識的に取り出すと、言った。
「お前の名前は?」
「流石近衛騎士様、まずは挨拶を徹底、か。騎士道に準じているな」
別にそんな大層な意図はなかった。ただ、目の前の不審者のその素性を暴こうとしているだけだ。
「僕の名前は益神善継、お前はレオ・アルバトロスで間違いないな」
こんなにも危うさを感じる人物なのに、レオは益神に、上品さを感じていた。このモルドジア城を歩いていてもなんら不格好ではないその立ち振る舞いと雰囲気に、レオは正直惹かれるところがあった。でも、それは見た目だけで、内側の部分は、推し量るのも嫌になるほど同じ人間だとは思えない暴力性を感じ取った。それが創造者と人間という違いによるものなのか――いいや、違う。確実に、益神特有の暴力性だ。
「日本政府の差し金か?」
刺激しないように、淡々と、事務的に呟いたレオは益神にじっと見つめられた。すると益神は淡々と事務的に、片手の人差し指だけ立ててそれを天井に向けながら言った。
「もっと上だ」
そして二人は、もっと会話の秘匿性が保たれて誰にも邪魔されないような場所に行った。
モルドジア城から遠く離れた、メロウ家が統治するフィンブル地方、通称冬地方のとある廃棄されたオンボロな小屋に二人は行った。廃墟されたオンボロな小屋の中に二人は入ると、住人がいた頃には日常的に使われていたであろう椅子を互いに持ち寄って、そうして話し合いが始まった。
「単刀直入に言おう。今回のお前の来日には条件がある。その条件は三つだ。その三つの条件を飲めないのであれば、今回のお前の来日は取り消しとなる」
――そうきたか。
日本とモルドヴィス王国は同盟国である。だが、互いに鎖国国家でありしかも互いに敵対しているようなところがある。だから、失踪したモルドヴィス王国の王女を捜すためだといっても、全くの無条件で来日の許可が下りるのは不思議だとは思っていた。来日の許可が一応下りたのは一週間前。この国の王女であるアルス・モルドヴィスが失踪したのは三週間前。そして、来日三日前にして突然の条件の提示。レオの胸中は穏やかではなかった。
「それで、条件っていうのは?」
「さっきも言ったが、条件は三つ。ひとつ――日本政府に属する何かしらの組織に入ること。ふたつ――心の境界線を越えたアンドロイドという現代日本を荒らしているはた迷惑な存在を、この世からひとつ残らず葬り去ること。みっつ――帰国した際、日本で見聞きした全ての情報を秘匿すること。質問は?」
「心の境界線を越えたアンドロイドって?」
「後で基本的な日本の情報と共に教える」
「じゃあ、みっつ目の、帰国した際日本で見聞きした全ての情報を秘匿するって、俺が素直にちゃんと情報を秘匿すると思うのか?」
「思わない。でもお前がこの国に帰ってきて情報を漏らしたら、それはすぐに僕たちの元へ伝わる」
「なんで?」
「秘密だ」
「もし……俺が情報を漏らしたら、どうなる?」
そう言うと、益神は顎を撫でしばし思案をし始めた。情報を漏らしたらどうなるか知らないのか、それともどうなるか知っているけれど焦らしているのか……。どっちにも見える益神の表情はとても奇妙だった。
「その際は……世界がひっくり返ってなおかつお前の人生が滅茶苦茶になるだろうな」
フィンブル地方の寒さは厳しい。オンボロな為か小屋には沢山の隙間風が吹き込んできて、流石にこの寒さには二人も堪え、益神がその後早急にレオに基本的な日本の説明(歴史、文化、心の境界線を越えたアンドロイドとはなんなのか)をすると、益神は日本へ帰って行った。
帰り際、レオは益神にこうふっかけられた。
「日本で僕たちが会うことがあれば、その時は敵同士だ」
まるで嵐のようにやってきて嵐のように過ぎ去っていった日本からの使者は、そのまま空を飛んで日本へと帰って行った。その姿を見ても、何の覚醒者なのか、どんな能力なのか、ちっとも分からない。だがこれだけは分かる。
――心の境界線を越えたアンドロイドとかいう生物に負けるほど、益神は弱くないだろう。というか、益神は異常なほど強い。戦ったら多分、俺は場合によっては負けるな。でも、そんな益神が心の境界線を越えたアンドロイドの殲滅を俺に頼む理由はなんだ? 戦わなくともあんだけ強さが感じ取れる奴なら、自分達で殲滅すればいい。
来日する前のレオはそう思っていた。
だが、遊撃を倒して、五神人のリーダーであるエスパニードも倒して、レオは分かった。
創造者の共通の弱点である白濁色の液体――通称、月の血液。月の血液は霧島海馬のような身体を変形させることができる創造者の実体を捉える為に必須である。だが、月の血液が弱点なのは創造者だけではない。普通の人間だって、月の血液のその酸性は害となる。まるで硫酸のように、月の血液も生物全般に害を与える。
だがそんな月の血液を自分達の血にしている生物が二つ、この地球上に存在する。それが、心の境界線を越えたアンドロイドと、レオ達モルドヴィス人だ。
レオ達モルドヴィス人には、月の血液は全く害ではない。心の境界線を越えたアンドロイドはその構造上月の血液を血にしているため、その返り血を気にして益神はモルドヴィス人である自分に心の境界線を越えたアンドロイドの殲滅を依頼したのだと、レオは気がついた。




