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第8話 眠る守衛機と、起きてしまった約束

昇降路の中は、外よりずっと静かだった。


足音が反響し、四人の呼吸さえ壁に返ってくる。

しばらく下ると、壁の導光石が一つ、また一つと淡く点いた。

セブンが近づいたことで反応したらしい。


「便利……」

アリアが感心する。


『私に古代認証コードの一部が残っている可能性』


「それ、便利よりだいぶ重要な情報では?」


『そうとも言える』


モグは壁を触りながら歩く。


「保存状態が異常にいいな。表の水道橋は半壊してたのに、中核部はほぼ無傷か……」


「分かるの?」

アリアが聞く。


「分かる。これは“隠すために壊した”跡だ」


「え」


モグは真面目な顔で続けた。


「外をわざと崩して、中へ行けなくした。誰かがここを残したかったんだよ」


その言葉に、アリアはまた母のことを思う。

二十年前。停戦交渉。白旗。

ここも、その流れの中にあるのだろうか。


通路の先はやがて広い円形ホールへ繋がった。

天井は高く、中央に巨大な円盤状の床。

その周囲を柱が囲み、壁には三種族を模した古い紋章が並んでいる。


人間の王冠。

魔物の角。

機械の歯車。


三つが争うのではなく、ひとつの円に組み込まれていた。


「……ほんとに、一緒だったんだ」

アリアが呟く。


ルシェも黙って壁を見ている。

魔物にとっても、これは常識を揺さぶる光景だ。


セブンが中央の円盤へ近づく。


『昇降機構と推定。白塔外縁部への接続用』


「つまりエレベーター?」

アリアが言う。


モグが目を輝かせる。


「すごいな、古代にもあったのか!」


「そっちが感動ポイントなんだ」


だがその感動は、次の瞬間に凍った。


円盤の向こう、ホールの奥。

壁際に人影が並んでいたからだ。


いや、人ではない。


人型の機械兵が、五体。

膝をつき、槍を持ち、まるで眠っているように並んでいる。


「……セブン?」

アリアが小声で呼ぶ。


『同系統ではない。旧式守衛機』


「動く?」


『高確率で』


「嫌だなあ、その答え!」


ルシェが剣を抜く。


「避けて通れない?」


モグがざっと周囲を見て首を振った。


「昇降機を起動したらたぶん起きる。そういう配置だ」


『推定同意』


アリアは白旗を握る手に力を込めた。

まだうまく使えない。

さっきの力も偶然に近かった。


それでも前に進むしかない。


「……起こすしかないってこと?」


ルシェが短く答える。


「ええ」


「旅って、ほんと大変だね……」


「今さら?」


アリアは小さく笑い、それから真面目な顔になる。


「みんな、気をつけて」


セブンが中央の円盤に手を置いた。


かち、という音。

ホールの床に光が走る。

古代文字が浮かび上がる。


同時に、壁際の五体の機械兵の目が、一斉に青く灯った。


『――外縁管理区画、再起動』

『――無許可侵入者を確認』

『――排除手順を開始』


アリアは息を呑む。

ルシェは剣を構え、モグは工具袋から何かを探り、セブンは一歩前へ出た。


白塔は、歓迎してくれる場所ではない。


それでも、ここから先に真実がある。


アリアは白旗を掲げる。


「行こう」


五体の守衛機が、同時に立ち上がった。


五体の守衛機が立ち上がる音は、まるで古い鐘みたいだった。


ぎ、と関節が鳴り、長槍の石突きが床を打つ。

形はセブンに似ているが、もっと古い。丸みの少ない装甲、長い脚部、胸に刻まれた古代紋章。

目の青い光には、感情の代わりに機能だけがある。


『排除手順、開始』


「歓迎されてないねえ……!」

アリアが白旗を握りしめる。


「分かってたでしょ」

ルシェが一歩前へ出る。


『隊列提案』

セブンが即座に言う。

『ルシェ前衛左、私前衛右。アリア中央後方。モグは支援および昇降機確認』


「了解!」


「返事だけはいいのよね」

ルシェが低く笑う。


最初の一体が、まっすぐセブンへ突進した。


槍が速い。

重く、無駄がなく、真正面から急所を突く。

セブンは腕で受け流し、半歩内側へ入る。


金属同士が噛み合う激音。


『旧式ながら高出力』


「分析してる暇ある!?」

アリアが叫ぶ。


『ある程度は』


「すごいなあ!」


二体目と三体目はルシェへ。

彼女は正面から受けず、滑るように横へかわす。

槍の穂先が床を削り、火花が散る。

すれ違いざま、ルシェの剣が一体の膝裏を裂いた。


守衛機が片膝をつく。

だが完全には止まらない。


「硬い……!」


モグが円盤の操作盤らしき場所に飛びつきながら叫ぶ。


「当たり前だ! 古代の守衛機だぞ、そこらの機械兵より丈夫に決まってる!」


「なんでちょっと嬉しそうなの!?」


「浪漫だから!」


「この状況で!?」


四体目と五体目がアリアを見た。

正確には、彼女の持つ白旗を。


『――盟旗反応、確認』

『――管理者認証、不完全』

『――危険度再評価』


守衛機の動きが変わる。

ただ侵入者を排除するのではなく、“旗を確保”しようとする軌道へ。


「うそ、こっち来た!」


ルシェが振り返る。


「アリア、走って!」


アリアは反射的に円盤の外周を走った。

守衛機が追う。

槍が床を穿ち、石片が飛ぶ。


「モグ! どう!?」


「起動手順が古代文字だらけで面白――」


「今は感想じゃなくて進捗!」


「七割!」


「微妙!」


セブンが敵の槍を掴み、そのまま逆に振り回して別の一体へ叩きつける。

二体がもつれ、円盤の縁へ倒れ込んだ。


『ルシェ。中央へ誘導可能か』


「やってる!」


ルシェは低い姿勢で一体の懐へ入り、剣ではなく柄で顎のあたりを打つ。

守衛機の頭部がわずかに仰け反る。


「アリア、旗を上!」


「えっ」


「いいから!」


アリアは走りながら、白旗を高く振り上げた。


その瞬間、さっきと同じように布が熱を持つ。

今度は前より少しだけ分かる。

これは“命じる力”じゃない。

“呼びかける力”に近い。


守衛機たちの目が、一瞬だけ揺れた。


『――盟旗、認識』

『――認証不完全』

『――……優先命令、衝突』


「今!」

セブンが叫ぶ。


ルシェの剣が、守衛機の槍の柄を断つ。

セブンがもう一体の胸を蹴り飛ばし、二体まとめて円盤中央へ押し込む。

残る三体も白旗への反応で動きが鈍る。


アリアは、ただ叫んだ。


「止まって! 私たちは敵じゃない!」


白旗の光が走る。

ホール全体の古代文字が淡く明滅し、守衛機たちの目の青が一瞬、白へ変わった。


『――盟旗命令、仮承認』

『――敵味方識別、再判定』

『――……保留』


五体の守衛機が、ぴたりと止まった。


静寂。


モグが口を開ける。


「……うそだろ」


ルシェも剣を下ろさないまま、信じられないものを見る目をしている。


セブンだけが、静かにその結果を受け止めていた。


『確認。白旗に低レベルの一時管理権限が発生したと推定』


アリアは肩で息をしながら言う。


「だから難しい言い方をやめて!」


『つまり、少しだけ言うことを聞いた』


「最初からそう言って!」


守衛機たちはゆっくりと槍を下ろし、膝をつく。

完全に従属しているわけではない。

だが少なくとも、今は攻撃してこない。


ルシェがアリアへ視線を向ける。


「……本当に、止めたのね」


「た、たぶん」


「自覚が薄い」


「だって分かんないんだもん!」


モグが興奮気味に円盤を叩いた。


「いやでも今のはでかいぞ! 古代守衛機を止めるなんて、盟旗が本物じゃなきゃ無理だ!」


アリアは少しだけ顔を上げた。


「じゃあ……お母さんのことも、本当に」


「ああ」

モグが頷く。

「少なくとも“ただの変わった宿屋の女”じゃない」


その時、円盤の中央に光が集まり始めた。


白旗の反応に呼応したのか、あるいは守衛機の認証変更によるものか。

床の文字が輪を描き、中央に半透明の立体映像が浮かび上がる。


人影だった。


長い髪。細い肩。静かな目元。

記憶にあるより少し若い顔。


アリアの息が止まる。


「……お母さん」


リディア・フェルン。

間違いなく、母だった。

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