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第4話 裏口から入る世界

リグナの裏口は、本当に裏口だった。


正門からは見えない川沿いの細道。

苔むした石段を下りた先に、荷運び用らしき小さな木戸がある。

門番も看板もない代わりに、妙に目つきの悪い男が椅子に座っていた。


「……増えた」

アリアがぼそっと言う。


「町って人が多いところだからな」

モグが適当なことを返す。


椅子の男は、近づく一行を見て眉をひそめた。


「なんだその組み合わせ」


「珍味だろ?」

モグが言う。


「食いたくはねえな」


「安心しろ、売り物じゃない」


「誰が珍味!」


男はルシェとセブンを順に見て、それからモグにだけ聞いた。


「責任持てるか」


「半分くらい」


「持てないって意味じゃねえか」


それでも男は木戸を開けた。

裏口の世界では、信用は完璧である必要がないのかもしれない。

金か、縁か、あるいは“面倒を避ける勘”か。


細い路地を抜けると、表通りとは違う町の顔があった。


昼間のリグナが“人間の町”なら、こっちは“こぼれ落ちた者たちの町”だ。

顔に傷のある傭兵。

怪しげな薬草を売る老婆。

露骨に偽物の宝石を売る少年。

人間もいれば、耳の長い亜人や、羽根を隠した者もいる。

そして何より、誰も他人をじろじろ見ない。


「……すごい」

アリアが息をのむ。


「驚くところそこ?」

ルシェが聞く。


「だって誰も、ルシェやセブンを見て騒がない」


モグが肩をすくめる。


「見ないんじゃない。見ても口に出さないだけだ。裏通りの連中は、他人の事情を聞かないほうが長生きするって知ってる」


たしかに、視線はある。

ただし正門の門番たちみたいな露骨な拒絶ではない。

値踏みと警戒と、ほんの少しの興味。

それでもアリアには、さっきよりずっと息がしやすかった。


やがてモグは、一軒の店の前で立ち止まった。


看板には、かすれた字でこうある。


《三日月亭》


扉の横には小さく、ほとんど読めないくらいの字で、


《問題を持ち込むな。問題そのものは可》


と書いてあった。


「なにその名言っぽくて全然安心できない文言」


「ここなら泊まれる」

モグが言う。

「たぶん」


「最後が嫌!」


扉を開けると、酒と煮込みの匂いが流れてくる。

中は意外にも明るかった。木造の食堂に、丸テーブルがいくつも並び、奥には暖炉もある。

乱暴な店かと思っていたが、掃除は行き届いている。


ただし、客層はやっぱり普通ではない。


肩に鷹を乗せた女。

片腕が機械義肢の老人。

フードの奥に鱗が見える旅人。

そして、一番奥で静かに酒を飲んでいる、目つきの鋭い大男。


視線が一斉にこちらへ向く。

アリアは思わず背筋を伸ばした。


「……帰りたくなってきた」


「今さらね」

ルシェが言う。


カウンターの奥から、恰幅のいい女将が現れる。

四十代くらいだろうか。腕まくりした腕がすでに強そうだ。


「モグ。今月二度目のツケは聞かないよ」


「今日は客を連れてきた!」


「もっと悪い」


女将の目が、アリアたちを順に舐めるように見た。

止まったのは、やはりルシェの角の布と、セブンの機体だ。


「……ずいぶん派手な面子だね」


アリアは一歩前へ出る。


「えっと、泊まれますか」


女将は腕を組んだ。


「人間ひとり、魔物ひとり、機械ひとり?」


「はい」


「喧嘩は?」


「売られたらたぶん買わないよう努力します!」


「努力」


「最善は尽くします!」


ルシェが横でぼそっと言う。


「私の分まで勝手に誓わないで」


セブンは律儀に補足する。


『喧嘩回避を優先事項に追加する』


「追加できるの!?」


女将は少しだけ口元を緩めたが、すぐに消した。


「一泊銀貨五枚」


「高い!」


「リスク代だよ」


「ぐぬぬ……」


ベルンでの一泊が銀貨六枚だったことを考えると、非常識な値段ではない。

だが今のアリアたちの財布には、そもそも“相場”を論じる資格がない。


アリアはそっと懐を探る。

銅貨が少し。父に持たされた銀貨が二枚。終わり。


「……働きます」


女将の眉が上がる。


「何ができる」


「皿洗い、掃除、ベッドメイク、接客、仕込みの手伝い、簡単な縫い物、それと看板娘」


「最後だけ自己申告が強いね」


「自信のあるところはちゃんと言っていく主義です!」


女将はルシェを見る。


「魔物のお嬢さんは」


「護衛か薪割り」


「機械は」


『重量物運搬、修理補助、夜間警備』


モグが口笛を吹いた。


「便利すぎるだろその編成」


女将は少し黙っていたが、やがて顎をしゃくった。


「裏の倉庫部屋なら空いてる。食事付き。二泊までは様子見で泊めてやる」


「ほんと!?」

アリアの顔がぱっと明るくなる。


「ただし条件がある」


「また条件!」


「当然だろ」


女将は指を一本立てた。


「店の中で刃物を抜くな」


ルシェが黙って頷く。


「機械は夜中に無音で立つな。心臓に悪い」


『歩行音を残す』


「そういう意味じゃないんだけどね」


「魔物は酔っ払いに絡まれても店を壊すな」


「努力する」


「人間の娘は変な正義感で面倒を増やすな」


「えっ」


「一番危なそうなの、お前だよ」


アリアはショックを受けた顔をした。

だがルシェもセブンも、珍しく同時に頷いた。


「二対一!?」


「三対一だ」

今度はモグまで入った。


そうして三人は、ようやくその夜の寝床を手に入れた。


裏口からしか入れない宿。

条件付きの受け入れ。

歓迎ではなく、保留としての居場所。


それでもアリアには、十分ありがたかった。


戦争を止める旅の最初の一歩は、

意外にも“泊めてくれる場所を見つけること”から始まるらしい。


そしてその晩、《三日月亭》で彼女たちは知ることになる。

白塔へ向かう道に、ただの山賊でも軍でもない、

“白旗を狙う者たち”がすでに動き出していることを。

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