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第3話 魔物お断り、機械は分解してからお入りください

翌朝、アリアは出発五分前に寝坊した。


「なんで起こしてくれなかったの!?」


「起きないお前が悪い」

父が即答する。


「人の情!」


「昨日全部使った!」


大慌てで支度するアリアの横で、ルシェはすでに準備を終えていた。

黒い外套に荷物は最小限。角も布で隠れている。

セブンは相変わらず直立不動だったが、父に渡された荷袋をちゃんと背負っているあたりが妙に律儀だった。


「重くない?」

アリアが聞く。


『問題ない。乾パン、干し肉、水袋、包帯、応急工具、鍋、縄、着火石、予備の靴、謎の漬物の壺』


「最後なに!?」


父が咳払いする。


「旅に漬物は大事だ」


「そこだけやたら生活感ある!」


出発前、ベルンの門にはほとんど人がいなかった。

朝靄と焼け残りの匂い。

昨日の戦いが夢じゃなかったと、町のあちこちが証明している。


それでもアリアは、できるだけいつも通りの声で言った。


「じゃあ、行ってきます」


父は腕を組んだまま頷く。


「死ぬな」


「雑!」


「生きて帰れ」


少しだけ言い直したその一言に、アリアは笑った。


「うん!」


三人が門をくぐる。

その時、背後から小さな影が駆けてきた。


「待てー!」


振り返ると、昨日のミャルだった。

しかも、なぜか小さな袋を咥えている。


「これ、やる!」


「え、なに?」


袋の中には、昨日どこかからくすねてきたらしい木の実と、少し潰れた焼き菓子が入っていた。


「旅の食料!」


「……盗品じゃないでしょうね」


「たぶん半分くらい正規品!」


「微妙!」


ルシェが額を押さえる。

セブンは袋を覗き込み、


『栄養価は低いが、善意と推定』


と評価した。


アリアは笑って袋を受け取った。


「ありがとう」


ミャルはちょっと照れくさそうにしっぽを振った。


「帰ってきたら、またパン作れ」


「食べに来る前提なんだ」


「うまいからな!」


「ふふっ。分かった」


ミャルが走り去る。

朝日が少しずつ町を照らし始める。


アリアは一度だけベルンを振り返り、そして前を向いた。


街道の先には、白塔。

その途中には戦場、偏見、裏切り、空腹、たぶん雨。

きっとろくでもないことばかり待っている。


それでも足は止まらない。


「よーし」

アリアは白旗を肩に担いだ。

「まずは最初の町で朝ごはん!」


「……持ってる乾パンは?」

ルシェが聞く。


「それは非常食」


「朝ごはんも必要でしょ」


「旅の朝ごはんは非常に重要だから別枠」


『確認。食事優先の進行方針か』


「平和も空腹には勝てないの」


ルシェが呆れた顔で笑う。

セブンはわずかにレンズを明滅させた。たぶんそれが、今の彼なりの苦笑いだ。


三つの足音が、同じ道を踏む。


人間。

魔物。

機械。


この世界では、並んで歩くだけでおかしな組み合わせだ。

だからこそ、その一歩目には意味があった。


旅は始まったばかりだ。



ベルンを出て半日。


「……ねえ」


アリアが言った。


「なに」

ルシェが言った。


「足が痛い」


「早い」


「心は元気なのに!」


『肉体が追いついていない』


「セブン、正論が毎回きれいに刺さるんだよなあ……」


街道は思っていた以上に荒れていた。

荷車の轍は古く、ところどころに焼けた跡があり、見張り塔は半壊している。

人が使う道であるはずなのに、人の気配が薄い。

戦争が長く続くと、まず街道から死んでいく――と父が言っていた意味が、アリアにも少し分かってきた。


それでも夕方には、どうにか次の宿場町リグナが見えてきた。


石壁に囲まれた、ベルンよりはひと回り大きな町。

小さな川が流れ、門のそばには水車もある。

遠くから見れば普通の、どこにでもありそうな地方都市だ。


「着いたー!」

アリアが両手を上げる。


「元気になったわね」


「町が見えると急に元気出るタイプ」


『単純構造』


「褒め言葉として受け取る!」


だが、門まで近づいたところで、三人は揃って足を止めた。


門の横に、大きな木札が掲げられていたからだ。


《魔物の入町禁止》

《機械種の持ち込み厳禁》


さらにその下に、小さめだが容赦のない字でこうある。


《違反者は財産没収および拘束》


「…………」

アリアは黙った。


「ほら見なさい」

ルシェが言う。


『想定内である』


「待って待って待って、町ってもっとこう、旅人に優しいものじゃないの!?」


「旅人には優しくても、魔物と機械には優しくないのよ」


アリアは門番を見た。

槍を持った男が二人。どちらも神経質そうに周囲を見張っている。

町の壁の上にも見張りがいる。

ごまかして入るのは、なかなか難しそうだった。


「……どうする?」


ルシェは外套のフードを深くかぶる。


「私は夜まで待てば壁を越えられる」


『私は重量の問題により壁越えが困難』


「壁を壊して越えるのは?」


『敵対行為と判断される可能性が高い』


「うん、それはさすがに分かる」


アリアは腕を組んで考えた。

こういう時、彼女は妙に楽観的なひらめきを出すことがある。

たいてい半分くらいしか成功しない。


「よし。交渉しよう」


「嫌な予感しかしない」


「大丈夫。私、こう見えて宿屋の娘だから!」


「その理屈で門番が折れるなら苦労しない」


『成功率、二十七パーセント』


「思ったより低い!」


それでもアリアはずんずん門へ向かった。

ルシェは一度空を見上げてから、諦めたようについていく。

セブンも無言で続く。


門番のひとりが、三人を見るなり顔をしかめた。


「止まれ」


「こんにちは!」

アリアが元気よく言う。


「……お前だけ通っていい」


「早いなあ判断が!」


「後ろの二体は駄目だ」


「二体って言い方ひどくない?」


「事実だろ」


ルシェの瞳が細くなる。

危ない気配を感じたのか、アリアはすぐ前に出た。


「えっとですね、この二人は危険じゃありません」


「そう言って危険じゃなかった試しがない」


「いやほんとに! 魔物のほうは口は悪いけどわりと理性的で、機械のほうは空気読めないけどすごく真面目で――」


「紹介の仕方」


「褒めてるのよね、それ」

ルシェが低く言う。


門番はまるで取り合わなかった。


「町長命令だ。先月、魔物に家畜小屋を荒らされた。二週間前には機械兵が夜襲をかけた。今は一切通さない」


アリアの勢いが、少しだけ削がれる。


「……事情があるのは分かる。でも、この二人は違う」


「証明できるのか?」


その言葉で、昨日の物置を思い出した。

証明。

それが一番難しい。


目の前で助けられた自分には分かっても、他人には分からない。

旅はきっと、ずっとこれの繰り返しだ。


ルシェが一歩前に出た。


「もういい。時間の無駄」


「でも!」


「日が落ちる前に野営場所を探したほうがマシよ」


セブンも続ける。


『同意。町内潜入を強行した場合、被発見率が高い』


「うぅ……」


門番は露骨にほっとした顔をした。

だがその時、もうひとりの門番がセブンを見て眉をひそめる。


「待て。その機械、どこかで見た型だな」


『回答拒否』


「拒否するな!」


門番の片方が槍を構える。

周囲の空気がぴりついた。


「ちょ、ちょっと待ってってば!」

アリアが両手を広げる。


「下がれ、人間の娘。そいつが機械軍の斥候なら、この場で壊す」


ルシェの気配が変わった。

外套の奥で、剣の柄に指がかかる。


アリアは慌てて叫ぶ。


「壊すとか言わないで! セブンは私の仲間だから!」


門番が鼻で笑う。


「人間が機械を仲間呼ばわりか。頭でも打ったか?」


次の瞬間、金属音が響いた。


門番の槍の穂先が、地面に転がっていた。


切ったのはルシェだ。


抜いたのが見えないほどの速さだった。

彼女は笑っていない。

いや、怒っているというより、温度が消えていた。


「今のは警告よ」

ルシェが静かに言う。

「次にそいつを壊すって言ったら、腕から切る」


門の上の見張りが騒ぎ始める。

他の門番たちも集まりかけていた。


「ルシェだめ!」

アリアが彼女の前に飛び込む。

「ここで戦ったらもっと面倒になる!」


「もう十分面倒よ」


『周囲の警戒度、急上昇。撤退を提案』


「っ、わかった!」


三人は一度門から離れた。

怒号が飛ぶ。

追ってくる様子はないが、完全に目をつけられたのは間違いない。


町外れの林まで来たところで、アリアは大きく息を吐いた。


「はあぁぁ……交渉って難しい……」


「今のは交渉じゃなくて火種」

ルシェが言う。


「途中まではいい感じだったのに!」


『途中から悪化した』


「セブン、追い討ちって知ってる?」


『学習中』


ルシェは木にもたれ、目を閉じた。


「……今夜は野宿ね」


「ええええ」


「何よ、その“世界の終わり”みたいな声」


「野宿したことないもん!」


「旅を始める前に知っておきたかった情報だわ」


アリアは本気で青ざめた。

寝床は? お風呂は? ご飯は? 虫は?

宿屋育ちの彼女にとって、野宿は半分災害である。


セブンが真面目に手を挙げる。


『提案。簡易テント設営は可能』


「ほんと!?」


『布と縄が必要。なお快適性は保証しない』


「最後で全部台無し!」


ルシェは、心底どうでもよさそうに言った。


「その辺の木の下でも寝られるわよ」


「寝られない人類もいるの!」


「面倒ねえ……」


とはいえ、選択肢はない。

三人は林の奥へ入り、焚き火の跡が残る古い野営地を見つけた。


アリアは荷物を下ろしながら、じわじわと気持ちが沈んでいくのを感じていた。


旅立ってまだ一日。

最初の町にすら入れない。

宿も取れない。

説得も失敗した。


世界平和どころか、今夜の寝場所すら怪しい。


「……向いてないのかな、私」


ぽつりと漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。


ルシェが焚き火の準備をしていた手を止める。

セブンのレンズも、ゆっくり彼女を向いた。


「向いてるやつなんていないわよ」

ルシェが言う。


「え?」


「人間と魔物と機械の戦争を止めるのに、最初から向いてるやつなんていると思う?」


アリアは少しだけ目を見開く。


ルシェは枝を焚き火にくべながら、続けた。


「向いてるかどうかじゃなくて、やるかどうかでしょ。お前、そういうことを言うやつだと思ってたけど」


「……」


『補足』

セブンが入る。

『ベルンでの発言、および本日の行動から判断するに、アリアは撤退より継続を選ぶ確率が高い』


「慰めなのか分析なのか分かんないけど、ありがとう」


少しだけ笑うと、胸の奥の重さが和らいだ。


その時。


焚き火の向こう、木々の隙間から、誰かがこちらを見ていた。


小柄な影。

帽子を深くかぶり、背中に大きな荷袋を背負っている。


「……誰?」

アリアが身を固くする。


影はひょいと手を上げた。


「旅人にしては、えらく騒がしい連中だと思ってな」


子どもみたいな背丈。

だが目つきは妙に大人びている。


そいつは林から出てきて、にやりと笑った。

緑がかった肌、長い耳、工具だらけのベルト。


ゴブリンだった。


「しかも面白い。人間、魔物、機械が一緒とか。そりゃ門前払いもされるわ」


ルシェが即座に剣に手をかける。


「敵?」


「早いなあ。自己紹介くらいさせろよ」

ゴブリンは肩をすくめた。

「俺はモグ。商人で、技師で、情報屋。あと臨機応変に善人」


「最後が信用できない!」

アリアが言う。


「信用できる情報屋なんているかよ」


『合理的見解』


「セブン!?」


モグはセブンを見て、目を丸くした。


「おいおい、その型……第七系統か? 珍しいな。まだ動いてるやつがいたのか」


セブンが一歩前に出る。


『識別不能個体に情報開示は行わない』


「慎重だな。気に入った」


モグはひょいと近くの切り株に座った。


「で、お前ら。町に入りたいんだろ?」


「入りたい」

アリアが即答する。


「宿も欲しい」

少し食い気味である。


「だろうなあ、その顔は」

モグは笑った。

「なら、ひとつだけ方法がある」


ルシェが疑わしそうに目を細める。


「聞くだけ聞く」


「リグナには表の宿と裏の宿がある。表は人間向け。裏は、表に入れない連中向けだ」


「裏の宿?」

アリアが首を傾げる。


「密輸商、傭兵崩れ、追放者、怪しい研究者、偽名の旅人。町の連中が“いないことにしてる客”が集まる場所さ」


「ものすごく泊まりたくない響き」


「でも、お前らにはちょうどいい」


それは、たしかにそうだった。


アリアは少し迷ってから聞く。


「……危なくない?」


モグはにやっとした。


「表よりは正直だ」


焚き火がぱちりと鳴る。

夕闇が林に落ちてくる。


アリアはルシェを見る。

ルシェはセブンを見る。

セブンは少しだけ間を置いてから言った。


『選択肢としては有効』


アリアは頷いた。


「案内して、モグ」


「もちろん」

ゴブリンは親指を立てた。

「ただし案内料は取る」


「やっぱり善人じゃない!」


「情報屋を善人だと思うなよ、宿屋の娘」


そうして三人――いや、四人になった奇妙な旅団は、

町の“裏側”へ向かうことになった。

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