第38話 救うための作戦は、だいたい綺麗じゃない
夜はまだ深い。
だが王都の中枢に近づくほど、闇は薄くなる。
灯りが多い。人が多い。
そして――兵が多い。
内政庁の一角、臨時拘束施設。
元は倉庫だった建物を、そのまま転用している。
入口は一つ。裏口が一つ。窓は高い位置に小さく。
外には兵が四人、巡回が二組。
「……思ってたより多い」
アリアが小声で言う。
「封鎖中だからな」
リオが屋根の上から答える。
ルシェはさらに高い位置、屋根の端で見下ろしている。
「中はもっといるわよ」
モグが工具を確認しながら笑う。
「いいじゃねえか。
派手にやれる」
「静かにやるんじゃなかったの?」
アリアが聞く。
「最初はな」
モグが肩をすくめる。
「途中から派手になるのはいつものことだ」
セブンが淡々と告げる。
『侵入開始から六十秒で撹乱展開可能』
グレンが全員を見る。
「最初に言っとく」
声が低い。
「全員は助けられねえ」
その言葉に、アリアの胸が少しだけ締め付けられる。
でも、目は逸らさない。
「……分かってる」
「ならいい」
グレンは頷く。
「目標は二つ。
ヴィグの確保と、混乱の中で逃がせる人数を最大化する」
「最大化って言い方、ちょっと嫌だなあ……」
アリアが言う。
「感情で動くと全滅する」
グレンが返す。
その通りだった。
裏口側。
モグとセブンが先行する。
鍵は新しい。
だがモグの手は迷わない。
「……はい開いた」
「早い!」
『内部構造、単純』
扉が静かに開く。
暗い通路。
湿った空気。
奥に灯り。
「行くぞ」
グレンが先頭に入る。
アリアも続く。
中は予想通りだった。
仮設の仕切り。
縄で区切られた収容スペース。
座らされている人々。
そして――兵。
「動くな」
低い声。
見つかった。
一人の兵が振り返り、こちらへ剣を向ける。
「侵入者――」
最後まで言わせない。
セブンが一瞬で距離を詰め、喉元へ手を当てる。
『沈黙を推奨』
「……っ」
兵は崩れる。
「よし」
グレンが短く言う。
だが、もう遅い。
奥で別の兵が気づく。
「誰だ!」
「来たな」
モグがニヤリとする。
「セブン!」
『了解』
次の瞬間。
白い煙が通路いっぱいに広がる。
同時に、耳をつんざく高周波音。
「な、なんだ!?」
「目が――!」
「聞こえ――!」
混乱が一気に広がる。
「今だ!」
グレンが叫ぶ。
アリアは走る。
煙の中。
咳き込みながら、収容区画へ。
人々が混乱している。
「動かないで!」
アリアが叫ぶ。
「助けに来た!」
その言葉に、数人が顔を上げる。
「ほんとか……?」
「ほんと!」
アリアは縄を切る。
一人。
二人。
三人。
でも――多い。
「……無理だ」
呟きそうになるのを、飲み込む。
「立てる人から外へ!
こっち!」
誘導する。
押し合う。
転ぶ。
泣く。
全部まとめて、引っ張る。
その中に――
「……あ」
ヴィグがいた。
壁にもたれ、動けない状態。
「ヴィグさん!」
「……来たのか」
声が弱い。
でも、意識はある。
アリアはすぐ肩を貸す。
「行こう!」
「……無茶をする」
「お互い様でしょ!」
ヴィグが苦く笑う。
その瞬間、奥から怒声。
「鎮圧しろ!」
兵が増えている。
煙の中でも、動けるやつがいる。
「アリア!」
グレンが叫ぶ。
「時間だ!」
つまり、限界。
アリアの目の前には、まだ人がいる。
手を伸ばしてくる人。
「待って!」
「助けて!」
その声。
アリアの足が止まる。
――全員助けたい
でも
――無理だ
その現実が、胸を引き裂く。
「……っ」
ヴィグの体が崩れかける。
グレンの声。
「決めろ!」
アリアは――
歯を食いしばる。
「……動ける人は走って!!」
声を張る。
「動けない人は――」
言葉が詰まる。
言えない。
置いていくなんて。
でも、言わなきゃ。
「……次、必ず来るから!」
それが精一杯だった。
嘘かもしれない言葉。
でも、今はそれしか出なかった。
外へ出る。
夜の空気が肺に入る。
逃げる。
走る。
曲がる。
転びそうになりながら、全員で離脱する。
背後で怒号が響く。
だが追撃は限定的。
混乱が効いている。
安全圏へ入った頃、やっと止まる。
全員、息を切らしている。
「……数は?」
グレンが聞く。
リオが数える。
「……九人」
少ない。
でもゼロじゃない。
モグが言う。
「上出来だろ」
その言葉に、誰もすぐ頷けなかった。
アリアはヴィグを支えたまま、座り込む。
「……助けられなかった」
小さく言う。
誰も否定しない。
ルシェが静かに言う。
「助けたでしょ」
「……でも、残った」
「全部は無理よ」
分かってる。
でも、納得はできない。
ヴィグが弱い声で言う。
「……いい判断だ」
アリアが顔を上げる。
「どこが……」
「全員助けようとして、全員死ぬより……
一人でも外に出した方が意味がある」
「……っ」
「それに」
ヴィグは少しだけ笑う。
「ちゃんと来た。
それで十分だ」
その言葉で、少しだけ救われる。
ほんの少しだけ。
工房へ戻る。
助けた人たちは震えている。
泣いている。
でも、生きている。
アリアは写しを握りしめる。
これのせいで、誰かが苦しんだ。
でも、これがあるから、止められるかもしれない。
その両方を抱えたまま、進むしかない。
グレンが言う。
「……もう完全に目つけられたな」
リオも頷く。
「王都側は“敵認定”してくる」
ルシェが静かに笑う。
「やっと本番ね」
モグが肩を回す。
「いいじゃねえか。
でかい敵の方が燃える」
アリアは少しだけ顔を上げる。
怖い。
でも、逃げない。
「……やるよ」
その声は、前より強かった。
「今度は、もっとちゃんとやる」
誰も笑わない。
でも、全員が頷いた。




