第33話 作戦会議は、真面目に始まってだいたい途中で揉める
その夜、一行は南区の外れにある古い工房跡へ集まっていた。
表向きは廃業した水車部品工房。
今は半分崩れた壁と、埃だらけの作業机が残るだけだ。
だが人目につきにくく、機械を隠すにも十分な広さがある。
王都での即席拠点としては悪くなかった。
中央の大机には、モグが広げた雑な地図と、エリオットが持ち込んだ正式な区画図、それからパンくずが並んでいた。
「パンくずいらなくない?」
アリアが聞く。
「必要だ」
モグは真顔で答える。
「これは書庫の守衛だ」
「パンくずが?」
「想像しろ」
「想像しづらいよ!」
モグは勝手にパンくずで配置を作り始める。
どうやら大きい欠片が扉、小さい欠片が人、細長いパンの皮が廊下らしい。
セブンが横で冷静に言う。
『視認性が低い』
「心で見ろ」
モグが返す。
『非推奨』
「お前ほんとそういうとこだぞ」
グレンが面倒そうに地図へ身を乗り出す。
「……で、南書庫はどこだ」
エリオットが区画図の一点を指した。
「ここです。
軍務院南棟の地下一階。
普段は補給・運用・調達関連の文書保管庫ですが、白塔関連予算の一次写しも通る可能性が高い」
リオが眉をひそめる。
「可能性、か」
「確定情報ではありません」
エリオットは正直に答える。
「ただ、別館で見つけた再配分番号が軍務院系の形式だった。
追認文書より前の命令系統を辿るなら、南書庫が最も自然です」
ルシェが腕を組む。
「問題は“どうやって入るか”ね」
「そこだよなあ」
アリアが頷く。
「議会別館みたいに“補助員です”で入れる感じじゃないよね」
「無理だ」
グレンが即答する。
「即答!」
「軍務院は議会よりずっと閉じてる。
しかも今、白塔の件で警戒が上がってる」
モグがパンくずの守衛を二つ追加した。
「だから正面は捨てる。
裏か、下か、上だ」
「上って何」
アリアが聞く。
「屋根」
「書庫に屋根から!?」
「できなくはない」
ルシェが淡々と言う。
「私とグレンなら」
「でも私とエリオットさんは?」
「落ちるわね」
「だよね!」
セブンが別案を提示する。
『南棟地下には古い換気導管網が存在する可能性がある』
モグの目が光る。
「お、いいなそれ!」
『ただし人間が通れる保証はない』
「急に現実」
エリオットが区画図の隅を指す。
「ここです。
南棟の裏手に、旧配管管理口があります。
現在は閉鎖扱いですが、完全封鎖ではないかもしれない」
モグがにやりとする。
「管理口、好き」
「私は好きじゃない」
アリアが言う。
「こういう時だけは好きになれ」
「無茶言うなあ」
グレンが机を軽く叩く。
「整理するぞ。
目的は三つだ」
彼が指を折る。
「一つ、白塔関連の原命令か、少なくとも再配分の元文書を押さえる。
二つ、アルヴェインの関与が分かる署名、追認印、伝達記録のいずれかを確保。
三つ、無理なら生還優先」
アリアがちょっと嬉しそうに言う。
「最後がちゃんと入ってる」
グレンは嫌そうな顔で答える。
「前回入れとかなかったら危なかっただろうが」
「そこはすごくありがとう」
ルシェが静かに言う。
「人選は?」
少し沈黙が落ちる。
全員が全員、適正はある。
でも全員で行けば目立つ。
少数すぎれば対応力が足りない。
最初にモグが言った。
「俺は行く。
鍵、導管、罠、雑な機構、全部必要だ」
セブンが続く。
『同行を提案。
索敵、制圧、記録補助が可能』
グレンも当然のように頷く。
「俺もだ」
ルシェは椅子にもたれたまま言う。
「なら私は外。
出入口か、逃走経路の確保に回る」
「え、ルシェ来ないの?」
アリアが聞く。
「狭い地下に人数詰め込みすぎると動けない。
それに、外で一番厄介な役をやれるのは私でしょ」
それはたしかにそうだった。
追手が出た時、一人で足止めするならルシェが最適だ。
リオが顎へ手を当てる。
「俺は内か外、どっちでも」
「外だな」
グレンが言う。
「街側の変化を見るやつがいる。
退路が潰れたら意味がねえ」
リオはすぐ頷いた。
「了解」
残るは――アリアとエリオット。
全員の視線が自然に向く。
「……やっぱり私、行く流れ?」
アリアが聞く。
「行く」
グレンが言う。
「即決!」
「お前が文書の重要度を見分けられるかは怪しいが、白塔由来の単語や違和感には一番勘が働く」
「褒められてる?」
「半分な」
エリオットも頷いた。
「同意します。
私も同行が必要です。
軍務院書式や保管分類は私が一番分かる」
モグが地図に印をつける。
「決まりだな。
潜入班はアリア、グレン、エリオット、俺、セブン。
外支援がルシェ、リオ、四号。
ミナとネムは残置」
ミナがむっとした顔をする。
「……わたし、るすばんばっかり」
アリアは少ししゃがんで目線を合わせた。
「ごめん。
でも、ミナがいてくれるとここが“帰る場所”になるから」
ミナはちょっと考え込んで、それから小さく頷いた。
「……じゃあ、まもる」
ネムも荷箱の陰から言う。
『……留守防衛、実施……』
「頼もしい……」
アリアがしみじみ言う。
作戦は、エリオットの知識とモグの発想力とセブンの索敵で少しずつ形になっていった。
軍務院南棟は、日中は人が多い。
夜は閉鎖されるが、そのぶん巡回が固定される。
つまり“予測できる”のは夜だ。
「夜間潜入、管理口から導管沿いで地下へ」
リオが手帳にまとめる。
「管理口の鍵は?」
アリアが聞く。
モグが笑う。
「鍵があるなら開ければいい。
ないなら作ればいい」
「雑すぎない?」
「技術者はだいたいそうだ」
『補足。
管理口が追加封鎖されていた場合、開口に三分から九分』
セブンが言う。
「九分もかかるの!?」
『状態次第』
「その“状態次第”が怖いんだよ」
エリオットは別の懸念を挙げた。
「書庫内部には文書番が一人いる可能性があります。
夜間でも完全無人ではない」
「寝かせればいい」
グレンが言う。
「言い方が怖い」
アリアがすぐ言う。
「殺すとは言ってねえ」
「でも寝かせるってたぶん乱暴なやつ!」
「状況による」
エリオットが真顔で言った。
「できれば傷を残さない方がいいです。
翌朝、“襲撃された”ではなく“何が起きたか分からない”方がこちらに有利です」
モグが感心したように言う。
「この人、たまにさらっと怖いな」
「王都では必要技能です」
エリオットが返す。
アリアは自分用のメモを見下ろした。
* 喋らない
* 走りすぎない
* 書類をちゃんと見る
* 無理なら撤退
* エリオットさんを置いてかない
* 自分も置いてかれない
「なんか小学生の遠足の持ち物みたいになってる」
アリアが呟く。
ルシェが横から覗く。
「でも必要なことしか書いてないわね」
「そう?」
「ええ。
王都で失敗する人間って、大体“自分はうまくやれる”って思いすぎるのよ」
アリアは紙を折りたたむ。
「私は全然思ってない。
今も普通に怖い」
ルシェは少しだけ目を細めた。
「それなら、たぶん大丈夫」
その言葉は、不思議と少し安心した。
工房跡での会議が終わり、各自が装備や道具の確認に散った頃だった。
外はもう暗い。
王都の夜は遅くまで灯りがあるが、それでも路地裏は十分に闇が濃い。
アリアは工房の隅で白旗の布を巻き直していた。
今回は持って行かない。
でも置いていくのも、妙に落ち着かない。
その時、表の扉が二回、静かに叩かれた。
全員の空気が一変する。
グレンが無言で立ち上がり、ルシェが反対側へ回る。
セブンが灯りを落とし、モグが工具を握る。
アリアはミナを庇う位置へ。
もう一度、二回。
「誰だ」
グレンが低く問う。
扉の向こうから女の声が返る。
「……話をしに来ただけ。
開けなさい、とは言わないわ」
その声に、エリオットが顔色を変えた。
「まさか」
「知ってる人?」
アリアが聞く。
エリオットは低く答える。
「マルグリット・ヴェインです」
空気がさらに重くなる。
なんでここが割れた。
どうして。
嫌な予感しかない。
グレンが扉越しに言う。
「帰れ」
「帰ってもいいけど、その前に一つ言っておくわ」
マルグリットの声は落ち着いていた。
「明日の夜、軍務院南棟の巡回が一班増える。
西側の管理口も確認対象になる」
全員が固まる。
モグが小声で言う。
「……なんで知ってる」
エリオットは唇を引き結ぶ。
「書記局次席補佐は、治安局より情報が早いことがある」
扉の向こうのマルグリットは続ける。
「私が何者か、何を知っているか、疑うのは自由よ。
でも、あなたたちが明日そのまま動くなら失敗する」
グレンは剣に手をかけたまま問う。
「敵じゃねえって言いたいのか」
「そこまで親切じゃないわ」
彼女は即答した。
「ただ、アルヴェインが得をする形は気に入らない。それだけ」
エリオットが静かに言う。
「……兄上の件、知っていたんですか」
扉の向こうで、少しだけ沈黙があった。
「知っていたわ」
マルグリットは答える。
「あなたが勝手に一人で掘っているつもりでも、見ている人間はいる」
アリアは小さく息を呑む。
王都は本当に、静かな顔で色々見ている。
ルシェがグレンへ目配せする。
開けるか、開けないか。
グレンは少し考え、それから扉を半分だけ開いた。
外灯の届かない路地に、マルグリットが一人で立っていた。
昼間と変わらず整った服装。
ただし今日は書類束を持っていない。
代わりに、革手袋をはめている。
「単独?」
グレンが聞く。
「そう見えるならそうなんじゃない?」
マルグリットが返す。
「答えになってねえ」
「王都の人間は、全部答えたら死ぬのよ」
アリアは思わず思った。
この人、レインと同じ種類の厄介さがある。
でも方向は少し違う。
もっと冷たくて、もっと割り切っている感じだ。
マルグリットは視線を工房内へ滑らせた。
アリア、モグ、セブン、ミナ、ネム、四号。
見て、理解して、でも驚いた顔はしない。
「ずいぶん賑やかな一団ね」
「感想が落ち着いてるなあ」
アリアが呟く。
「昼間見た時点でだいたい察してたわ」
マルグリットが言う。
「セイン書記官が、いきなりあんな不自然な補助員を連れてくるなんて珍しいもの」
「不自然って言われた」
アリアが傷つく。
「でも生きて帰った。
それは評価してる」
「褒め方が独特!」
マルグリットはそこで本題へ戻った。
「明日の南棟潜入、やめるか、経路を変えなさい。
西管理口は見張られる。
代わりに使うなら、南排水路の旧点検口」
モグが前のめりになる。
「そんなのあるのか?」
「あるわ。
正式図面からは外されたけど、古い修繕記録には残ってる」
エリオットが眉を寄せる。
「なぜそんな情報を」
「書記局次席補佐だから」
マルグリットは平然と言う。
「それと、昔ちょっとだけ真面目に仕事をしたから」
皮肉なのか本気なのか分からない。
グレンが睨む。
「代わりに何を、、」
マルグリットは少しだけアリアを見る。
その視線は昼間ほど刺々しくない。
でも相変わらず油断できない。
「白塔の件。
あなたたちが掴んでいる事実のうち、いずれ表に出すつもりのものを、私にも共有して」
「いずれ、ってずるくない?」
アリアが言う。
「今すぐ全部渡せとは言ってないだけ良心的よ」
「王都の良心、基準低いなあ……」
マルグリットはほんのわずかに口元を緩めた。
笑った、というほどではない。
でも少なくとも、こちらを完全な道具とは見ていない顔だった。
エリオットが慎重に言う。
「信用はできません」
「私もあなたを全面的には信用していないわ」
マルグリットが返す。
「でも、アルヴェインの帳簿処理が妙だと気づいてから三年、私は一人で爪を研いでいた。
そこへ白塔が爆ぜた。
乗る価値がある流れなら、私は乗る」
グレンが吐き捨てる。
「王都の連中は、ほんとに腹の中そのまま出さねえな」
「出したら喰われるもの」
マルグリットは静かに言う。
その言葉に、少しだけ本音が混じっていた。
アリアは白旗の布を握ったまま考える。
敵かもしれない。
利用されるかもしれない。
でも、この人もまた、王都の中で別のやり方で戦ってきたのだろう。
そして何より――
このままの作戦では危ない。
それはたぶん本当だ。
アリアはゆっくり口を開く。
「……情報、あとで返す。
でも今は、点検口の場所を教えて」
グレンが横目で見る。
ルシェも黙っている。
止めないということは、任せるということだ。
マルグリットは少しだけアリアを見て、それから頷いた。
「いいわ」
彼女は懐から小さな紙片を出し、工房の机に置いた。
そこには簡素な地図と、細い線で旧排水路への経路が描かれている。
「ここ。
ただし、水位が上がる時刻だけは避けて」
モグが紙片をひったくるように見て、目を見開いた。
「……本物だ」
セブンも確認する。
『線形一致率高。
虚偽の可能性は低い』
マルグリットは踵を返す前に、最後に言った。
「一つだけ忠告。
軍務院南書庫には、文書より厄介なものがある」
「何?」
アリアが聞く。
「“文書を守るための人間”よ」
それだけ残して、彼女は夜の路地へ消えた。
扉が閉まり、しばらく誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのはモグだ。
「……王都、情報屋の質が高えな」
「嬉しくない高さだよ」
アリアが言う。
エリオットは紙片を見つめたまま言う。
「マルグリットが動くとは思っていませんでした」
「信用できる?」
リオが聞く。
「全面的には無理です」
エリオットは即答した。
「でも、嘘だけを言う人でもない」
グレンが鼻を鳴らす。
「一番面倒なタイプだな」
「あなたが言います?」
ルシェが返す。
「俺は分かりやすい方だ」
「そうでもないわよ」
アリアは机の地図を見つめた。
西管理口は駄目。
代わりに南排水路の旧点検口。
水位制限あり。
そして“文書を守る人間”。
「……ねえ」
彼女が言う。
「これ、もうただの潜入じゃなくない?」
モグがにやっと笑う。
「今ごろ気づいたか。
これは奪取作戦だ」
「言い方が急にかっこよくなった!」
「中身は泥くさいけどな」
グレンが地図へ手を置く。
「よし。
経路変更だ。
旧排水路から入り、地下保守路を抜けて南書庫裏手へ。
表の巡回は避ける。
帰りは同経路か、無理なら北の搬出口を強行」
エリオットがすぐ補足する。
「北搬出口は最終手段です。
あそこを使えば、次から軍務院全体が封鎖される」
「次がある前提で言うのやめて怖いから」
アリアが言う。
ルシェは立ち上がり、剣帯を締め直した。
「じゃあ、外側の配置も変えましょう。
排水路出口と、北搬出口の両方を見られる位置を取る」
リオも頷く。
「路地と屋根、両方いるな」
四号が低く告げる。
『外周警戒、遂行可能』
ネムも小さく言う。
『……留守、防衛継続……成功率向上……』
ミナが胸を張る。
「……ここ、わたしがまもる」
アリアはその頼もしさに少し笑う。
「うん、お願い」
作戦は更新された。
危険も増えた。
でも進むしかない。
王都の夜は静かに深まっていく。
その静けさの下で、それぞれが準備を整えていた。
モグは工具を並べる。
セブンは経路を再計算する。
グレンは剣の手入れを無言で続ける。
エリオットは記憶だけで軍務院の保管分類を書き出す。
ルシェとリオは外の見張り位置を確認し、四号は出入口を再点検する。
アリアは、少し離れたところで白旗に手を置いた。
今回は持っていかない。
でも、置いていくことに意味がある気もした。
白旗は、ただの武器でも鍵でもない。
帰る場所の印みたいなものだ。
「……ちゃんと帰ってくるから」
小さくそう言うと、後ろからグレンの声がした。
「誰に言ってる」
「旗」
「変なやつだな」
「今さら?」
「今さらだ」
その短いやり取りで、少しだけ気持ちが軽くなる。
明日、軍務院南書庫へ入る。
紙の山の奥から、王都の嘘をもう一枚剥がすために。
そしてたぶん、そこにはまた新しい敵が待っている。




