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29話 王都南水門

その日の夕方、王都の外縁が見えた。


遠くからでも分かる大都市だった。


高い外壁。

複数の塔。

西日に染まる尖塔群。

城の影。

運河と水門と橋の網の目。

王都アストレア――王国の中心にして、あらゆる権力が詰まった街。


アリアは荷台の上からその景色を見上げた。


「……大きい」


「飲み込まれるなよ」

グレンが言う。


「先に言わないで怖いこと」


「怖い場所だからだ」


王都正門ではなく、彼らが向かったのは南の水運区。

巨大な荷揚げ場と倉庫街に隣接した、実務用の水門だ。


ここは正門ほど華やかじゃない。

その代わり、人も荷も多い。

雑多で、油断もある。

レインが通行札を渡した理由が分かった。


門番は疲れた顔の事務官と、気の短そうな兵士二人。

荷の出入りが多く、ひとつひとつ丁寧には見ていられない様子だ。


リオが前へ出て通行札を出す。

帳簿係の格好がここで生きた。


事務官が札を見て眉を上げる。


「水運区第三荷役組合の一時通行札……どこで手に入れた」


「グラヌの荷役仲介所です」

リオが落ち着いて答える。

「王都南倉庫へ入る予定でしたが、途中で荷の一部を振り替えるよう指示を受けて」


「証文は」


モグが即座に紙束を差し出す。


偽造だ。

たぶんかなり雑だ。

でも遠目にはそれっぽい。

そして、夕方の忙しい水門でそこまで精査している余裕はなさそうだった。


事務官は流し見し、疲れたように息をついた。


「……荷が多いな」


「仕事熱心なんで」

モグが笑う。


「そうは見えない」


「ひどい」


兵士の一人がルシェを見て眉をひそめる。


「魔物を連れてるのか」


グレンが無愛想に答える。


「雇いだ。

腕は立つ」


ルシェが横から言う。


「不満?」


兵士は一瞬むっとしたが、事務官が先に口を挟んだ。


「いい。

今は人手不足だ。

ただし問題を起こしたら全員まとめて放り出す」


アリアは心の中で叫ぶ。


また勢いで通れそう!


事務官は最後にセブンと四号を見た。


「その機械、登録印は」


『簡易荷役補助機、及び警備機として運用中』

セブンが平坦に答える。


事務官は嫌そうな顔をした。


「喋るのか……」


「最近のは高機能で」

モグがすかさず言う。


「高機能すぎるだろ」


でも結局、日没前の混雑が勝った。

事務官は面倒そうに手を振る。


「入れ。

南倉庫区を出る前に一度、区画札を受け取れ」


通った。


本当に通った。


アリアは心の中で何度目か分からない安堵を噛みしめる。


王都アストレア

敵の中心。

権力の巣。

そして、次の舞台。


だが入れたから終わりではない。

入ってからが本番だ。


南倉庫区は、グラヌよりずっと大きく、騒がしく、雑多だった。

荷車。倉庫。怒鳴る荷役。帳簿を抱えた役人。

水路を行く小舟。

路地裏で取引する怪しい商人。

鼻をつく油と湿気の匂い。


「うわ……」

アリアが圧倒される。


「ここだけで一つの街だな」

リオが周囲を見回す。


「王都はこういう“綺麗じゃない場所”で回ってるのよ」

ルシェが言う。


グレンは短く言った。


「まずは宿。

次にエリオットを探す」


「その人、どこにいるの?」

アリアが聞く。


その問いに答えたのは、意外にもセブンだった。


『議会書記官エリオット・セイン。

過去の公文記録において、南区《葦羽亭》を私的な面会場所として複数回使用』


全員がセブンを見る。


「なんで知ってるの」

アリアが聞く。


『王都公文補助網への残存接続が一部回復した』


「それ便利すぎない!?」


『褒め言葉として受理』


モグが感心したように言う。


「白心を変えた副産物か……

これはでかいな」


グレンは短く頷く。


「なら《葦羽亭》だ」


その時だった。


倉庫区の入口側で、ざわめきが起きる。


「道を開けろ!」

「軍務院の伝令だ!」

「緊急布告、緊急布告!」


荷役人たちが一斉に脇へ寄る。

馬を飛ばしてきた伝令兵が、広場中央で布告を読み上げた。


「本日未明、王都外縁街道にて不審な武装集団による軍務院連絡員襲撃事件が発生!

犯人は魔物を含む旅商隊の一味とみられる!

各区門は検分を強化し、該当者を発見次第――」


アリアたち全員が固まる。


「うわ、早い!」

アリアが小声で言う。


「想像の三倍早いわね」

ルシェも言う。


グレンはもう周囲を見ていた。


「動くぞ。

顔を上げるな」


だが、その布告の続きを誰より早く拾ったのはリオだった。


「……待て」


「え?」

アリアが聞く。


リオは耳を澄ませる。


「“旅商隊の一味とみられる”……つまり特定できてない。

しかも、軍務院連絡員襲撃って表現にしてる。

黒鴉じゃなく、軍務院が表に出てきてる」


モグの目が光る。


「それ、つまり」


「向こうが焦ってる」

リオが言う。


グレンも低く頷く。


「白塔の件を公にできねえから、街道襲撃だけ切り取ってるんだ」


アリアは心臓の音を聞きながらも、少しだけ唇を噛む。


敵はもう動いている。

でも、その動きには無理もある。

隠したいことが多いからだ。


だったら、そこを突ける。


「《葦羽亭》へ行こう」

アリアが言う。


今度は誰も反対しなかった。



《葦羽亭》は、南区と中区の境目にある小さな茶館兼宿屋だった。


倉庫区の喧騒から少し離れ、古い石壁に蔦が絡む地味な建物。

いかにも“表向き目立たないが、内々の話には便利”という空気がある。


「こういう場所、絶対なんかあるよね」

アリアが言う。


「逆に何もなかったら驚く」

モグが答える。


店内は静かだった。

夕暮れ時なのに客は少ない。

奥に年配の店主、窓際に本を積んだ細身の青年が一人。


その青年は、どう見ても強くなかった。


薄い茶色の髪。

整ってはいるが頼りない顔立ち。

細い指。

眼鏡。

机の上には書類の束と、冷めかけた茶。


アリアが小声で言う。


「え、あの人?」


リオが小さく頷く。


「たぶん」


青年はこちらに気づき、目を上げた。

そして一行を見て、ほんの一瞬だけ完全に固まった。


そりゃそうだ。


アリアはそっと近づく。


「あの……エリオット・セインさん?」


青年は眼鏡を押し上げた。


「……はい」


声も細い。

本当にこの人で大丈夫なのかと、全員がたぶん同時に思った。


アリアはさらに小声になる。


「白塔の件で、少しお話が」


エリオットの持っていた茶杯が、かちゃんと鳴った。


「……誰の紹介で?」


そこで全員が少しだけ詰まる。


レインの名を出すのは危険だ。

でも隠して変に探られるのも困る。


アリアは少し考え、正直に、でも全部は言わず答えた。


「王都の内情を知ってる人から」


エリオットは目を細めた。

弱そうに見えるのに、その一瞬だけ視線が鋭い。


「随分と曖昧ですね」


「こっちも命がけなので」


エリオットはアリアを見て、次にルシェ、セブン、グレンの順に見た。

その視線は、見た目以上に情報を拾っている。


やがて彼は小さく息を吐いた。


「……座ってください。

ただし、長くは話せません」


グレンが低く言う。


「監視されてるのか」


「ええ」

エリオットはあっさり認めた。

「主に軍務院と、たまに議会内の同僚に」


「地獄だな」

モグが呟く。


「慣れますよ」

エリオットは少しだけ笑った。

「嫌な慣れですが」


アリアたちは席につく。

茶が運ばれる。

そしてこの、頼りなさそうな書記官が、第二巻の鍵を握る一人なのだと全員が理解し始める。


エリオットは声を落とした。


「先に確認します。

あなた方は、白塔で何をしたんですか」


アリアは白旗の包みを膝の上で握る。


ここが次の分岐だ。


王都の中で、初めて“真実を渡す価値があるかもしれない相手”と話す。

でも、渡し方を間違えれば終わる。


アリアはゆっくりと息を吸い、答えた。


「壊さずに、止めました」


エリオットの瞳が、初めてはっきりと揺れた。


「……それは、

王都をひっくり返しかねない話ですね」


アリアは小さく頷く。


「うん。

だから、ひっくり返す相手を間違えたくない」


エリオットはしばらく彼女を見ていた。

そしてやがて、静かに笑った。


「思ったよりずっと危ない人ですね、あなた」


「よく言われる」


「今初めて言いました」


少しだけ、空気がやわらぐ。


けれどその瞬間、店の外で靴音が止まった。

複数。

整った足音。


セブンが低く告げる。


『外部に武装反応。

三……いや、五』


ルシェがもう剣の位置を確認している。

グレンは顔をしかめ、エリオットは茶杯をそっと置いた。


そして店の扉が、静かに開いた。


入ってきたのは王都治安局の制服を着た男たち。

先頭の男が店内を見渡し、穏やかに言う。


「失礼。

議会書記官エリオット・セイン殿に、少しお話を」


空気が、また変わる。


王都はやっぱり甘くない。

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