第28話 偽装って言うけど、だいたい雰囲気と勢いになる
グラヌを出る準備は、その日のうちに始まった。
ただし“王都へ向かう”と一言で言っても、白塔帰りの一行がそのまま入れるほど王都は甘くない。
南水門を通るためには、少なくとも荷役の同行者らしく見えることが必要だった。
そして今、《青鐘亭》の二階の一室は、即席の偽装工房になっていた。
「で、なんでこうなるの」
アリアが鏡の前で固まっている。
モグが胸を張る。
「荷役商会の下働き風だ」
「風すぎる!」
アリアの服装は、いつもの旅装より地味な麻布の上着に、動きやすいズボン。
髪は高い位置でひとつにまとめられ、白旗は長い布で包まれて“組み立て前の看板棒”ということにされていた。
派手ではない。
むしろかなり地味だ。
でもアリア自身が元々目立つタイプなので、地味にしても完全には隠れない。
ルシェはもっとひどかった。
暗い色の外套を羽織り、角を目立たないよう布で覆い、剣も布包みにしている。
「……似合わない」
アリアが正直に言った。
「知ってる」
ルシェは不機嫌そうだ。
「でも街に入るためよ」
「うん、でもなんか、“怒ってる未亡人”みたい」
「誰がよ」
「ごめん今のは怒られると思った」
「当たり前でしょ」
リオは帳簿持ち兼案内役という設定になったらしく、眼鏡までかけていた。
丸い細縁眼鏡。
本人はかなり嫌そうだが、驚くほど似合っている。
「……なんか腹立つくらい様になってる」
アリアが言う。
「自分でもちょっとそう思う」
リオが苦々しく答えた。
グレンはもっと単純だった。
髭を少し伸ばし、古い荷役外套を着ただけ。
「いやそれ偽装っていうか、もともとそういう人に見える」
アリアが言う。
「褒めてんのか?」
グレンが聞く。
「微妙」
「微妙なら黙っとけ」
モグはというと、最初からどう見ても“細工師”だったのでほぼ変化なし。
本人いわく「俺だけ完成されてる」らしい。
そして問題は機械組だった。
セブンは旅荷の一部として覆い布を被せる案が出たが、本人が「視界確保に支障」と却下。
結局、簡素な荷運び機械に偽装するため、外板の一部に木枠と布を取りつけることになった。
「どうだ」
モグが得意げに言う。
「……露店をそのまま歩かせてるみたい」
アリアが言う。
『機動性は低下したが、外見的には一般機械体に近似した』
セブンが冷静に評価する。
「本人がそう言うならまあ……」
四号はさらに大きいので、運搬警備機という名目で荷車の後方につける。
ネムは完全に荷箱の中だ。
『……箱、狭い……』
ネムの小さな声が聞こえる。
「ごめんね、もう少しだけ我慢して」
アリアが箱を撫でる。
『……了解……でも少し……暗い……』
「かわいそう……」
「だから言ったのよ、あの子だけでも中で抱いて運べばって」
ルシェが言う。
「それやると逆に目立つんだよ!」
モグが返す。
ミナはアリアと同じ商会の子ども手伝いという設定で、荷車の前席へ。
本人はやや緊張していたが、アリアが隣に座ると少し落ち着いたようだった。
「……おうと、こわい?」
ミナが聞く。
「うん、たぶん怖い」
アリアは正直に答えた。
「でも、怖いって分かってるとちょっとだけ準備できるから」
ミナは考え込んで、それから頷いた。
「……じゃあ、わたしも準備する」
「何を?」
「こわくても、ないても、あるく」
アリアは目を丸くし、それからふっと笑う。
「……うん。
それ、すごく大事」
その会話を聞いていたグレンが、小さく鼻を鳴らした。
「ガキの方が腹くくってるな」
「アリア、たまに子どもに負けるわよね」
ルシェが言う。
「なんでみんな一言多いの!?」
翌朝、一行は荷車を引いてグラヌを出た。
王都までは二日。
西部街道から王都南水路へ入るこの道は、本来なら商人や職人の往来が多い。
だが今は、街道沿いの空気にも不安が混じっていた。
白塔の余波は、想像以上に広い。
壊れたまま止まっている半自動見張り塔。
動力が切れて荷物を運べなくなった運搬機。
動かないまま道端に放置された古代灯火柱。
便利さに慣れたぶん、止まった時の戸惑いも大きいのだろう。
リオが荷車の横で言う。
「白心って、思ってた以上に生活にも入り込んでたんだな」
「戦争用だけじゃなかったんだろうな」
モグが頷く。
「もともとは調停と補助の中枢だ。
物流、灯火、通信、測量……枝分かれした機構が多すぎる」
「じゃあ私たち、結構とんでもないとこ触っちゃった?」
アリアが聞く。
「今さらだな」
グレンが言う。
「今さらだけど!」
ただ、全部が悪い変化ではなかった。
街道脇の休憩所では、昨日まで暴走していたという荷運び機械が静かに停止しており、怪我人が出なくなったと商人たちが話していた。
また別の場所では、“妙に気が立っていた兵士たちが急に冷静になった”という噂も聞こえる。
見えない圧が消えた影響だろう。
即座に平和にはならなくても、少しずつ空気は変わり始めている。
「ねえ、これってさ」
アリアが荷台から顔を出す。
「ちゃんと意味あったんだよね。白塔でやったこと」
ルシェが歩きながら答える。
「意味があるかどうかは、まだこれからよ」
「厳しいなあ」
「でも、無意味じゃない」
ルシェは前を向いたまま続けた。
「少なくとも、昨日までみたいな目をしてない人が増えてる」
アリアはその言葉に、少しだけ胸が軽くなった。
だが平和っぽい時間は、だいたい長く続かない。
昼過ぎ、街道脇の林を抜けようとした時だった。
セブンが荷車の後方から低く告げる。
『接近反応。
前方林内に複数』
グレンが即座に手を上げる。
「止まれ」
荷車が止まる。
空気が張りつめる。
モグが小声で言う。
「賊か?」
リオは首を横に振る。
「いや……動きが揃いすぎてる」
次の瞬間、林の中から三人の男が出てきた。
旅装に見える。
だが目が据わっているし、腰の剣も隠し方が甘い。
「止まれ」
先頭の男が言う。
「通行検分だ」
「どこの?」
グレンが低く聞く。
男は答えない。
代わりに、荷車と一行をじろじろ見る。
その視線は、普通の盗賊のものじゃない。
狙いを定めて確認する視線だ。
ルシェがぼそりと呟く。
「……ただの賊じゃないわね」
男の一人がセブンの覆い布を見て言う。
「荷が多いな。
開けてもらおう」
グレンは嫌そうにため息をついた。
「またかよ」
「また?」
「最近こういうの多すぎる」
アリアが荷台から顔を出す。
「えっと、商会の荷物なんですけど」
男はアリアを見て、ぴくりと反応した。
たぶん年齢の割に妙に落ち着いて見えるからだろう。
あるいは、白旗の包みが気になったのかもしれない。
「その長物は何だ」
「看板棒です」
モグがすかさず言う。
「移動屋台の――」
「静かに」
男がぴしゃりと遮る。
いやな沈黙。
そして、先頭の男の目がルシェの布巻きの角へ向く。
「……魔物か?」
ルシェの表情が凍る。
「そう見える?」
「見えるな」
「なら、見えてるんでしょうね」
険悪。
ものすごく険悪だ。
リオが前へ出る。
「通行検分なら証票を見せてください。
街道管理か、水運区の警護か」
男の一人が舌打ちした。
図星だ。
「面倒だな」
その瞬間、グレンの目が変わった。
「伏せろ!」
アリアが反射的にミナを抱えて荷台へ引き込む。
次の瞬間、男たちが一斉に抜刀した。
「賊っていうか襲撃者じゃん!」
アリアが叫ぶ。
「最初からそうだ!」
グレンが剣を抜く。
林の奥からさらに二人出る。
全部で五。
数は多くないが、動きが洗練されている。
セブンが前へ出る。
『武装集団認定。
対処開始』
「殺さないでよ!」
アリアが叫ぶ。
『努力する』
「その返事昨日も聞いた!」
ルシェが布巻きを破って角を露わにし、剣を抜く。
相手の一人が一瞬たじろいだ。
その隙に彼女の柄打ちが腹へ決まり、男はうめき声を上げて転がる。
グレンは二人をまとめて捌き、剣で手首だけを払って武器を落とさせる。
リオも帳簿係の顔を捨てて細剣を抜き、荷車横を死守。
モグは戦っていない。
その代わり林の地面へ小型杭をばらまいていた。
「踏め踏め踏め!」
踏んだ。
男の一人がばちっと痺れて倒れる。
「地味にえげつない!」
アリアが言う。
「褒め言葉だな!」
セブンは最後の一人を押さえ込み、地面へ組み伏せた。
その速さと正確さは、どう見ても荷運び機械ではなかった。
「……終わった?」
ミナが荷台の陰から顔を出す。
「たぶん!」
「たぶんじゃ困る!」
ルシェが言う。
倒れた男たちは、盗賊にしては装備が良すぎた。
しかも懐には王都南水路の簡易地図、そして――黒い封印のない命令札が入っている。
リオがそれを拾って顔をしかめる。
「これ……黒鴉じゃない。
軍務院の下働き用連絡札だ」
グレンの表情が険しくなる。
「もう嗅ぎつけてやがるのか」
アリアはぞっとした。
「じゃあ、私たちがグラヌから出たの、ばれてた?」
「たぶんな」
グレンが吐き捨てる。
「宿か門か、その両方だ」
モグが周囲を見回す。
「追撃が本隊じゃないなら、時間差で次が来るぞ」
ルシェが短く言う。
「急ぎましょう。
でも進路は変える」
「南水門は?」
アリアが聞く。
リオが命令札と地図を見比べる。
「変えない方がいい。
むしろ相手が読んでいるなら、読む前提で逆手を取るべきだ」
グレンが少しだけ目を細めた。
「言うようになったな」
「君たちに付き合ってたら嫌でもな」
アリアは荷車に乗り直し、白旗の包みを抱えた。
王都はまだ見えていない。
でも、もう“王都からの手”は届いている。




