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第26話 宿屋《青鐘亭》、歓迎は半分だけ

宿探しは難航するかと思われたが、意外にも一軒目で当たりを引いた。


西区の外れにある中規模宿、《青鐘亭》。

古いが手入れは行き届いていて、入口脇には青い鐘の看板が下がっている。


問題は、扉を開けた瞬間に宿の女主人が固まったことだった。


「……あの」


アリアが言う。


女主人は、アリアの後ろの一行を見た。

まずルシェで止まり、次にセブンで大きく目を見開き、四号で完全に口を閉じた。

ネムを見た辺りで諦めたような顔になる。


「……何名様ですか」


「えっと、人間が四……いや五?

魔物が二、機械が三……」


「数え方からして帰ってほしいわね」


「ですよね!」


だが女主人はすぐに追い返さなかった。

その代わり、腕を組んでじっと一行を見た。


「先に言っておくけど、うちは面倒事お断りだよ」


グレンが低く答える。


「こっちだって起こしたくて起こすわけじゃねえ」


「その台詞を言う客、大体面倒事なの」


「否定できない」

モグが小さく言う。


アリアは一歩前へ出て、丁寧に頭を下げた。


「すみません。

できれば、一晩だけでも泊めてほしいです」


女主人は少しだけ表情を変えた。

たぶん、アリアが予想以上に真っ直ぐ頭を下げたからだ。


「……あんた、代表?」


「たぶん」


「たぶんで来るのかい」


「最近そういうこと多くて」


「苦労してそうだね」


ルシェがぼそっと言う。


「それは本当」


女主人は少し考え、そして言った。


「条件がある」


「はい!」


「機械は納屋。

魔物の子は中でいい。

角のあるお姉さんも中でいい。

でも夜に騒がないこと。喧嘩しないこと。物を壊したら弁償。

あと、兵が来た時は自分たちでなんとかすること」


アリアはぱっと顔を上げた。


「泊めてくれるんですか!?」


「完全に歓迎してるわけじゃないよ」

女主人は鼻を鳴らす。

「でも、追い返して路地で揉められる方が困る」


モグが感心したように呟く。


「現実的だ……」


女主人はさらに続ける。


「それに、魔物でも機械でも、旅人が腹減らしてる顔は人間と大差ない」


アリアは一瞬言葉を失い、それから深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「礼は夕飯食べてからにしな。

代金次第で評価は変わる」


その言い方に、少しだけみんなが笑った。



宿の夜


夜、《青鐘亭》の一室。


久しぶりにまともな寝台と屋根を確保できたはずなのに、空気は重かった。


部屋にいるのはアリア、ルシェ、モグ、リオ、グレン。

セブンと四号、ネムは納屋にいるが、セブンだけは後で呼ぶ予定だ。

ミナは別室で先に休ませている。


テーブルの上には、パンと煮込みと薄い果実酒。

白塔での死線を越えた直後としては平和すぎる光景だった。

でも話す内容は平和じゃない。


グレンが低く言う。


「グラヌに入れたのは運が良かった。

だがここからが本番だ」


リオが頷く。


「王都へ行く前に、ここで情報を集めたい。

レインの動き、黒鴉の再編、白塔後の王国上層の反応」


モグは煮込みを食べながら言う。


「あと、白心停止で困るやつを炙り出す必要があるな。

今まで見えないところで得してた連中が、必ず動く」


ルシェが腕を組む。


「つまり、王国の中で“戦争が続いた方が都合がいい人間”を探すってことね」


「嫌な言い方だけど、その通り」

グレンが答える。


アリアは少しだけ黙っていたが、やがて口を開く。


「……レイン」


全員の視線が向く。


「白塔での言い方、変だった。

ただの追手って感じじゃなかった。

グレンのことも、昔のことも知りすぎてる」


グレンは嫌そうに顔をしかめた。


「知り合いだ」


「やっぱり」

ルシェが言う。


「元は同じ部隊にいた」

グレンが続ける。

「王国の外縁偵察隊。その後、俺は抜けて、あいつは黒鴉へ入った」


「仲良かったの?」

アリアが聞く。


「悪かったらあんな嫌な笑い方しねえ」


「それ仲悪いんじゃない?」


「……昔は悪くなかった」


部屋が少し静かになる。


グレンは杯を置いた。


「レインは頭が切れる。

感情より目的を優先する。

ああいうやつが“白心を欲しがる側”についたってことは、個人の出世だけじゃない。

もっと上の、王国の中枢寄りの誰かが動いてる」


リオが低く言う。


「王都の貴族か、軍上層か」


「あるいは、その両方」

モグが補足する。


アリアはスプーンを置き、真っ直ぐみんなを見る。


「王都へ行こう」


即答だった。


グレンが眉を上げる。


「軽く言うな。

あそこは白塔より人間関係が面倒だぞ」


「白塔より面倒!?」


「別種の面倒だ」

ルシェが言う。

「人は剣より先に言葉で刺してくる」


「それは嫌だなあ……」


「でも行くんでしょ?」

ルシェが問う。


アリアは頷く。


「うん。

白塔で止めたのは“見えない圧”の一つだけ。

それを利用してた人たちを放っておいたら、また別の形で戦争になる」


モグがにやりと笑う。


「言うようになったな、主人公」


「その言い方やめて!」


リオも小さく笑った。

最初の頃より、少しだけ自然な笑顔だった。


その時だった。


部屋の扉の下に、ひらりと何かが滑り込んできた。


全員が即座に反応する。


ルシェが立ち、グレンが剣に手をかけ、モグが工具を掴む。

アリアが恐る恐る近づいて拾う。


黒い封蝋のついた手紙だった。

封には、黒鴉の紋章。


「……え」


グレンの目が険しくなる。


「開けるな。罠かもしれん」


「でも、開けないと内容分かんないよ」


「それはそうだが!」


リオが外套の布で手を包み、代わりに封を切る。

中の紙は短い。


彼が読んで、顔をしかめた。


「なんて?」

アリアが聞く。


リオは紙をアリアへ渡した。


そこには、癖のない綺麗な字で、たった二行だけ書かれていた。


“白塔の夜は派手だった。”

“続きの話がしたい。明日、灰鷲橋。ひとりで来い――レイン”


部屋の空気が変わる。


モグが即座に言う。


「行くな」


ルシェも短く言う。


「同意」


グレンはもっと端的だった。


「罠だ」


アリアは手紙を見つめたまま、ゆっくり息を吐く。


「……うん。

でも、行かなきゃ進まない気もする」


ルシェの目が細くなる。


「“ひとりで来い”って書いてあるから?」


「それもあるけど……」


アリアは顔を上げた。


「レイン、たぶん本当に話す気がある」


グレンが吐き捨てる。


「話しながら刺してくるタイプだぞ、あいつは」


「うわ、最悪」


「最悪だ」


でもその手紙は、確かに新しい扉だった。

王都へ行く前に、敵の側から差し出された会話の糸口。


白旗の少女は、それを無視できない。

夜は深くなる。

グラヌの街のどこかで鐘が鳴る。

《青鐘亭》の窓の外では、灰色の都の灯りが揺れていた。


そして最初の大きな分岐は、静かにテーブルの上に置かれていた。

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