第25話 門番さん、もう少し雑でいてほしかった
白塔を下りて三日後。
アリアたちは王国西部の街道を、ひどく目立ちながら進んでいた。
いや、目立つという言葉では足りない。
どう考えても視線を集める編成だった。
先頭を歩くのは白旗を持った少女。
その隣には黒髪の魔物剣士。
少し後ろには、工具をじゃらじゃら鳴らすゴブリン技師。
さらにその後ろに、人型機械と槍持ち守衛機、小型補助機、そして魔物の子ども。
加えて傷だらけの男が不機嫌そうに歩いている。
「……改めて見ると、やばいなこの一行」
リオがぽつりと言った。
「今さら?」
アリアが聞く。
「いや、白塔の中では感覚が麻痺してたんだよ。
外に出ると一気に現実味が戻る」
ルシェが周囲の視線を気にも留めず歩く。
「嫌なら離脱すれば?」
「そんなあっさり言う!?」
「冗談よ」
「今の冗談だったの!?」
モグが鼻を鳴らす。
「半分本気だろ、こいつ」
「半分だけね」
ルシェが涼しい顔で答える。
アリアは苦笑しつつ、街道の先を見た。
今日の目的地は、王国西部の交易都市。
白塔周辺から最も近く、しかも王都へ向かう大街道の中継地でもある。
問題は、その街が王国領だということだった。
「ねえグレン」
アリアが少し声をひそめる。
「ほんとに大丈夫かな」
「何がだ」
「私たち、このまま街に入って」
グレンは即答した。
「大丈夫じゃねえよ」
「即答!」
「大丈夫じゃないが、入るしかねえ」
グレンは肩の傷を軽く押さえながら言う。
「白塔の騒ぎで王国側は今、情報が混乱してる。
だからこそ先に潜り込める」
リオが眉を寄せる。
「潜り込むって言っても、俺たち隠密向きじゃないだろ」
全員が一瞬黙った。
その沈黙が答えだった。
セブンが補足する。
『目立ち度は高い。
ただし現在、白塔由来の広域混乱により情報照合精度は低下している可能性がある』
「つまり?」
アリアが聞く。
『向こうも混乱しているため、勢いで通れる可能性がある』
「勢いで通るの!?」
「案外あるんだよ、そういうの」
モグが笑う。
ミナがアリアの袖を引く。
「……まち、こわい?」
アリアは少し考えてから答えた。
「うん。ちょっと怖い。
でも、行かなきゃ分からないこともある」
ミナは小さく頷いた。
怖いのは自分だけじゃないと分かったのか、少しだけ顔がやわらぐ。
ネムが単眼を明滅させる。
『……護送対象、緊張増加……』
「みんな緊張してるね」
アリアが苦笑した。
『……私も少し……』
「ネムも!?」
『……入市経験、少ない……』
「かわいいなあ……」
ルシェがぼそりと言う。
「機械に“かわいい”って感想が出るの、だいぶ慣れてきた自分が嫌」
「でもちょっと分かるでしょ」
「……ちょっとだけ」
その会話の途中、グラヌの城壁が見えてきた。
高い灰色の壁。
その前に長い入市列。
荷馬車、旅人、商人、兵士。
普段なら活気ある景色なのだろうが、今日はどこか張り詰めていた。
門の前に、王国兵の数が多すぎる。
「検問強化されてる……」
リオが低く言う。
グレンの顔もわずかに険しくなる。
「思ったより早えな」
門上の掲示板には、新しい布告が貼られていた。
《白塔周辺異変につき、魔物・機械体の入市制限を強化する》
《不審な旅人、古代遺物保有者は通報せよ》
アリアの顔が引きつる。
「不審な旅人、古代遺物保有者……」
「お前のことだな」
グレンが言う。
「知ってる!」
検問列に並ぶしかない。
裏口を探す手もあったが、ミナやネム、そして負傷中のグレンを連れて強行するのは危険だった。
「なるべく普通にするぞ」
グレンが言う。
「この編成で!?」
アリアが即座に返す。
「顔に出すな」
「無理だよ!」
ルシェがふっと息をつく。
「なら堂々としてなさい。
こそこそしてる方が怪しい」
「それはそうかも……」
モグはすでに妙な帽子を被っていた。
「どうだ」
「何それ」
アリアが聞く。
「行商人の帽子」
「全然誤魔化せてない」
「雰囲気だよ!」
リオは外套を深くかぶり直す。
「俺、元王国民だから少しは話せる。
最悪、先に出る」
「いや、私もちゃんと話すよ」
アリアが言う。
「逃げるみたいなの、嫌だし」
「立派だが、状況によっては逃げてくれ」
グレンが冷たく言う。
アリアは頬を膨らませる。
「グレン、最近ちょっと優しくなったと思ったら、すぐそれ言う」
「気のせいだ」
前の列が進む。
門番たちはかなり細かく見ていた。
荷物を開けさせ、身分証を確認し、同行者の種族まで記録している。
しかも検問脇には、黒鴉の黒い外套が見えた。
「うわ、最悪」
モグが小声で言う。
「レインはいないみたいだけど」
リオが目を細める。
「下っ端でも十分嫌だよ……」
ついにアリアたちの番が来た。
門番の兵士は、最初の三秒で完全に固まった。
「……ええと」
「こんにちは!」
アリアが頑張って明るく言う。
兵士はアリア、ルシェ、セブン、四号、ネム、ミナ、モグ、グレン、リオの順に見て、最後にもう一度最初から見直した。
「人数が多いですね」
「旅ってそういうものかなって」
「そうですか……?」
全然納得していない顔だった。
もう一人の兵士が帳面を持って近づく。
「目的は」
「王都へ向かう途中で、今日は宿を取りたくて」
「商用か、私用か」
「平和のためです」
全員が一瞬黙った。
グレンが片手で顔を覆う。
ルシェが目を閉じる。
モグが空を見る。
リオが“やったな”という顔をする。
兵士はゆっくり聞き返した。
「……平和のため?」
「えっと、はい」
「具体的には」
アリアは詰まった。
具体的に説明すると全部が危ない。
でも誤魔化しきるには題が大きすぎた。
「……旅を通じて、色々」
「色々」
「人間と魔物と機械が……」
「機械」
「仲良く……」
兵士の視線が完全に危険人物を見るものになった。
「隊長、こっち」
「呼ばれた!」
隊長格の兵士が近づいてくる。
いかにも面倒事に慣れた顔だ。
「どうした」
「旅人です。
少々……編成が特徴的で」
「見れば分かる」
隊長は一行をひと通り眺め、アリアの白旗の包み布に目を止めた。
厳密には隠しているのだが、長物を包めばどうしても目立つ。
「その荷は」
アリアが答える前に、グレンが一歩前へ出た。
「舞台道具だ」
「は?」
アリアが小声で言う。
「旅芸人一座だ」
グレンは真顔で続けた。
「こいつが看板役者。
そっちが剣舞。
こっちが細工師。
機械は演出と荷運び。
子どもは保護した孤児」
モグが一瞬ぽかんとしてから、すぐに乗る。
「そ、そうそう!
俺、音と光の仕掛け担当!」
「今決まった設定!?」
アリアが小声で言う。
ルシェはひどく嫌そうな顔をしたが、兵士の前では黙っていた。
その不機嫌さが逆に“芸人気質”っぽく見えなくもない。
隊長はグレンをじっと見た。
「お前、どこかで」
まずい。
アリアの背中に冷汗が流れる。
だがその時、門の奥から大きな騒ぎが起きた。
「馬車が横転したぞ!」
「道を開けろ!」
「薬師を呼べ!」
門兵たちの意識がそちらへ向く。
隊長も舌打ちして振り返った。
「ちっ……」
その隙に、セブンが小さく言った。
『今なら通過成功率上昇』
「成功率ってそういう……」
アリアが呟く。
隊長は急ぎつつも、最後に帳面へ雑に記した。
「……仮入市許可。
日没までに西区詰所へ顔を出せ。
問題を起こしたら即拘束だ」
アリアは目を瞬く。
「えっ、入っていいんですか」
「いいとは言ってない。
今は忙しいだけだ。
次はないぞ」
「ありがとうございます!」
「礼はいい、早く行け!」
一行は早足で門をくぐる。
背後で兵士たちの怒鳴り声が交錯する。
城壁の内側へ入ってしばらくしてから、全員が同時に息を吐いた。
「通った……」
アリアが呆然と言う。
「勢いで通ったな」
モグが感心する。
リオはグレンを見る。
「旅芸人一座?」
グレンは平然と答えた。
「昔やったことがある」
「何をどうしたらそうなるの」
「長い話だ」
ルシェが冷たく言う。
「聞きたくない長さね」
アリアはじとっとグレンを見る。
「しかも私、看板役者なんだ」
「一番目立つだろ」
「理由が雑!」
でも、少しだけ笑いが起きた。
緊張が解けたのだ。
グラヌの街は賑やかだった。
石畳の大通り。
左右に連なる商店。
行き交う荷車。
香辛料の匂い。
焼き菓子の匂い。
遠くから聞こえる鍛冶場の音。
ただし、その活気の裏には不安があった。
人々の会話の端々に、“白塔”“暴走停止”“王都からの新命令”という言葉が混じっている。
アリアはそれを聞きながら、胸の奥が重くなるのを感じた。
白塔で起きたことは、もう一部の出来事じゃない。
世界に波紋が広がり始めている。




