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第21話 対話橋、封鎖

橋の向こうで、グレンが剣を振るう。


王国兵を一人、二人と退けながら、それでもじりじり押されていた。

レインはまともに打ち合わず、兵を使って削り、グレンの傷を広げようとしている。


「決めろ!」

グレンが怒鳴る。

「今だ!」


アリアの指が白旗を握りしめる。


閉じれば、みんなを守れる。

でもグレンは向こう側だ。


閉じなければ、敵も橋を渡ってくる。

ミナも、リオも、ネムも危険になる。

セブンも四号も、長くはもたない。


ルシェがアリアを見る。


「判断しなさい」


責める口調じゃない。

逃がさない口調だった。


「どうしていつもこうなの……」

アリアの声が震える。


モグが歯を食いしばる。


「白塔がそういう場所だからだ。

でも、決めるのはお前だ」


セブンが静かに言う。


『追加情報。

グレンの損傷状態は悪化。

待機時間が長いほど、全体生存率は低下する』


「数字で言わないで!」


『だが事実である』


橋の向こうで、レインの短剣がグレンの脇腹を掠める。

血が飛ぶ。


アリアの心臓が嫌な音を立てた。


その時、グレンが怒鳴った。


「アリア!

お前、宿で何言ってた!」


「え……?」


「“誰も最初から敵って決めなくていい世界にしたい”って言ってただろうが!」


アリアの目が見開く。


なんでそれを、と思った。

でもすぐ分かった。

あの夜、聞いていたのだ。

適当に寝ているふりをして。


グレンは息を切らしながら叫ぶ。


「なら今やることは一つだ!

全員守るために閉じろ!」


「でもグレンが!」


「俺も含めてだ!」


レインがその言葉に、薄く笑う。


「相変わらずだな。

自分を最初に勘定から外す」


グレンの目が冷える。


「お前と一緒にするな」


レインは一歩踏み込み、短剣を構え直した。


「じゃあ教えてやるよ、旗持ち。

こいつがどういう人間か」


ルシェの表情が険しくなる。


「時間稼ぎね」


「でも、無視できる話でもなさそうだ」

リオが低く言う。


レインはアリアへ聞こえるように、わざと声を張った。


「十年前、白塔で最後まで残った交渉団の中に、王国側の案内役が一人いた。

それがグレンだ」


アリアは息を呑む。


「でもそれはもう知ってる!」


「全部は知らないだろう?」

レインが微笑む。

「交渉団が裏切りで崩れた時、白塔の座標情報を外へ流したのも、封鎖が破られた原因を作ったのも――」


「黙れ!」

グレンが斬りかかる。


だがレインはかわし、言葉を続ける。


「グレン、お前だろう」


空気が凍った。


アリアの喉から音が消える。

モグもリオも言葉を失う。

ルシェの目だけが鋭く細くなった。


グレンは何も言わない。


それが一番重かった。


レインの声は静かだった。

静かだからこそ、残酷だった。


「王国に家族を握られ、座標を渡した。

結果、強硬派も独立派も白塔へ雪崩れ込み、交渉は壊れた。

その後、お前は封鎖を選んだ。

仲間を置いて」


「……違う」

グレンが初めて口を開く。


「どこがだ?」

レインが問う。


グレンの声は、低く掠れていた。


「座標を渡したのは事実だ。

だが封鎖は、あいつらを見捨てるためじゃない。

中枢が暴走しかけてた。

あのまま全部開いたら、白塔全域の調停機構が王国にも魔物領にも流れ出して、戦争どころじゃ済まなくなるところだった」


レインは冷たく笑う。


「言い訳だな」


「言い訳でもなんでもいい」

グレンが吐き捨てる。

「俺は裏切った。

そのせいで壊れた。

それは消えねえ」


アリアの胸が痛む。

怒りたいのか、悲しいのか、分からない。

ただ一つ分かるのは、グレン自身がその事実を一番許していないということだった。


グレンは橋のこちらを見ずに言う。


「だから今度は、同じミスをするな。

迷って全員死ぬな。

お前は……お前の選び方で守れ」


その言葉で、アリアの迷いは完全には消えなかった。

でも、形は変わった。


これは“グレンを切り捨てるかどうか”だけの話じゃない。

グレン自身も含めて、今守れる未来を守る話なのだ。


アリアは白旗を胸に抱き、目を閉じる。

一瞬だけ、母の声がよみがえる。


――優しいまま進むことは、とても難しい。

――だから、できるなら誇りなさい。


目を開く。


「……橋を閉じる」


その声は小さい。

でも確かだった。


ミナが不安そうに見上げる。

ルシェは静かに頷く。

モグは苦い顔で台座に手を置いた。

セブンがアリアの横に立つ。


「でも」

アリアは続ける。

「それで終わりじゃない。

グレンをここで終わらせるつもりはない」


グレンが鼻で笑う。


「勝手なこと言うな」


「勝手に言う!」

アリアが叫ぶ。

「私、そういうの得意だから!」


「今そこで誇るな!」


少しだけ。

ほんの少しだけ。

橋の上の空気が、人間のやり取りに戻った。


それが最後の猶予だった。


「モグ!」


「了解!」


三つの鍵片が台座にはまり込む。

白い光が橋全体を走った。


《対話橋》の根元にある古代文字が、ひとつずつ点灯していく。


レインの顔から初めて余裕が消えた。


「止めろ!」


王国兵が突撃する。

グレンがその前へ立つ。


一人で。


「行かせねえよ」


封鎖の起動は、静かなものではなかった。


橋全体が激しく鳴動し、空洞の底から白い光柱が立ち上がる。

足元の古代文字が燃えるみたいに明るくなり、橋の中央から順に透明化していく。


「橋が消える!」

アリアが叫ぶ。


『物理形態の位相移行を確認』

セブンが答える。


「言い方!」


「つまり通れなくなるってこと!」

モグが怒鳴る。


橋の向こうで、グレンがレインとぶつかる。

剣と短剣。

力と技。

そして十年分の因縁。


レインが低く言う。


「また一人で残るのか、グレン」


「一人じゃねえよ」


グレンは肩で息をしながら笑った。

疲れた、痛んだ、それでもどこか昔の熱を残した笑い。


「今度は、託してる」


レインの短剣が閃く。

グレンの剣がそれを弾く。

だが次の瞬間、後ろから来た王国兵の槍がグレンの肩を貫いた。


「グレン!!」

アリアが叫ぶ。


グレンは膝をつきかけ、それでもその兵を蹴り飛ばす。


橋の消失はもう中央に達している。

あと数秒で、完全に分断される。


アリアは前へ出ようとした。

だがルシェが腕を掴んだ。


「行くな!」


「でも!」


「今行けば、本当に全部終わる!」


「でもグレンが!」


「分かってる!」

ルシェも叫んだ。

いつもよりずっと感情が剥き出しだった。

「分かってるから、止めてるの!」


アリアの足が止まる。


その向こうで、グレンが痛みに顔を歪めながらも、腰の小袋をこちらへ投げた。

まっすぐ、アリアへ向かって。


セブンが空中で受け取る。


「何それ!?」

アリアが叫ぶ。


グレンが最後に怒鳴る。


「二つ目の記録の補助鍵だ!

上に行け!

白心を止めろ!」


その直後、橋の最後の部分が光へ溶けた。


世界が、綺麗に断ち切られる。


向こう側に残されたのは、グレンと、王国兵と、レイン。

こちら側にいるのはアリアたち。


音が、少し遅れて消えた。


橋はなくなった。

間にはただ白い光の深淵だけがある。


アリアはしばらく動けなかった。


「……グレン」


返事はない。

もう声は届かない距離だった。


ただ向こうで、レインが何かを言い、グレンが剣を構え直すのが見える。

まだ生きている。

でも、戻れない。


それが現実だった。


ミナが小さく震える。

ネムはその前へ出る。

リオは目を伏せた。

モグは悔しそうに舌打ちし、ルシェはアリアの腕を掴んだまま離さない。


アリアの頬を、ひとすじ涙が伝った。


「……置いてきちゃった」


その言葉に、セブンが静かに答える。


『訂正。

託された』


アリアは顔を上げる。


セブンのレンズは揺れない。

でもその声には、初めてはっきりと感情に近いものがあった。


『グレンは、自ら残留を選択した。

貴君らに進行を委ねた』


ルシェも低く言う。


「……悔しいけど、そうよ」


「でも、つらいよ」


「つらいに決まってる」

ルシェは珍しく、すぐにそう言った。

「つらくない別れなんて、あるわけない」


その言葉で、アリアの中で何かが少しだけ整う。

悲しい。

悔しい。

でも、それを認めたまま進かなきゃいけない。


白旗は、そのためにあるのかもしれないと思った。

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