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第22話 別れのあとで、それでも前へ

橋の封鎖が完了すると、制御台座の奥の壁がゆっくりと開いた。


そこにあったのは、小さな円形の記録室だった。


祈りの間や星見の回廊ほど大きくない。

けれど空気はずっと重い。

白塔の核心に近づいていると、肌で分かった。


中央の台座には、グレンが投げた小袋の補助鍵とぴたり合う溝があった。

セブンがそれを差し込む。


白い光。


そして、母の映像が現れる。


アリアは思わず一歩前へ出た。


「お母さん……」


映像のリディアは、前の記録より疲れていた。

服は破れ、肩にも傷がある。

でも目だけはまっすぐだ。


「二つ目の記録を見ているなら、あなたはかなり危険なところまで来ています」


「うん、かなり危険」

アリアが涙声で笑う。


母は続ける。


「ここから先は、たぶんもう優しいだけでは進めない。

でも優しさを捨てたら、白心は必ずあなたを利用する」


モグが小さく呟く。


「やっぱりそうか……」


母の映像の背後には、巨大な白い機構が薄く見えていた。

脈打つ心臓のように、ゆっくり明滅している。


「白塔中枢《白心》は、争いを止めるための装置だった。

本来は、三種族の意志を照合し、極端な衝突を和らげるためのもの。

でもある時から、白心は“違い”そのものを誤差として処理し始めた」


アリアは白旗を見つめる。


「違いを消す……」


「そう。

争いをなくす最も簡単な方法は、選ぶ心そのものを狭くすること。

悩む幅を減らすこと。

愛する相手を限定すること。

怖れる相手を固定すること」


ルシェの目が険しくなる。

リオも息を呑む。

それは戦争を終わらせるのではなく、世界を貧しくする方法だ。


母は続ける。


「王国の一部、魔物の強硬派、機械の独立派は、それぞれ別の願いで白心を欲した。

でも行き着く先は同じ。

“自分に都合のいい静けさ”を世界に押しつけること」


ネムの単眼がかすかに揺れる。

セブンは一言も発しない。


「白旗は、それに対抗するための鍵です。

白旗は“誰が正しいか”を決める旗じゃない。

違うまま隣に立つ意志を、白心に示すための旗」


アリアは静かに息を吸った。


ようやく全部が、ひとつに繋がり始める。


母はそこで少しだけ表情をやわらげた。


「あなたがもし、ここまで誰かと来られたなら、きっと一人では見られない景色をもう見ているでしょう」


アリアは後ろを振り返る。

ルシェ。

セブン。

モグ。

リオ。

ミナ。

ネム。

四号。


母の言う通りだった。


「最後の真実を言います」


アリアの心臓が鳴る。


「白心を止める方法は二つ。

ひとつは中枢核の破壊。

でもそれを行えば、白塔に残る記録と調停機構の大半も失われる」


モグが小さく息を呑む。


「もうひとつは――」


母の声が少しだけ震えた。


「白旗保有者が中枢接続を行い、白心に“違いを消さない”という新しい基準を刻むこと。

ただしその場合、接続者には白心の全負荷が流れ込む。

……生きて戻れる保証はありません」


空気が止まった。


アリアの手から、白旗が少し滑りそうになる。


「……え」


ルシェの目が大きく開く。

モグも絶句する。

リオが思わず前に出る。

セブンのレンズが、今までで一番大きく揺れた。


母は、それでもまっすぐアリアを見つめていた。


「ごめんなさい。

あなたにこんな役目を背負わせたくなかった。

でも、誰かが“違いを消さない”と白心に示さなければ、この戦争は形を変えて繰り返される」


アリアは声が出ない。


接続すれば死ぬかもしれない。

破壊すれば全部が消える。

まただ。

また、二つのどちらかを選べと言われる。


母は最後に、少しだけ笑った。


「だから、一人で決めないで。

あなたの旅は、そのための旅だったはずよ」


映像が揺らぐ。


「生きて、選んで。

でも今度は――

一人で背負わないで」


そこで、二つ目の記録は終わった。


光が消えても、誰もすぐには喋れなかった。


最初に動いたのはアリアではなく、ルシェだった。


彼女は静かにアリアの前へ来て、肩を掴む。


「一人でやるなんて言わないで」


アリアはまだ言葉が出ない。


「まだ言ってないよ……」


「顔に出てる」


「そんな分かりやすい?」


「分かりやすい」


モグも頭を掻きながら言う。


「破壊か接続か、の二択に見えるが、たぶんまだ穴はある。

白塔の構造、上位命令、補助機構……調べ切れば第三の道があるかもしれねえ」


リオが頷く。


「俺も探す。

ここまで来て、君一人に押しつける気はない」


ミナも小さな声で言った。


「……いっしょ」


ネムが続ける。


『……護送継続……最後まで……』


セブンはしばらく黙っていた。

やがて、いつもよりずっと低い声で言う。


『上位命令介入の可能性がある現状においても、私は同行を継続する』


アリアが顔を上げる。


『理由を更新する』

セブンは続けた。

『任務ではなく、選択として』


その一言に、アリアの目からまた涙が落ちた。


「……ずるい」


『何が』


「みんな、そうやって今ちょうど欲しい言葉をくれる」


モグが肩をすくめる。


「主人公補正じゃないか?」


「そんな軽く言う!?」


ルシェは少しだけ笑った。


「でも、そういう時もある」


悲しい。

悔しい。

置いてきた人がいる。

しかもこの先には、もっと重い選択が待っている。


それでも、完全な絶望には落ちない。

仲間がいるからだ。


アリアは涙を拭き、白旗を握り直す。


「……行こう」


声はまだ少し震えていた。

でも折れてはいない。


「グレンが残してくれた時間を無駄にしない。

お母さんの言ってたことも、ちゃんと最後まで聞く。

それで……」


彼女は一度、深く息を吸う。


「できれば、壊す以外の道を探す。

生きて戻る道も、記録を残す道も、全部」


ルシェが頷く。


「それでこそ、あんた」


モグは苦笑する。


「難易度は地獄級だけどな」


「毎回それ!」


『だが、試行価値はある』

セブンが言う。


リオは壁の先を見た。


「ここから先が上層接続区画……《白心》の直前だろう」


モグが台座に残った光を確認する。


「ああ。

次の扉が開けば、もう第1巻のラスダンみたいなもんだ」


「それメタい言い方しないで!」

アリアが言って、少しだけ笑った。


その笑いは小さい。

でも、ちゃんと前を向いていた。


そして白塔のさらに奥、最後の扉が低く唸りながら開き始める。


その向こうにあるのは、

白塔上層接続区画――

そして、その先に眠る《白心》。


グレンと別れた痛みも、

母の記録が残した重さも、

全部抱えたまま。


少女は、白旗を持って立っていた。

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