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第20話 橋を渡る者、橋を落とす者

次の区画は、細長い星図室だった。


床一面に古代の地図が広がり、踏むたびに星座の線が光る。

本来なら美しい場所なのだろうが、今は逃げ場の少ない最悪の通路でしかない。


「最悪の地形!」

モグが叫ぶ。


「言うな、余計最悪になる!」

アリアが返す。


その時、後方からよく通る声が響いた。


「アリア・フェルン!

旗を渡せば、他は助けてやる!」


アリアの足が一瞬止まる。


「……!」


この声。

聞いたことがある。


振り返ると、煙の向こうから現れたのは、黒鴉の外套を纏った細身の男だった。

三十代前半ほど。

目元は冷たいが、口調は妙に穏やか。

王都で一度、グレンを追っていた男だ。


「レイン……」

アリアが呟く。


リオが顔色を変える。


「知ってるのか?」


「一回だけ見た。

黒鴉の人」


男――レインは歩みを緩めない。

後ろには兵。

でも彼だけが、妙に余裕を持っていた。


「久しぶりだね、お嬢さん。

素直に従えば痛い目は見ない」


「そういう人、だいたい嘘つくんだよね」


「勘がいい」

レインは笑った。

「でも全部が嘘じゃない。

本当に旗さえ渡せば、君の仲間に価値はない」


その言い方に、ルシェの目が一気に冷える。


「価値はない、ですって?」


リオも眉をひそめた。


ネムの単眼が赤く点滅し、ミナはアリアの服を強く掴む。


アリアは一歩前へ出る。


「その言い方、嫌い」


レインは肩をすくめた。


「交渉の場だよ。

君は人間だ。旗も人間側が管理するべきだろう?」


「ちがう」


アリアの返答は早かった。


「この旗は“管理するもの”じゃない」


レインの目が細くなる。

穏やかな顔の下で、温度が下がったのが分かった。


「……誰にそう教わった?」


「知ってても教えない」


「だろうね」


レインが軽く手を上げる。

その合図で、後方の重装機がまた砲身を向けた。


「だったら、壊れる前に確保するだけだ」


「交渉じゃなくなった!」

アリアが叫ぶ。


「最初からそうよ!」

ルシェが前へ出る。


次の瞬間、砲撃。

ルシェがアリアを横へ突き飛ばし、光弾が床の星図を抉る。

破片が舞う。


セブンと四号が前へ。

黒鴉も踏み込む。


星図室が、一気に戦場になった。


ルシェの剣がレインへ迫る。

レインは短剣を二本抜き、紙一重で受け流した。


「魔物の剣士か。

噂の“黒刃”だな」


「呼ぶな、その名で」


「じゃあ、ルシェ殿でいいか?」


「なお悪い!」


二人の刃が何度もぶつかる。

レインは力ではなく技で捌くタイプだ。

真正面から勝つ気はなく、時間を稼ぎ、隙を作るために戦っている。


一方、セブンと四号は重装機と兵士を抑える。

だが砲撃一発一発が重い。

四号の肩装甲が削れ、セブンの腕の外板にも亀裂が入る。


『出力維持に支障、軽微』


「軽微じゃない!」

アリアが叫ぶ。


モグは床の星図に飛びついていた。


「この部屋、ただの通路じゃない!

星図が回路だ!」


「今それ分かる!?」

アリアが言う。


「今だから分かるんだよ!」


ネムがミナを守りながら、低い電子音を鳴らした。


『……星図起動……橋接続……可能性……』


モグが顔を上げる。


「ネム! 分かるのか!?」


『……補助機記録……あり……』


「なら案内しろ!」


ネムはぎこちなく前脚を動かし、星図のある一点を照らした。

モグがそこへ端子を差し込む。


「《対話橋》の開放キーだ!

少し時間をくれ!」


「それ毎回言うね!」

アリアが叫ぶ。


「毎回本当だ!」


レインはそのやり取りを見て、初めて明確に焦りを見せた。


「止めろ!

橋を開かせるな!」


黒鴉が二人、モグへ向かう。

だがその前に、リオが立った。


「行かせるか!」


彼はまだ本調子じゃない。

それでも剣を抜く。

白い外套の下から現れたのは、王国式の細剣だ。


一人を受け、もう一人をネムが脚払いする。

ミナまでもが、水路際の石を拾って投げた。


「わっ」

黒鴉の額に当たる。


「ミナ!?」


「てつだう!」

ミナが震えながらも叫ぶ。


ルシェがレインと打ち合いながら、一瞬だけ笑った。


「似てきたわね、アリアに」


「え、私こんな感じ!?」

アリアが叫んだ直後、レインの短剣が彼女を狙って飛ぶ。


白旗で受ける。

硬い衝撃。

布なのに、今は金属みたいに強い。


レインが目を細めた。


「なるほど。

本当に起動してるのか」


「絶対渡さない!」


「だったら――」


レインが次の言葉を言う前に、回廊のさらに後方で大きな爆音がした。


王国兵の列が一瞬乱れる。

何かが、後ろから切り込んできたのだ。


「なんだ!?」

兵の叫び。


「後方襲撃! 黒鴉じゃない!」


その混乱の隙に、アリアたち全員が振り返る。


赤い警告光の向こう。

崩れた壁際に、一人の影が立っていた。


長い外套。

片手剣。

見慣れた、少し猫背気味の立ち姿。


「……グレン」

アリアが呟く。


本当に現れたその人は、相変わらず不機嫌そうな顔で王国兵を蹴散らしながら、こっちに向かって怒鳴った。


「お前ら、毎回毎回、目立ちすぎだろうが!」


モグが叫ぶ。


「遅いぞおっさん!」


「うるせえ、間に合わせただけ上出来だ!」


アリアの顔が一気に明るくなる。


「グレン!」


でも次の瞬間、彼の腹部に深い傷があるのが見えた。

血が滲んでいる。

しかも一人ではない。

後ろにはさらに追ってきた兵がいる。


「……無茶して来たな」

ルシェが低く言う。


レインの表情が初めてはっきり歪んだ。


「グレン。

やはり生きていたか」


グレンは剣を構えたまま、疲れた目でレインを見る。


「死んでたほうが都合良かったか?」


「だいぶね」


二人の間に、嫌な因縁の空気が流れる。


アリアはそのやり取りで直感した。

この二人はただの敵味方ではない。

昔から知っている。


モグが星図の中心に端子を押し込む。


「開くぞ!」


床一面の星座線が一斉に光る。

部屋の奥の壁が、低い音とともに左右へ開き始めた。


その先に現れたのは、白く細長い橋。

欄干のない、まっすぐな一本橋。

遥か下に、白塔内部の深い空洞が広がっている。


《対話橋》だ。


「先に行け!」

グレンが叫ぶ。


「でも!」

アリアが言う。


「いいから行け、旗持ち!

ここで止まったら全部無駄になる!」


その声には、いつもの皮肉じゃなく、本気の焦りがあった。


レインが冷たく笑う。


「そうやってまた“次に託す”のか、グレン」


グレンの目が鋭くなる。


「黙れ」


「お前のその顔を見るたび思うよ。

結局お前は、誰も救えなかった側のくせに、まだ英雄の真似事をしてる」


空気が凍る。


アリアが息を止めた。

その言葉は、ただの挑発じゃない。

グレンの一番深い傷を知ってる言い方だった。


グレンは一瞬だけ何も返さなかった。

だが次の瞬間、剣を振るう。


重い一撃。

レインが受け流し、火花が散る。


「先に行けって言ってんだろ!」

グレンが怒鳴る。


ルシェが即断する。


「アリア、行く!」


「グレンを置いて!?」


「置いていくんじゃない、生きて追いつかせるの!」


その言葉で、アリアもようやく前を向いた。


今ここで全員が残れば、橋の入口で押し潰される。

それは分かる。


「……死なないでよ!」

アリアが叫ぶ。


グレンは振り向かずに答えた。


「簡単に言うな!」


でも、その声の奥に、少しだけ笑いが混じっていた。


アリアたちは《対話橋》へ走る。

細い。長い。怖い。

下を見たら足が止まりそうだ。


「なんで欄干ないの!?」

アリアが半泣きで言う。


「対話に逃げ道はいらない、とかそういう思想じゃないか?」

モグが答える。


「最悪の思想!」


『前方安全、ただし横風あり』


「塔の中で横風!?」


白い橋の下から、上昇気流のような風が吹き上がる。

ミナがふらつき、ネムが支える。

リオも歯を食いしばりながらついてくる。


橋の途中で、後方から爆音が響いた。

グレンとレイン、王国兵たちの戦いが本格化したのだろう。


「グレン……」

アリアが振り返りかける。


ルシェが叫ぶ。


「前見なさい!」


その声に弾かれるように前を向く。


橋の先には、円形の制御台座が見えた。

あそこが封鎖装置だ。


モグが息を切らしながら笑う。


「見えた!

グレンの残した封鎖機構がまだ生きてる!」


「じゃあ早く!」


「やってる!」


橋の終端にたどり着くと、制御台座には古い剣傷がいくつも残っていた。

グレンが昔ここで何かをした痕だろう。


モグが台座に飛びつき、セブンとネムが補助する。

三つの鍵片が共鳴し、台座の溝に自然と吸い寄せられていく。


青。緑。赤。


『三鍵片、仮接続完了』

セブンが告げる。


台座中央に光が走る。

橋の根元にある古代文字が点滅し始めた。


「封鎖できる?」

アリアが聞く。


モグの顔が強張る。


「できる……が」


「が?」


「封鎖は一度きりだ。

起動したら向こう側は遮断される。

今渡ってないやつは置き去りになる」


アリアの血の気が引く。


「グレンが、まだ向こうにいる」


ルシェが橋の向こうを見る。

遠く、戦う影が見える。

グレンが王国兵を抑え、レインと切り結んでいる。


時間がない。


橋を今閉じれば、敵は来られない。

でもグレンも戻れない。


閉じなければ、全員で戦うことになる。

その場合、ミナもリオもネムも危ない。


まただ。

また選ばされる。


白塔はどこまで行っても、それをやめない。


アリアの喉がひどく乾く。


「……」


セブンが静かに言う。


『判断を要請』


ルシェも、モグも、リオも何も言わない。

ミナだけが不安そうにアリアを見ている。


そして橋の向こう、グレンが一瞬こちらを見た。


その目が言っていた。


選べ。

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