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第18話 星見の回廊は、過去を映す

《星見の回廊》は、その名の通り星の中を歩くような場所だった。


白塔の内部にあるはずなのに、天井は高く、暗く、そこに無数の光点が浮かんでいる。

ただの飾りではない。

古代の観測装置なのだろう。

足元の透明な床の下には、ゆっくりと回転する光の輪がいくつも見えた。


「きれい……」

アリアが思わず息をつく。


「調停庭園の次は星空か。

古代人、演出に本気だな」

モグが言う。


「ちょっと分かる。緊張するけど、見ちゃうよね」

アリアが答える。


リオはまだ顔色が悪いものの、自力で歩けるくらいには持ち直していた。

ミナはネムと一緒に四号の近くを歩いている。

古代守衛機と小型補助機と魔物の子が並ぶ光景は、さすがに奇妙だ。


「すごい隊列ね」

ルシェがぼそりと言う。


「今さら?」

アリアが返す。


「今さらだけど、今が一番すごい」


『編成の希少性はさらに上昇している』

セブンが補足した。


「そういう報告いらない!」


回廊の壁には、ところどころ半透明の板が埋め込まれていた。

近づくと光が走り、古代文字や地図、星の軌道のような図が浮かぶ。


モグが夢中でそれを追っている。


「これ、ただの装飾じゃないぞ。

観測記録と航路管理、それから……通信中継?」


「白塔の中で通信?」

アリアが聞く。


「外とも繋がってた可能性がある」

リオが答えた。

声はまだ弱いが、頭は回るらしい。

「塔は記録庫であり、交渉場であり、たぶん監視塔でもあった」


「なんでもありだなあ……」


その時、回廊中央の一枚の光板が、セブンに反応して起動した。


『上位閲覧資格、一部照合』

『第七調停補助機の通行履歴を参照』


「またセブン関係だ」

アリアが言う。


光が集まり、映像が浮かぶ。


今度は母ではない。

エルメアでもない。

そして、見間違いようもなく――グレンだった。


今より若い。

肩の力がまだ抜けておらず、目に鋭さより熱がある頃のグレン。

彼の隣には、母リディア。

さらにその奥には、エルメアらしき技師と、見たことのない魔物の長身女性もいる。


アリアの足が止まる。


「……お母さん」


映像の中のグレンは、白塔の壁に手をつきながら何かを言っていた。

音声が少し遅れて出る。


「中枢に近づきすぎるな。

《白心》はもう、調停機構じゃない」


モグが息を呑む。


若い母が答える。


「でも放置すれば、もっと悪くなる。

今でも各地の暴走は増えてる。王国も魔物領も、それを互いのせいにし始めてる」


長身の魔物女性が低く言う。


「強硬派は止まらん。

“いっそ完全に決着をつけろ”という声が日に日に大きくなっている」


エルメアが眉を寄せた。


「機械側の独立派も同じ。

調停ではなく、管理で世界を静かにしようとしてる」


アリアはぞくりとした。


――管理で世界を静かにする。

それは“争いをなくす”のではなく、“争える意志そのものを減らす”方向だ。


映像のグレンは苛立ったように言う。


「だからこそ今ここで止めるんだろ。

盟旗を使って中枢へ接続して、上位命令を切る。

それ以外に道はない」


若い母はグレンを見る。

その視線には信頼がある。

アリアはそのことに胸がきゅっとなった。


「グレン、あなたは《対話橋》の封鎖準備を。

もし失敗したら、せめて次に来る人へ道を残して」


グレンは苦い顔をした。


「失敗前提で話すな」


「前提じゃない。保険」


「嫌いだな、その言い方」


「でもやるでしょ?」


グレンは一瞬黙り、やがて諦めたように笑った。


「……やるよ」


映像がそこで揺らぐ。

最後に、母がセブンへ目を向けた。

いや、正確には映像の中の七番機へ。


「セブン、もしもの時は旗じゃなく、人を見て」


その一言で、映像は途切れた。


回廊に静寂が落ちる。


最初に口を開いたのはルシェだった。


「……つまりグレンは、あの交渉団の一員だった」


「しかもかなり深いところまで」

モグが言う。


リオが壁にもたれて息を整えながら続ける。


「《対話橋》の封鎖準備、って言ってたな。

あの人が中枢への道を意図的に残したのか」


アリアはまだ映像が消えた場所を見ている。


グレンは知っていた。

母と一緒にここにいた。

白旗の意味も、中枢の危険も。

それでも彼は全部を話さなかった。


「……なんで黙ってたんだろ」


その問いに、ルシェが静かに答える。


「たぶん、話せなかったのよ」


「え?」


「知ってること全部を口にしたら、自分がそこにいたこと、自分が止められなかったことまで認めることになるから」


アリアは息を呑む。


それは責める言い方ではなかった。

むしろルシェ自身がよく知っている種類の沈黙を見抜く声だった。


セブンが補足する。


『グレンは封鎖役を担った。

その後の通信記録が残っていない以上、失敗あるいは分断に巻き込まれた可能性が高い』


モグが顔をしかめる。


「つまり、仲間を置いて逃げたわけじゃないかもしれないってことか」


リオは壁の文字を追いながら言う。


「でも少なくとも、生き残った」


「生き残ること自体は悪くないよ」

アリアがすぐに言う。


リオは少しだけ驚いた顔で彼女を見た。

たぶん、もっと感情的な反応を想像していたのだろう。


アリアは白旗を抱き直す。


「お母さんたちがどうなったか、まだ全部は分からない。

でも生き残った人を責めるだけじゃ、先に進めない」


ルシェがちらりと彼女を見る。

何も言わない。

でもその沈黙は、否定ではなかった。


その時だった。


回廊の床下で、低い振動が走る。


全員が同時に身構える。


『異常振動を検知』

セブンが即座に告げる。

『外縁部から中層への強制侵入反応』


モグが顔色を変えた。


「は!? 外から!?」


『白塔外壁の一部で爆裂反応を確認。

侵入個体数……多数』


リオが息を呑む。


「追手がここまで……?」


ルシェの顔が険しくなる。


「王国側ね」


その予想を裏づけるように、回廊の遠くで赤い警告光が回り始めた。

同時に壁面の光板に、侵入者識別文字が並ぶ。


《人間兵装個体 複数》

《王国式認証破片 確認》

《高優先侵入者:黒鴉部隊》


「黒鴉……!」

アリアが叫ぶ。


モグが舌打ちする。


「最悪だ。追ってきたどころか、白塔の封鎖を力ずくで破ったってことかよ」


『補足。王国正規軍式の兵装反応も混在』


リオの表情が固まる。


「黒鴉だけじゃない……王国そのものが動いてる」


アリアの背筋が冷たくなる。


この旅が、“一部の追手から逃げる話”ではなくなった。

王国の中枢に近い誰かが、本気で白塔の中身を奪いに来ている。


ルシェが剣を抜く。


「ここから先、静かには進めないわね」


「静かに進めた時間、ほぼなかったけどね!」

アリアが言う。


『正確』


「セブン!」


しかしその軽口の奥で、全員が同じことを理解していた。


もう、“真実を探す旅”だけでは済まない。

白塔の中で、真実の奪い合いが始まる。

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