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17話 選んだあとに増える仲間

砕けた障壁の向こうへ駆け込むと、中央の水槽区画は思っていたより冷たかった。


透明な壁に囲まれた小部屋。

床一面に薄く水が張り、中央に青年が倒れている。

白い外套は泥と血で汚れ、片腕には焼け焦げたような痕。

年は二十前後。アリアより少し上くらいだろうか。


「生きてる!?」

アリアが叫ぶ。


セブンが即座に膝をつく。


『脈拍微弱。呼吸不安定。低体温状態』


「助けられる?」


『迅速な加温と排水が必要』


モグが壁際の制御盤らしきものへ飛びついた。


「任せろ!」


「今日は頼もしさがすごい!」


「毎日すごいわ!」

モグが言い返す。

「お前が気づくの遅いだけだ!」


「自分で言う!?」


ルシェは青年の顔を見て、低く呟いた。


「この子が、ミナの言ってた“リオ”ね」


アリアは青年の頬を軽く叩く。


「リオ! 聞こえる? 助けに来たよ!」


返事はない。

ただ睫毛がわずかに震える。


モグが制御盤から顔を上げた。


「排水始める! 下がれ!」


低い唸り。

床の水が渦を巻くように抜け始める。

透明壁も薄く霧が晴れ、扉の封印線が弱くなっていく。


その瞬間、庭園の奥から金属音が響いた。


『防衛単位、接近』

セブンが振り返る。


白い植栽の間から現れたのは、球体に脚が六本ついた古代警備機だった。

刃はない。

だが先端に拘束用の光輪を展開している。


「うわ、蜘蛛っぽい!」

アリアが後ずさる。


「蜘蛛に謝れ」

ルシェが剣を構えた。

「あれはもっと性格が悪い」


『数、二』


「増えた!」


「アリア、下がって!」

ルシェが飛び出す。


球体警備機が光輪を放つ。

ルシェはそれを斬って逸らし、セブンは正面から一体を受け止める。

だがこの敵は守衛機より軽く、素早い。

六本脚で床を這い、死角を取ってくる。


モグが排水操作を続けながら叫ぶ。


「あと少し! 持たせろ!」


「雑な指示!」

アリアが白旗を握りしめる。


球体警備機の一体が、ルシェの足元をすり抜けて中央区画へ向かった。

目的はリオの再封鎖か、それとも確保か。


「行かせない!」


アリアは反射的に白旗を振る。

旗布が光を帯び、球体警備機の動きが一瞬だけ鈍る。


『敵性緩和反応、確認』

セブンが言う。


「今だよね!?」


『はい』


アリアは一瞬止まる。


「今、はいって言った!?」


『戦況を優先』


「あとで詳しく!」


ルシェの剣が球体警備機の脚を二本まとめて断つ。

体勢を崩したところへ、四号の長槍が突き刺さった。

古代同士のぶつかり合いで火花が散る。


もう一体はセブンと鍔迫り合いのように押し合っていた。

セブンの足が床を削る。


『出力上昇。補助要請』


「モグは無理!」

アリアが叫ぶ。


「分かってる!」

モグが怒鳴り返す。

「だったらお前がなんとかしろ、旗持ち!」


「無茶ぶり!」


でも、その無茶ぶりが今の自分の役目なのだとも分かっていた。


アリアは白旗を抱え直し、警備機を見据える。

敵じゃない可能性。

止まれる可能性。

この塔の機械たちは、ただ壊せばいい相手ではない。


「お願い、通して!」

彼女は叫ぶ。

「この人を助けたいの!」


白旗が強く光る。


球体警備機の表面に浮かぶ文字列が乱れた。

光輪が縮む。

脚の動きが遅れる。


『――保有者意思、観測』

『――拘束目的、再計算』

『――……通路保全優先……低下』


「効いた!」


セブンがその隙に押し切る。

両腕で球体警備機を抱え込むようにして持ち上げ、そのまま床へ叩きつけた。


『沈黙化完了』


「言い方怖い!」


その直後、中央区画の封印線が消える。


「開いたぞ!」

モグが叫んだ。


アリアとルシェがすぐに駆け込み、リオを引き起こす。

軽い。

思ったよりずっと軽い。


「冷た……」

アリアの声が震える。


ルシェが外套を脱いで青年に掛ける。


「持ち上げるわよ」


セブンも加わり、青年を区画の外へ運び出す。

アリアは必死に彼の手を擦った。


「リオ、聞こえる? ミナは無事だよ!」


その名前に、青年の指がわずかに動く。


「……ミ、ナ……」


「うん!」


リオの目がゆっくり開いた。

薄い灰色の瞳。

焦点が定まるまでに少し時間がかかったが、やがて彼はアリアを見た。


「……白旗」


第一声がそれだった。


「え?」


リオはかすれた声で続ける。


「本当に……来たのか……」


「誰が?」


彼は答えようとして咳き込み、うまく言葉にならない。

体力が限界なのだろう。


ルシェが短く言う。


「質問はあと。今は運ぶ」


リオは朦朧としながらも首を振った。


「……右……先に……ネムを……」


「ネム?」

アリアが聞く。


「補助機の名前だ」


その一言で、全員の動きが止まった。


右の壊れかけた機械は、“それ”ではなかった。

名前を持っていた。


『補助機に固有名称を確認』

セブンが静かに言う。


リオは微かに笑った。

熱に浮かされたみたいな、弱い笑みだった。


「……ネムは、置いていくと怒る……」


「それなら安心だね」

アリアが答える。

「私たちも置いていく気ないから」


右区画への障壁は、中央が開いたことでさらに弱まっていた。


モグが結晶工具を差し込み、回路を逆撫でるようにひねる。

障壁がばち、と音を立てて消えた。


その先、花壇の間に横たわっていた小型補助機は、思っていたよりずっと小さかった。


四足歩行の荷運び補助機。

背に小さな収納枠。

頭部に青い単眼。

金属色はくすみ、脚の一本は完全に脱落している。


「犬みたい……」

アリアがしゃがみ込む。


『形状分類としては近い』

セブンが答える。


「ほんとにネムっていうんだ」


リオが苦しそうに言った。


「……旅の、補助機……記録と運搬……あと、見張り……」


モグがすでにネムを覗き込んでいた。

壊れた部分を見て、顔をしかめる。


「かなりやられてる。即席修理しないと停止するぞ」


「できる?」

アリアが聞く。


「俺を誰だと思ってる」


「ゴブリン技師!」


「そうだ!」


「誇らしげ!」


モグは工具袋を広げる。

セブンも横にしゃがみ込んだ。


『補助する』


「珍しく気が合うな、七番」


『個体保全を優先』


ネムの青い単眼が、かすかにアリアを捉えた。

点滅する。


『……リオ……ミナ……』


「うん、二人ともいるよ」

アリアが優しく言う。


『……保護……継続……』


「すごいな、最後までそれしか言わないのかよ」

モグが呟く。

「ほんとに護送補助機なんだな」


ルシェは少し離れた場所で周囲を警戒していたが、その目はネムに向いていた。


「魔物の子を守って壊れた機械、か」


「意外?」

アリアが聞く。


「……少し」


ルシェは正直に言った。

それから、ごく小さな声で続ける。


「でも、嫌じゃない」


モグの修理は速かった。

外れた脚は完全復旧とはいかないが、補助棒と予備軸で仮固定する。

胸部回路にはセブンが自分の予備端子を一本渡した。


『互換性、最低限確保』


「そんなので足りるの?」


『短時間なら』


「短時間って言わないでちょっと怖いから!」


やがてネムの青い単眼が、安定して灯る。

小さく、電子音が鳴った。


『……起動……確認……』


アリアの顔がぱっと明るくなる。


「ネム!」


ネムはぎこちなく頭部を持ち上げ、まずリオを見る。

次にセブン。

それからアリア。

そして背後のルシェを見たところで、一瞬だけ処理が止まった。


『……種族差異、確認……だが、敵性なし』


ルシェが眉を上げる。


「賢いわね」


『……観測結果に基づく判断……』


「セブンみたい」


『否定しきれない』


モグが工具をしまいながら笑う。


「小さいくせに真面目だなあ、お前」


『……補助機に対するサイズ言及は不要……』


「喋るんだ!?」


ネムの声は少し幼く聞こえた。

あるいは、補助機として対人用の調整が入っているのかもしれない。


アリアはリオの肩を支えながら尋ねる。


「三人でここに来たの?」


リオはゆっくり頷いた。


「……白塔の記録を探してた。

王国の命令じゃない。個人的に……」


「個人的に?」


彼は少しだけ視線を伏せる。


「妹が……戦争に巻き込まれて死んだ。

人間の町で、魔物の襲撃だって言われた。

でも調べるうちに、機械兵の暴走記録が消されてるって知った。

何が本当か、自分で確かめたくなった」


アリアは息を飲む。


リオもまた、失った側の人間だ。

それでも真実を確かめに来た。


ルシェは黙って聞いていた。

魔物の襲撃と誤認されたか、利用されたか。

その話は決して他人事ではない。


リオは続ける。


「途中でミナを見つけた。

追手から逃げてて……ネムが先に見つけたんだ。

見捨てられなくて、一緒にここまで来た。

でも庭園の選別に引っかかって……」


「そこで分断されたのね」

モグが言う。


リオは頷いた。


「……君たちが来なかったら、誰も助からなかった」


アリアは少しだけ困ったように笑った。


「いや、来ても一回ちゃんと選ばされてるから、全然すっきりはしてないんだけど」


「でも、戻ってきた」

リオは言った。


その言葉は静かだった。

けれど重かった。


彼はアリアの持つ白旗を見つめる。


「……その旗を持ってる人なら、もしかしたらと思った」


「何を?」


リオは答える前に、ネムの背の収納枠を指さした。


「そこに……ある」


モグがすぐに枠を開ける。

中には布で包まれた細長い結晶片が入っていた。

青白く透き通り、片面に古代文字。


セブンが近づく。


『鍵片反応を確認』


「鍵片?」

アリアが聞く。


ネムが小さく補足する。


『……上層接続認証片……一部……』


モグが目を見開く。


「おい、これ……中枢への地図で欠けてた“欠片”かもしれないぞ」


リオは弱く笑った。


「俺も、それを探してた。

でも一個だけじゃ足りない。

たぶん三つ必要だ」


「三つ?」

アリアが言う。


ネムが単眼を明滅させる。


『……人間保有、一。補助機保有、一。魔物保有、一……』


ルシェが鋭く反応する。


「魔物保有?」


ミナが温室区画の向こうから、小さな声で呼んだ。


「……これ?」


セブンに抱えられていたミナが、首元から紐を引き出す。

そこには、小さな緑色の結晶片が下がっていた。


アリアの目が大きく開く。


「持ってたの!?」


ミナは怯えながらも頷く。


「……もらった。

“なくすな”って」


「誰に?」


「知らないおじさん。白い塔の前で……」


モグが頭を抱える。


「情報が増えた! しかも怪しい!」


リオが苦笑する。


「俺のもある」


彼は懐から、赤みがかった結晶片を取り出した。

ずっと体温で温められていたのか、少し曇っていた。


青。緑。赤。

三つ揃う。


セブンが静かに告げた。


『三鍵片の共鳴を確認』


結晶片たちが淡く光り始める。

庭園の中央、さっきまで閉じていた台座のひとつに、その光が引き寄せられる。


モグが息を呑む。


「やっぱりだ……これ、上層《星見の回廊》への正式認証だ」


アリアは三人を見た。


人間の青年リオ。

魔物の子ミナ。

補助機ネム。


三つの命は、三つの鍵でもあった。


白塔は最初から知っていたのだ。

だから選ばせた。

命と鍵を、切り離せない形で。


ルシェが低く言う。


「……趣味が悪い」


「うん」

アリアも頷く。

「でも、戻ってきてよかった」


リオはゆっくり息を吐く。


「本当にね」


ネムが小さく電子音を鳴らす。


『……護送継続可能……』


ミナはまだ不安そうだったが、アリアの服をそっと掴んだ。


「……いっしょに、いくの?」


アリアは笑って頷いた。


「うん。今度は、最初から一緒に」


調停庭園の上空に、再び古代文字が浮かぶ。


《追加行動を確認》

《選定後、未選定対象への救助行動を記録》

《傾向評価を更新》


モグが空を見上げて顔をしかめる。


「ほんと、上から見てる感じが腹立つな……」


『評価対象であるため自然』


「お前は冷静すぎる」


しかし次の文字に、全員が息を呑んだ。


《盟旗保有者の判断傾向:分断後の再接続を優先》

《中層通行権限を一段階拡張》


白い橋の先、奥へ続く門が開く。

その向こうには、星のような光がちらつく長い回廊が見えた。


「《星見の回廊》……!」

モグが呟く。


リオが青ざめた顔で門の向こうを見る。


「本当に、先へ行けるのか……」


「行くよ」

アリアが答える。

「みんなで」


ルシェが彼を見た。


「歩ける?」


「少しなら」


「無理なら無理って言いなさい。置いては行かないけど、引きずる形になる」


「言い方!」


でもリオは、少しだけ笑った。

その笑いには助かった安堵と、ルシェの不器用な優しさへの理解が混じっていた。


「……ありがとう」


ルシェは即座に顔をしかめる。


「お礼は早い」


「この一行、全員そうなのか?」

リオが呟く。


「だいたいそうだよ」

アリアが笑う。


ネムは仮修理の脚をぎこちなく動かし、ミナのそばに寄った。

ミナはおそるおそる、その頭部を撫でる。

ネムの単眼が少しだけ柔らかく明滅する。


『……保護対象、安定』


セブンがそれを見て、ほんのわずかに間を置いて言った。


『良好』


「セブン、今ちょっと優しかったよね」

アリアが言う。


『事実の確認である』


「でも優しかった」


『……否定はしない』


モグがにやりとした。


「機械が増えて、ますます賑やかになるな」


ルシェが遠い目をする。


「旅の三日目どころか、体感半年分くらい濃いんだけど」


「私もそう思う」

アリアが頷く。

「でも、まだ途中なんだよね」


彼女は白旗を握り直し、開いた門を見る。


母の二つ目の記録。

白塔中枢《白心》へ続く道。

セブンの上位命令。

そして、戦争の始まりにもっと近い真実。


全部がまだ先にある。


でも今は、少しだけ確信が持てた。


選ばされたあとでも、戻って繋ぎ直せる。

分断されたあとでも、また一緒に歩ける。


それが白旗の意味なら、

自分はたぶん、間違っていない。


アリアは仲間たちを振り返る。


ルシェ。

セブン。

モグ。

四号。

リオ。

ミナ。

ネム。


「行こう」


その声に、今度は多くの足音が応えた。


白塔中層のさらに先――《星見の回廊》へ。

そこでは、

“誰が白塔の真実を隠し続けているのか”に近づく、

もっとはっきりした敵の気配が待っている。

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