16話 選んだものと、閉じたもの
アリアが左の道へ入った瞬間、庭園の空気が変わった。
背後で重い音が響く。
中央と右の道を塞ぐように、白い障壁がゆっくり降りていく。
「待って!」
アリアが振り返る。
モグがすぐに右側の障壁へ駆け寄り、工具を差し込む。
火花が散る。
「くそ、厚い! 今すぐは無理だ!」
中央の青年がいる区画も、透明な壁がさらに曇り、視認しにくくなる。
右の補助機の青い灯は、まだ弱々しく点滅していた。
アリアの胸が痛む。
自分が選んだ。
その結果、あちらは閉じた。
「……行こう」
ルシェが言う。
アリアは唇を噛み、頷く。
左の道の先の温室区画へ駆け込むと、魔物の子がびくっと身をすくめた。
角の形からして、森棲み系の一族だろう。
年は十にも満たない。
「大丈夫!」
アリアがしゃがみ込む。
「助けに来たよ」
子どもは怯えた目で彼女を見る。
人間だ。
無理もない。
だが次の瞬間、ルシェがフードを外した。
黒い角を見せる。
子どもの目が大きく開く。
「……同族?」
ルシェは静かに頷いた。
それだけで、子どもの肩の強張りが少しだけほどける。
「怪我してるの?」
アリアが膝をつく。
腕と脇腹に裂傷。熱もある。
ひどい。
ここに閉じ込められてかなり時間が経っているらしい。
モグが後ろから覗き込む。
「毒はなさそうだが、消耗がきついな」
『携行医療布を使用可能』
セブンが小袋を差し出す。
「そんなの持ってたの!?」
アリアが驚く。
『標準装備』
「もっと早く言って!」
アリアは布を受け取り、止血しながら子どもに優しく話しかける。
「名前は?」
「……ミナ」
「ミナ。私はアリア」
「人間……」
「うん。でも敵じゃないよ」
ミナはまだ半信半疑だ。
けれどルシェがそばにいることで、どうにか逃げ出さずに済んでいる。
ルシェは小さく問う。
「誰とここへ来たの」
ミナの目が揺れた。
「……リオ」
「リオ?」
アリアが聞く。
「白い服の、人間。あと、ちっちゃい機械」
アリアとモグが同時に顔を上げる。
中央の青年。
右の補助機。
やはり繋がっていた。
モグが舌打ちする。
「やっぱり三つとも関係者かよ」
ミナはか細い声で続ける。
「わたしが倒れて……リオが“待ってろ”って。
機械の子が、守るって……でも、光の壁が出て……」
アリアの胸が痛くなる。
中央の青年はミナを助けようとしていた。
右の機械もミナを守ろうとしていた。
三つは本当は、一つのグループだったのだ。
白塔はそれを知った上で、選ばせたのだ。
「……ひどい」
アリアが呟く。
ルシェの声は低かった。
「そうね」
でも、その目はアリアを責めていない。
むしろ、彼女も同じ痛みを受け止めているように見えた。
セブンが周囲を確認する。
『生命維持は回復傾向。だが長期滞在は不可』
「つまり、助けたら早くここを出ないといけないってことね」
モグが言う。
「その前に戻る」
アリアが立ち上がる。
「え?」
「右の機械と、中央の人も助ける方法を探す」
「障壁は閉じたぞ」
モグが言う。
「それでも」
アリアの声は震えていた。
でも、折れてはいない。
「選んだのは私。
でも、“選んだから他は諦める”までは決めてない」
ルシェはほんの少し目を細める。
「無茶ね」
「知ってる」
「面倒ね」
「それも知ってる」
「……でも、嫌いじゃない」
アリアは少しだけ笑った。
その笑顔は疲れていて、痛くて、それでも前を向いていた。
「ルシェ」
「なによ」
「手伝って」
ルシェはため息をついた。
けれど答えは決まっていた。
「最初からそのつもりよ」
モグも肩をすくめる。
「しょうがねえな。壊すのも探るのも俺の仕事だ」
『同意』
セブンが静かに言う。
『中央人間個体および右補助機の救出方法を再探索する』
ミナが不安そうにアリアの袖を掴んだ。
「……みんな、たすけるの?」
アリアはその小さな手を握り返す。
「うん。すぐには無理かもしれない。
でも、助けるのをやめない」
ミナは少しだけ安心したように目を閉じた。
その時、庭園全体に自動音声が響く。
《一次選定、完了》
《保有者の傾向を記録》
《追加行動を観測中》
モグが顔をしかめた。
「……見てやがる」
「見せてやればいい」
アリアが白旗を握る。
「選んだから終わりじゃないって」
その一言に、ルシェが小さく笑った。
「ほんと、たちが悪いわね。いい意味で」
温室区画を出ると、閉じたはずの障壁に微かな亀裂が入っていた。
「え」
アリアが目を見開く。
モグがすぐに駆け寄る。
「……なるほどな。
これ、“一度選んだら終わり”じゃない。
選んだあと、どう動くかで次の道が開く構造だ」
「じゃあ!」
「すぐには抜けられないが、こじ開ける余地はある!」
『追加観測中、の意味と一致』
セブンが言う。
『庭園は“選定後の行動”を評価している可能性』
アリアは胸の奥が少しだけ熱くなった。
白塔は残酷だ。
でも完全に冷酷ではないのかもしれない。
あるいは、最初からそういう問いだったのだ。
――お前は誰を選ぶか。
ではなく、
――選んだあと、他をどう扱うか。
ルシェが剣を軽く構える。
「なら壊すわよ」
「判断が早い!」
「時間がないもの」
ミナをセブンが抱き上げる。
意外にも、子どもは少し警戒しただけで暴れなかった。
機械でも、今は敵に見えないのだろう。
モグが障壁の亀裂に工具を差し込み、光の流れを逆流させる。
火花。唸り。
白い壁がゆっくり揺らぐ。
「よし、もうちょい!」
アリアも白旗を障壁へ向けて掲げた。
使い方はまだよく分からない。
でも、この塔が“対話”を見ているなら。
「開いて」
彼女は静かに言う。
「私たちは、まだ終わってない」
白旗が淡く光る。
障壁のひびが大きくなる。
『盟旗反応、追加確認』
セブンが告げる。
次の瞬間、障壁が砕けるように消えた。
「やった!」
中央区画への道が開く。
だが同時に、庭園の奥で重い音が鳴った。
新たな防衛機構が起動したらしい。
「褒められてるのか怒られてるのか分かんない!」
アリアが叫ぶ。
「白塔らしいな!」
モグが笑う。
ルシェは剣を抜き直し、前を向く。
「行くわよ。
選んだ責任、最後まで取りなさい」
アリアは大きく頷いた。
中央には、眠る青年。
右には、壊れかけた補助機。
そしてその先には、きっとまた新しい問いが待っている。
でも今は、迷っている暇はない。
白旗の少女は、選んだあとも走る。
そう決めたから。




