15話 救いたい相手が三人いる時、優しさは何人分で足りるのか
「全部助ける」
アリアはもう一度言った。
今度は自分に言い聞かせるみたいに。
「方法は?」
ルシェが聞く。
「探す」
「雑」
「でも探すしかないでしょ!」
モグは結晶板の周囲を調べ始める。
「裏口、抜け道、制御の上書き……なんかあるはずだ」
『庭園全域に選別機構が展開中。強制突破の形跡なし』
セブンが淡々と告げる。
「ないの!?」
アリアが青ざめる。
『現時点では』
「言い方!」
ルシェは魔物の子がいる左の道を見つめている。
表情は冷静だが、指先だけがわずかに固い。
モグは中央の青年に視線を投げる。
「人間のあいつ、装備からして白塔探索者かもしれねえな。情報を持ってる可能性がある」
『右の機械体は古代補助機。内部に白塔地図あるいは制御鍵を保持している可能性』
セブンのその分析で、空気がまた重くなる。
ただ命を助けるだけじゃない。
この先を進むための情報や鍵にも関わるかもしれない。
アリアは頭を抱えたくなった。
「いやいやいや、待って。
命と情報を一緒の天秤に乗せるのやだよ」
「でも乗るのよ、現実は」
ルシェが静かに言う。
アリアは顔を上げた。
「ルシェは……どれを選ぶの」
ルシェは少しだけ黙って、それから左の道を見た。
「魔物の子」
即答だった。
「理由は分かるでしょ」
「うん……」
分かる。
分かるし、責められない。
ルシェにとって、それは自分の過去とも繋がっている。
モグは肩をすくめる。
「俺は右の機械だな」
「えっ」
「助ければこの先の情報になる。あと、こういう補助機は古代技術の塊だ。正直、壊れたまま見捨てるのは惜しい」
「それも分かるけど」
「綺麗事抜きで言うなら、生存率を上げる選択だ」
セブンは中央を見ていた。
『私は中央の人間個体を提案する』
「セブンも!?」
『生命維持が最も不安定。さらに現代言語による情報交換が可能』
アリアは完全に黙った。
全員、言っていることが間違っていない。
偏りはある。
でもその偏りには理由がある。
そして何より、自分だって揺れていた。
魔物の子を見れば、見捨てられない。
人間の青年を見ても、放っておけない。
壊れかけた機械も、セブンのことを知った今は“ただの物”とは思えない。
「決められない……」
数字が減っていく。
残り一〇四〇。
ルシェが低く言う。
「アリア。聞いて」
その声に、全員が彼女を見る。
「全部を救いたいのは分かる。でも、選ばないことは、誰も救わないことと同じになる時がある」
「……」
「私も嫌よ。大嫌い。
でも、選ばなきゃならない場面はある。
その時に必要なのは、“自分だけが汚れない選択”じゃない」
アリアは息を呑む。
ルシェはまっすぐ彼女を見ていた。
「誰を選んでも、傷は残る。
だったらせめて、自分で選びなさい。
後で誰かのせいにしないために」
その言葉は痛かった。
でも、逃げられないほど本当だった。
モグが珍しく静かに付け加える。
「たぶんこの庭園、答えの正しさを見てるんじゃない。
選び方を見てる」
『同意可能』
セブンが言う。
『盟旗保有者の判断基準を測定していると推定』
アリアは白旗を握りしめる。
母は言った。
“同じ答えじゃなくても、一緒に立てる方法を探したい”と。
でも今は、答えが三つあり、腕は一つしかない。
優しさは、三人分に裂けない。
残り九二〇。
アリアは三つの道を順に見た。
その時だった。
右の壊れかけた機械が、かすかに音を立てた。
「……!」
全員がそちらを見る。
補助機の青い灯が、弱々しく点滅する。
音声らしきものが混じる。
『……護……送……優先……』
『……幼体……保全……』
セブンが即座に近づく。
『通信断片を受信。内容解析中』
「なんて?」
アリアが聞く。
セブンは短く答えた。
『右の機械体は、左の魔物個体の護送補助機である可能性が高い』
空気が変わる。
「……え」
モグが目を瞬く。
「つまり、あの機械はあの子を守ろうとして壊れた?」
アリアが言う。
『高確率で』
ルシェの表情がわずかに揺れる。
「機械が……魔物の子を」
モグが舌打ちした。
「くそ、そう来るか。選択肢が繋がってやがる」
アリアは中央の青年を見る。
彼だけがまだ、誰とも繋がっていないように見えた。
だが、それは分からない。
もしかしたら彼もまた、何かのためにここへ来たのかもしれない。
残り八四〇。
「どうする」
ルシェが聞く。
今度こそ、本当に決めなければならない。
アリアは目を閉じた。
自分なら誰を助けたいか。
ではなく、今、自分が白旗を持って選ぶべきものは何か。
それを考える。
白旗は、誰かを従わせるためじゃない。
“まだ敵じゃない可能性”を繋ぐ旗。
魔物の子を守ろうとして壊れた機械。
それはもう、アリアにとってひとつの答えだった。
彼女は目を開ける。
「左に行く」
ルシェが息を止める。
「……理由は」
「魔物の子が最優先。
でも、それだけじゃない。右の機械はその子を守ろうとしてた。
だったらその二つは、本当は同じ側だと思う」
モグが眉を上げる。
「機械は切り捨てるのか」
アリアは首を振る。
「切り捨てない。
左を選んで、終わったら絶対右へ戻る」
「閉じるって書いてあったぞ」
「それでも、閉じたあとを壊してでも戻る方法を探す。
今はまず、繋がってる命を一つとして扱う」
ルシェはしばらく彼女を見つめていた。
やがて、ほんの少しだけ口元が緩む。
「……そういう選び方、嫌いじゃない」
モグは大きく息を吐く。
「綺麗事のままじゃない分、まあ合格点か」
セブンが告げる。
『選択の基準に“関係性の保全”を含むことを確認』
「それ、そんな難しく言う?」
アリアが言う。
『褒めている』
「ならよし!」
そしてアリアは、左の樹木道へ踏み出した。




