第14話 調停庭園は、やさしい顔で問い詰める
開いた扉の先は、細い記録通路だった。
壁一面に埋め込まれた結晶板。
床には細かな光の線が走り、ところどころで分岐している。
まるで巨大な地図の中を歩いているような空間だ。
モグは結晶板を一枚ずつ見て回る。
「これ、白塔の内部経路図だ……ただし一部が欠けてる」
「欠けてる?」
アリアが聞く。
「意図的に消されてる。たぶん中枢直通の安全経路だ」
ルシェが眉をひそめる。
「親切なやつはいないわね」
『中枢防衛のため妥当』
セブンが壁の一枚に手を当てた。
すると古代文字が浮かび上がる。
『中層先行区画《調停庭園》』
『その先に《対話橋》、さらに上層接続区画《星見の回廊》』
「名前は綺麗なんだけどなあ……」
アリアが言う。
「綺麗な場所ほど面倒、だったっけ?」
モグが笑う。
「やだ、もう学習しちゃった」
壁の別の結晶板には、白塔の断面図らしきものが映っていた。
下層外縁。祈りの間。中層先行区画。上層接続。
そしてさらに上――
中心核《白心》。
アリアはその文字を見て息を呑む。
「白心……」
『白塔中枢の別名と推定』
セブンが言う。
ルシェが低く呟く。
「そこに、全部があるのね」
「たぶんね」
モグが答える。
「戦争の始まりに近い真実も、白旗の本来の役目も、セブンの上位命令も」
「まとめて来るなあ……」
アリアはそう言いながらも、一歩前へ出る。
その時、結晶板のひとつに、また映像が浮かびかけた。
ノイズ混じりの短い記録だ。
今度は母ではない。
しかし見覚えのある顔だった。
グレン。
今よりずっと若い。
まだ傷も浅く、目ももう少し真っすぐだ。
「え」
アリアが驚く。
映像のグレンは、誰かに向かって言っていた。
「白塔中枢へ行くなら、必ず《対話橋》を越えろ。
力で進むな。
そこで間違えると、白心は願いじゃなく執着を拾う」
ノイズ。
それだけで映像は消えた。
モグが目を見開く。
「おいおい、グレンってどこまで関わってたんだよ」
ルシェが腕を組む。
「やっぱり“ただの運び屋”じゃないじゃない」
「最初から誰も信じてなかったけどね」
アリアは小さく呟いた。
「……グレンも、昔ここにいたんだ」
母と。
白旗と。
停戦交渉の仲間として。
そう考えると、彼の疲れた目の意味が少しだけ分かる気がした。
セブンが光板を解析する。
『進行推奨経路を確認。次区画《調停庭園》』
「調停庭園、ねえ」
モグが嫌そうな顔をした。
「名前からして試練がありそうだ」
「もうやだ、この塔なんでも試してくる」
ルシェは剣を軽く鳴らす。
「でも行くんでしょ」
アリアは頷いた。
「行く」
彼女の手には白旗。
隣には仲間たち。
そして前には、まだ知らない答えがある。
不安は消えない。
でも今は、不安と一緒に歩ける気がした。
・
・
・
《調停庭園》への扉が開いた時、アリアは一瞬、白塔の中にいることを忘れた。
そこには本当に庭園があったからだ。
天井の高い巨大空間。
白い石の床を縫うように、水路が走り、そこから枝分かれした細い流れが花壇へ注いでいる。
見たこともない淡青色の草花が揺れ、透明な葉を持つ木が静かに立っていた。
空はない。けれど天井の導光結晶が昼のような柔らかい光を降らせ、風まで穏やかだ。
「……ここ、ほんとに塔の中?」
アリアが呟く。
「趣味がいいな」
モグが周囲を見回す。
「趣味って言い方」
ルシェが返す。
「でも、嫌いじゃない」
『空間内の生命反応、多数』
セブンが告げる。
『植物群の一部は自然種に近いが、制御痕跡あり』
「つまり?」
『育てられた庭である』
「へえ……」
アリアは水路のそばにしゃがみ込み、指先を浸す。
冷たい。
流れているのに、どこか澄みすぎていて現実感が薄い。
「白塔って、もっとこう……全部が機械と石の塊かと思ってた」
「昔の連中も、たぶん無味乾燥なだけじゃなかったんだろう」
モグが言う。
「調停ってのは、会議室だけでやるもんじゃない。人間も魔物も、息が詰まる場所じゃ本音を出しにくいからな」
ルシェが少しだけ辺りを見渡す。
「魔物の領地にも似た場所はある。大事な話をする時、土や水の匂いがする場所を選ぶの」
「へえ」
「意外?」
ルシェが目を細める。
「ちょっとだけ。
でも、そういうの好き」
「……そう」
短い返事。
でも、それだけで十分だった。
庭園の奥へ続く道は三つに分かれていた。
左は樹木の多い小径。
中央は水路を跨ぐ白い橋。
右は花壇の間を抜ける石畳。
その前に、小さな台座がある。
上には結晶板が一枚。
アリアが近づくと、文字が浮かび上がった。
《調停庭園・選別区画》
《進む者はひとつを救い、ひとつを捨てる》
「嫌な予感しかしない」
アリアが即座に言う。
「今回は最初からちゃんと嫌な予感してるな」
モグが感心したように言う。
「成長したでしょ!」
『妥当な危機認識』
「セブン、そういう褒め方はちょっと嬉しくない!」
ルシェは結晶板の続きを読む。
《三つの道に、それぞれ異なる命がある》
《白旗の保有者は、ひとつを選べ》
《選ばれなかったふたつは閉じる》
空気が変わる。
アリアの顔から笑みが消えた。
「……命って、なに」
セブンが前へ出る。
『奥に隔離区画があると推定。生体反応、二。機械反応、一』
「二と一?」
モグが眉をひそめる。
「つまり三つの道に、それぞれ誰かがいるってこと?」
アリアが聞く。
『可能性が高い』
ルシェが低く言った。
「本当に“ひとつを救って、ひとつを捨てる”つもりね、この塔」
アリアはすぐに首を振る。
「いや、全部助ける」
「そう言うと思った」
ルシェがため息をつく。
モグも腕を組んだ。
「気持ちは分かる。だがこういう古代施設は、たいてい無理をすると全部閉まる」
「でも選べないよ!」
「それでも選ばせるための装置なんだろ」
ルシェが言う。
アリアは結晶板を睨む。
冷たい文字。
やさしい庭。
そのくせ言っていることは残酷だ。
「……ずるい」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
⸻
三つの道の先を、まずそれぞれ確認することになった。
完全に別行動は危険なので、少し進んで見える範囲だけ覗く。
左の樹木道の先には、小さな隔離温室のような部屋があった。
中にいるのは、痩せた魔物の子ども。
角がまだ小さい。怪我をしているのか、壁にもたれて動けずにいた。
「子ども……」
アリアの声が揺れる。
ルシェの目が鋭くなる。
魔物の子だ。見て見ぬふりはできない。
中央の白い橋の先には、水槽のような透明区画。
その中に、眠るように横たわっている人間の青年がいた。
旅人か兵士かは分からない。
胸は上下している。生きている。
「人間もいる……」
そして右の花壇道の先。
そこには、半壊した小型機械が横たわっていた。
人型ではない。
四足歩行の補助機らしく、脚のひとつが外れ、胸部に青い灯がかろうじて残っている。
『機械反応、確認』
セブンが言う。
『自律補助機の一種。機能停止寸前』
アリアは三つの先を順に見て、唇を噛んだ。
魔物の子。
人間の青年。
壊れかけた機械。
これがただの幻ではないことは、肌で分かった。
ここまで来ている白塔が、そんな安っぽい試し方をするとは思えない。
モグが現実的に確認する。
「制限時間もあるかもな」
その言葉を裏づけるように、庭園の上空に古代文字が浮かぶ。
《選定開始》
《残存時間:一二〇〇》
数字が減り始める。
十二〇〇――秒。二十分。
「二十分!?」
アリアが叫ぶ。
「親切なようで全然親切じゃない!」
モグも言う。
ルシェは短く問う。
「アリア。どうする」
その声は責めていない。
ただ、中心であるお前が決めろ、と言っていた。
けれどアリアは、すぐには答えられなかった。




