第13話 機械が自分を知る時
誰も、しばらく口を開けなかった。
最初に動いたのはアリアだ。
彼女はセブンの前まで歩いていき、少し迷ってから言った。
「……大丈夫?」
『質問の意図確認』
「心のほう」
沈黙。
『処理中』
「それ、便利な逃げ方だよね」
『否定は難しい』
少しだけ、いつものセブンの調子に戻った。
それだけでアリアはほっとした。
ルシェが壁にもたれて腕を組む。
「で、どうするの。自分が“争いを止めるために意志を削る機械”かもしれないって言われたわけだけど」
ずいぶん直球だ。
でも、誰かが言わなきゃならないことでもある。
セブンは光板に映っていた自分の識別名を見つめたまま答えた。
『私は現在、アリアへの同行を優先している。だが白塔中枢接近時に上位命令が介入する可能性は否定できない』
「つまり、途中で敵になるかもってこと?」
モグが聞く。
『その表現は極端だが、近い』
アリアの胸が少しだけ痛んだ。
旅が始まってからずっと隣にいた。
庇ってくれた。
真面目に、少しずつ、人らしいやり取りも覚えてきた。
そのセブンが、途中で別の何かに変わるかもしれない。
怖い。
でも、それ以上に嫌だった。
“変わるかもしれないから、今のうちに疑っておこう”と思うことが。
彼女は白旗を持ち直し、セブンの真正面に立つ。
「じゃあ、今決めよう」
『何を』
「セブンがもし変な命令に引っ張られそうになったら、私たちが止める」
モグが目を瞬く。
「ずいぶん簡単に言うなあ」
「簡単じゃないよ。でも決めときたい」
ルシェは黙っている。
表情は読みにくいが、反対はしていない。
アリアは続ける。
「セブンが自分で選びたいなら、それを手伝う。もし選べなくなったら、一緒に止まる方法を考える。
それでも駄目なら……その時はちゃんと向き合う」
『合理性に欠ける』
「うん。でも、仲間だから」
その言葉に、部屋がまた静かになる。
セブンのレンズがゆっくり明滅する。
それは考えている時の光だと、アリアはもう知っていた。
『仲間、という定義を確認したい』
「えっ」
『貴君らは私を不確定要素と認識している。それでも共同行動を継続する。その理由を分類すると、利得だけでは説明しきれない』
モグが吹き出す。
「分類してんのかよ」
「真面目だからね」
アリアが小さく笑う。
それから彼女は少し考えて、言葉を選んだ。
「仲間ってね、完全に安心できる相手のことじゃないと思う」
ルシェが目だけでこちらを見る。
「怖い部分もあるし、分かんない部分もあるし、ときどき腹立つし、困ることもある。
でも、それでも一緒に進みたい相手」
セブンは黙る。
アリアはさらに笑って言った。
「だからセブンは、ちゃんと仲間だよ」
『……記録する』
「うん、記録しといて」
ルシェがふっと息を吐いた。
「ほんと、よくそんな真っすぐ言えるわね」
「本音だから」
「ずるいのよ、そういうの」
モグが肩をすくめる。
「まあでも、方針は賛成だ。途中で暴走しそうなら止める。必要なら縛る、壊す、逃がす、なんでも考える」
「選択肢がちょっと物騒!」
「現実的って言え」
ルシェが剣の柄に手を置く。
「私も賛成。
もしセブンが私たちに刃を向ける日が来たら、私は止める。遠慮なく」
その言葉は冷たく聞こえる。
でもアリアには、それがルシェなりの誠実さだと分かった。
セブンはゆっくり彼女たちを見渡した。
『理解した』
「ほんとに?」
アリアが聞く。
『完全理解ではない。だが、私が不確定であることを前提に、それでも同行を継続する意思が共有された、と解釈する』
「そうそう、それ!」
『それは……』
セブンは一瞬止まり、そして続けた。
『高価値である』
アリアがぱっと笑う。
「お、今のかなり感情っぽかったよ!」
『否定はしない』
モグがにやりとした。
「成長してるなあ、七番」
「七番って呼ぶのちょっとかっこいいね」
『識別名の一部として受理可能』
ルシェは呆れたように首を振った。
「あなたたち、こういう時だけ妙に前向きよね」
「いいことじゃん」
アリアが言う。
「悪くはないけど」
その時、部屋の奥のもう一枚の扉が、低い音を立てて半分開いた。
『記録閲覧者に対し、次区画への通路を開放』
自動音声が響く。
モグが目を輝かせる。
「お、先に進めるぞ!」
「切り替えが早い!」
アリアが笑う。
でもその笑いの奥で、彼女は少しだけ不安を抱えていた。
白塔の中枢に近づけば、セブンが変わるかもしれない。
それは消えない。
けれど今、ここで知れたこともある。
セブンはただの兵器じゃなかった。
元から“誰かの声を切り捨てるのが苦手な機械”だった。
それならきっと、最後の最後で選ぶことだって、まだできる。
アリアはそう信じたかった。




