8.夢と夢?
目の前にいるのが好きな人だということを忘れ、長々と語りつくしちゃったけど、引かれてないかな?いつも真心斗にうるさいって言われるけど、綿貫さんも楽しそうに見えたし大丈夫……だと思いたい。
「こんな時間まですみません。もう陽が落ちてきちゃいましたね。お家どこですか?よかったら送りますよ」
そう、こんな時間まで同じ空気を吸えてしまったのだ。好きな人と同じ空間に存在できることが、こんなに尊いなんて。
ん?え?送りますよって言われた……!?
「あ、すみません……佐藤さん、もしかして彼氏いましたか?」
「へ!?あ、いや、な、な、なんでそんな話に……」
「送るとか言っちゃいましたけど、そもそもこんな時間まで2人きりで。誤解されたりしたら大変ですよね。ほんと、すみませんでした」
「か、彼氏なんていたことありません!」
うっとりして見惚れた3秒間で謎の気遣いをさせてしまったうえに、恋愛未経験の事実を大きな声で叫んでしまった。
周りにいた人がこちらを一斉に見ている。でも恥ずかしくない。それよりも嬉しい言葉が降ってきたんだもん!
「佐藤さん、彼氏いないんですか?」
「へ?あ、はい!」
「連絡先、交換してもいいですか?それとも好きな人がいたり「いません!ぜひ交換してください!」
食い気味に叫んだせいで、私の個人情報はダダ漏れだ。
しかしそんなことはどうでもいい。
だってすごく良い夢を見れたんだもん。好きな人に声を掛けられるとか、お茶に誘われるとか、連絡先まで交換するなんて……あれは夢に違いない。
「はぁ、夢の中でもかっこよかったなぁ」
ベッドに転がりながらメールを確認していると「ピコンッ」と音がした。
『今日はありがとうございました。仕事がお休みの日とか、気が向いたら連絡ください』
連絡ください?
「ゆ、夢じゃない!?」
これは現実?テーブルの上の紙袋。チャットの名前は「凪桜」の表示とクラゲのアイコン。
え、いますぐに連絡したい!
でも、新卒で1ヶ月間の有給はおかしいし、来月からどれくらい休みが取れるかわからない。現に今も仕事のメールが溜まってる。
というか、そもそも友達と会う頻度ってどれくらい?個人情報を詮索せずに人の好みってどうやって知るの?普通の人には、どうやって関わったらいいの?同じクラスならまだしも、大人はどうしてるの?
あ、でも待てよ?
……彼はただの大学生、いわゆる一般人なのだろうか。
私は国家公務員。10年以上殺しという仕事をしてきた。もちろん必要な悪だけを裁いてきたし、私怨で殺したことなんて1度もない。
でも、それは恨まれない理由にはならない。
ようは、彼が同業者である可能性がゼロと言い切れないということ。
……が、私には関係ない話か!
綿貫さんが万が一敵対してきた場合は、うまく誘導して殺し屋から引退してもらおう。そういう場所にいた人を制裁部に引き抜きはできないけど、彼が無職だろうと私1人で全然養えるし!
必要なら組織潰すぐらい難しくないし、そんなところ悪い人しかいないに決まってる。
今勝手に調べたら、それこそプライバシーの侵害に当たるよね。じゃあ相手が情報の開示をするまで待とう。
そんなことよりも、まずは恋愛の仕方を学ばなければいけない。買ってきた少女漫画を机の上に積み、紅茶を淹れて準備万端。
それから3時間後。
妄想でいっぱいの私に、いくつか夢ができた。
駅で待ち合わせをすること。
お家デートをすること。
壁ドンされること。
お姫様抱っこされること。
ペアルックをすること。
1番叶えられそうなのは、駅での待ち合わせかな。
そのためには、会う約束を取り付けなければいけない。
そこで役に立ったのが遠距離恋愛漫画。相手に仕事の予定を聞き、少しずつ間を詰める。
もう夜遅いし、明日連絡しよう。
そう思ったらドキドキして眠れなかった。




