7.クエスト発生
……目の前にいるのは、好きな人。
え、なぜ?
コーヒーを飲む彼を見ながら一生懸命頭の中を駆け巡る。そうだ、時は遡ること15分前。想定外のクエストが発生。
「よかったらこの後、お茶とかどうですか?この本について話せる人がいなくて。あ、お時間があればで全然大丈夫なんですけど……迷惑ですかね」
「えっと……それは私に言っていますか?」
「はい。あ、ダメならダメで大丈夫で「ぜひともよろしくお願いいたします!」
そうそう、それで私はカフェラテを買ったんだった。
ということはつまり「お茶をしながら本について語る」と見せかけた「好きな人と距離を詰めてみよう」というクエストが発生!?え、私無装備だけどいけそ?
というかその前に、顔あげられないよ。でも黙ったままなのも変だよね。
「あ、挨拶がまだでしたね。僕は綿貫凪桜と言います。名札の「N」は下の名前なんです」
「あ、いえ、全然……えっと、漢字は……」
って踏み込みすぎた!?でも気になる!漢字が気になる!
「凪ぐに桜と書きます」
「す、素敵ですね!」
桜が凪ぐなんて、なんて美しい名前なのだろうか。名は体を表すとは、まさしくこのことであろう。
「ふっ、ありがとうございます。お名前、聞いてもいいですか?」
「え?あ、さ、佐藤椿です」
「つばきの漢字は花の椿ですか?」
「あ、はい、そうです」
「だと思いました。佐藤さんにお似合いですね」
叩くようにペチペチと、何度も手で顔を覆う。これは現実なのか?軽く笑う姿は大学生の男の子って感じがして、愛おしい。しかも椿の花が似合うって、絶対誉め言葉だよね?
あ、そして前言撤回します。どこにでもいる好青年と言ったことを、謝罪させて欲しい。彼は素晴らしく美しくて尊い、唯一無二の存在です。
「佐藤さんおいくつですか?僕19歳、大学2年生なんですけど、同じくらいですよね」
「わ、私は18歳です。あ、しゃ、しゃ、社会人です」
「じゃあ僕の1つ下の学年ですかね」
「そ、そうなりますね」
「じゃあ後輩だ。ちなみにちょっとプライベートな質問をしてもいいですか?」
「もちろんです」
「もしかしてストレス溜まってるんですか?」
「え!?な、なんでそれを……」
「2週続けてあんなに大量の本を買う人、珍しくて」
口元に手を当てて小さく笑う彼は素敵な絵画のようだが、イギリス出張のストレスをぶつけていたとバレていたことが発覚。穴があったら入りたい。その感じだと、私変人認定されてない?
私の1つ上だったのはおおよそ想定通りだが、そんなことは今気にする余裕があるはずもない。ここからどう巻き返したらいいの!?
「新社会人はやっぱり大変ですよね」
「そ、そうですね。久しぶりの日本なのもあって興奮しちゃって」
新卒どころかすでに社畜です、なんて言えるはずもないしな。ん?遅れて聞こえてきた自分の「久しぶりの日本」といつフレーズにビクッと肩が跳ねた。
これは絶対おかしいって思われた。新卒なのに久しぶりの日本って、絶対おかしいって思われたよ!
「留学してたんですか?僕、外国行ったことなくて。あの時、どこの国のお金がわからなかったんです」
「そうです!留学です!イギリスに、あの、外貨をぶちまけてほんと、すみませんでした!」
「あれが初めて見た外国のお金だったので、実は拾う時ちょっとドキドキしてたんです」
初めて見た外貨でそんな顔するなんて尊すぎる。ドルでも、ユーロでも、ペソでも、元でもなんでも見せてあげたい。なんならあげます。
「ということは、佐藤さん英語話せるんですか?」
「まあ、それなりに、あの、はい。でも全然大したことなくて」
「そういう返事をする方は、だいたいペラペラですよ。そうそう。本題というか、この本、英語版ありますよね。読んだことあります?」
「ありますあります!」
「翻訳ってどうなってるんですか?結構日本語の言い回しが面白い作品じゃないですか」
「それが翻訳家の方がすごくて、英語のことわざとかでうまく物語を掴んでいて、読んでて違和感ないんですよ」
「そうなんですか?そしたらもしかして……」
気づけば、あんなに緊張していたはずなのに……2人で熱弁していた。
初めての歳の近い人との談話は、めちゃくちゃ楽しかった。特にこんなに本について語り合える人は、今まで出会ったことがないし、同じベクトルで話せる人もいなかった。
趣味が読書なのは周りだと向日葵ちゃぐらい。でもなかなか会えないし、会っても仕事中に話すわけにもいかないし。
緊張も飛んでいきスイッチの入った私は、途中で携帯の電源をそっと切った。




