4.有給申請
仮の通行証を首から下げて、ようやくたどり着いた3階の制裁部。
「お疲れ様でーす」
「椿、久しぶり」
「宗さんは、1か月前にイギリスで会ったじゃないですか」
「まあな」
「あ、1つ言いたいことがあります!」
「なんだ?」
「いつになったら有給申請のデジタル化されるんですか?」
「他の部署はとっくにデジタル化されてるよ。うちはダメだってさ」
「え、なんで!それ決定事項なんですか?」
「うちはうち、よそはよそってやつだね」
今時有給台帳なんて使ってるところないよ。まあ逆らえないから、日付と名前を記入して印鑑を押すけどさ。
私は他の会社で働いたこともなければ、他の部署に勤めたこともない。アルバイトすらしたことがないが、潜入先でもこんなアナログシステム見たことないよ?時代遅れじゃん。
「そういえばイギリスの案件の報告書、上が褒めてたぞ。俺のよりも」
「でしょうね」
「おいおい、少しは俺を立ててくれよ」
「私が有能なばっかりにすみませんねー」
「まあいいや。真心斗!まだ書き終わってないのか!」
隅のデスクでしょんぼりと始末書を書いてるのは、私を置いて行った薄情者の真心斗。
現在ここには3人しかいない。ということはつまり……
「今年も新人さんいない感じですか?」
「措置部と救済部に取られちまった」
「私、1か月間きっちり有給取りますからね。絶・対・に!」
この仕事はいわゆる裏業界でありながら、国家公認の公務員という矛盾を抱えている。そうなるとむやみやたらに採用するわけにもいかず、万年人手不足。特に6つある部署のうち、この制裁部に配属される人は極端に少ない。すくないというかほぼゼロ。
「椿、平日はちゃんと休めよ。休日出勤はあるから」
「それ休日じゃないし、有給じゃないじゃないよ!」
勤務時間も勤務日数もあってないようなもの。国家公務員の闇がダダ漏れである。
「宗、もう少し優しくしてやれよ」
「佑樹さん、お疲れ様です。でもこいつが生意気なのが悪いんですよ」
「まあまあ。そんで椿、帰国してから寿司食べたか?」
「まだ」
「朝は?」
「納豆ご飯」
「昼は?」
「食べてない」
「この後寿司行くか?」
「課長大好きです!」
「こういう時だけ課長って呼ぶなって言ってるだろ」
「佑樹さん、俺のことは無視ですか?」
「宗さんは俺のこと無視ですか?」
私はみーんな無視して、おいしいマグロを楽しみに、無心で印鑑を押していくもんね。
「おい、待てよ」
「やだよ。さっき置いてった仕返し!佑樹さん、早くお寿司行こう」
「その前に人事部にそれ出すんだろ?」
「はいはい。じゃ、お疲れ様でしたー」
課長にタメ口なんて、と思われるかもしれないがもう長い付き合い。実の叔父さんだし、親のようなものなのでたかることにプライドなんて微塵もない。
「これお願いします」
「有給申請ですね、お預かりします。少々お待ちください」
6階の人事労務部は、無機質な事務所って感じでとにかく広い。ここにいる人は、人事で経験を積んでから他部所に移るか、他部署の経験を活かしてここに来るか。まあ制裁部には関係ないから知らんけど。
「ま、間に合った……」
「お、真心斗すごいな!仕方ないから奢ってやるよ。さっさと提出して来い」
「佑樹さんありがとうございます!おい、椿。お前の荷物は俺の車の中にあるってこと、忘れてるだろ」
「忘れてないよ。あとで届けてもらう予定だった」
「……」
「真心斗、俺がそれ引き継いでやるから許してやれ」
「……はぁ、わかりました」
休日出勤と引き換えに、私はお寿司をゲットした。
そして心に淡い気持ちが戻ってきた。やばい、ドキドキする!




