15.コミュニケーション
結局その夜、彼から返事がくることはなかった。朝起きても返事はなく、着替え終わったのにまだ連絡がこない。
「え、嫌われちゃった?あれは社交辞令だったのかも。連絡来るのを待つべきだったのかな……どうしよう!」
チラチラ連絡くる真心斗からの通知をオフ。不安に押しつぶされそうな心を保つために、いつも通りランニングへ。帰って来て、苺をかじりながら日本のニュースをテレビで見ながら、携帯でアメリカのニュースをチェック。
「ッ!!!!!」
――凪桜『おはようございます。』
椅子から飛び上がり、興奮した私はなぜか携帯をソファーに投げつけた。意味不明な自分の行動に、慌てて携帯を拾い、アプリを開いた指をギリギリのところで止める。
「即既読は気持ち悪い?引かれちゃうかな」
というか、社会人がこんな時間に何してるのって感じだよね。
現在10時15分。
「……昼休み、昼休みなら許されるよね!」
『おはよう』の続きが気になって仕方ないけど、12時5分にアラームをかけ、携帯を伏せハンカチを被せた。気を紛らわせるために体を動かしたくて、洗濯機を回し、洗い物をして、掃除機をかけた。
ブーブーブーブー
時間を告げる小さなバイブ音。見ないようにしていた携帯を慌てて持ち上げれば、手が滑って床に転がり落ちていった。
私は震える手でそっと拾い上げ、そのまま正座をして精神統一。
「ふーーーーっ」
『おはようございます。僕も昨日読み終わりました!今までの作品の中で、1番のどんでん返しでしたね。スカッとしました。ちなみに佐藤さんは、ミステリー読みますか?違う作家さんなんですけど、おすすめの本があるんですが○○って知ってますか?」
思わず携帯をテーブルに置き、手を組んで飛び跳ねる。
「し、質問されてるの!?これがコミュニケーション?」
この喜びを叫ばずにはいられなかった。こんなに綿貫さんの文字を分けてもらえるなんて、幸せすぎる。
顔を覆った指の隙間から、目を細めて携帯を覗いても、メッセージは消えてない。
「え、なんて返事するのが正解?間違いたくない!」
部屋の中を行ったり来たり、書いたり消したり書いたり消したり。そして努力は実った。
なんとその本を貸してくれるというのだ。しかし汚してしまったら大変。そんなことになったら、私は絶対に立ち直れない。
『買いに行ってもいいですか?』
息を止めて送ったメッセージ。
私はその返事にへたり込んだ。
『土曜日お待ちしております』
溢れる感情が体をグルグルと廻り続けて、ため息が止まらない。
もちろん、恋にかまけて生活を放棄したりはしない。そんな女の子よりも、きちっとした女の子の方が可愛いいでしょ?
1日3コマの教習所にしっかりと通い、ルーティンのランニングも欠かさない。
ただ、ちょっといいパックにしたり、クリアネイルからピンク色のチークネイルに変えたり、ヘアオイルを変えたりはした。だって可愛いって思われたいんだもん。
そして緊張でバクバクな当日。
「佐藤さん!」
「わ、わ、綿貫さん。お、お仕事中にすみません」
「いえいえ、こちらこそお休みの日にありがとうございます」
彼が案内してくれた先にあったのは、イギリスに行っている間にデビューした作家さんの本。私はそれを両手でしっかりと抱きしめ、彼とレジに向かった。
「ブックカバーはつけますか?」
「あ、じゃあお願いします」
「1870円です。クレジットでよかったですか?」
「お、お願いします」
サラッと間違えてタッチしないよう、手で機械を覆ってくれたその優しさに、心臓が痛い。
「ありがとうございました」
「こ、こちらこそありがとうございました」
慌てて帰ろうとしたが、視線の端っこで彼が小さく手招きしているのが見えた。
「感想、また連絡してくださいね」
え……。
どうやって帰って来たの?私は今、本を抱きしめソファーに座っている。
ささやかれた声が、何度もリフレイン。
これが本物の友達?
これがコミュニケーション?
やばい……幸せです。




